第十二話 「勝手になさい」
「な、なんだこれはぁぁぁああああああああああ!!」
また始まりましたね……。毎度おなじみになったヴェルツさんの咆哮。もう慣れたよ。
そして、勢いよくがっついて食べるのも恒例だね。あ、でもちょっと待って!
「あ、あの! そのお菓子は急いで食べると――」
「くっ!?」
お、遅かった……。頭を抱えてしゃがみこんでるよ。なのに、しっかりシャーベットをつかんだ手を放さないのはさすがだよね。
「クソ、こんなにうまいのに攻撃してくるとは……! だがしかしっ! 俺は食ってみせる!!」
「あ、あの、ゆっくり食べれば平気ですから……」
だから、強面の顔で気迫を入れないでください。怖いので。
「ホッホッホ、若者は耐えることを知らないのですなぁ。味わって食すのも、乙なものですが」
そして当たり前のように自分用のシャーベットを確保して食べてますね、セバスチャンさん。余裕のある態度でヴェルツさんを見下ろしてる。
「っく、俺の経験不足のせいで、食い物一つ満足に食えないとは……!」
「フォッフォッフォ、修行が必要ですなぁ」
「くぅぅぅうううううっ!!」
二人だけで盛り上がってるけど、その話題の中心はたかがシャーベットですからね?
そんな床を叩いて悔しがるほどなのかな、ヴェルツさん? あと、セバスチャンさんはからかって遊んでるよね、たぶん。
「騒がしいですね。一体何事ですか」
「! レイモンドさん」
いつの間に来たの!? 二人を眺めてるレイモンドさんの眼差しが冷たい。あきれた表情を浮かべてるけど、介入する気はないみたい。
きっと、セバスチャンさんを回収しに来たんだよね。
「それで、このたびは何を仕出かしたのですか」
「!?」
どうしてこっちを見てるの!? 私にまでシラーッとした目を向けてくることないと思うよ!
「私ですか?」
「あなた以外他にいると?」
え、ええー? 濡れ衣もいいところじゃないのかな? 私はべつに、何も変わったことなんてしてないけど。
「ただ、冷蔵庫を使って新作のお菓子を作っただけですけど……」
「……なるほど、またですか」
『日本にあった物を報告する』。そうレイモンドさんと取り決めてから、少しずつ屋敷内の物が充実してきた。
今回使った冷蔵庫だってそう。今日届いたから、さっそく使ってみようってことになって、試作品としてシャーベットを作ってみたんだけど。
案の定というか、ヴェルツさんがハッスルしてセバスチャンがつまみ食い。
「……レイモンドさんも食べますか?」
一人だけ渡してないのも、気まずいよね。断られるかもしれないけど、念の為聞いてみないと。
シャーベットは簡単に作れるから、まだ余分にあるし。それに、いずれ夕飯に並べるかもしれないから、事前に当事者の意見を聞いて反映させときたいな。
「…………いいでしょう。私が手ずから審査してあげましょう」
腕組みをして、片手でモノクルを直しつつあごでうながされた。…………上から目線なのは気になるけど、いちいちつっかかっていくのも面倒くさいな。スルーしようっと、うん。
冷蔵庫から一つ容器を取り出して、スプーンと一緒に渡す。細かくした果肉入りのライトアップルのシャーベット。前に使ったライトアップのが残ってたんだよね。
「冷たいですね」
「冷凍庫で凍らせたので」
「ああ、あなたが執拗に主張していた物ですか」
「っ! ……そう、です」
冷蔵庫のことを伝えるときに、『その中に冷凍庫は絶対必要!』って訴えたんだよね……。だって、この世界の氷は、自然に外でできた地面とか湖にしかないから。あとはつららとか?
そうじゃなくって、日常的に氷を使いたかったんだよね。キーンと冷えた飲み物とかもたまには飲みたいよ。でも、ここではそんなことわざわざする必要がないって考えみたいだけど。レイモンドさんに冷凍庫を伝えたときも、変な物を見るような目で観察されたよ。
結局、納得しきってない様子で、レイモンドさんは冷蔵庫の内部に冷凍庫を組み込んでくれたけど……。
冷凍庫がいかに便利かって伝えたくって、作ってみたんだけど。うまくいくかな?
レイモンドさんが持ったスプーンが、レモンイエローの氷を削る。『シャリッ!』って良い音。
スプーンですくい上げられたそれが、彼の口まで運ばれるのを、思わず息をのんで見守っちゃう。
き、緊張する……!
果汁と砂糖とハチミツを入れて混ぜたのを冷やして固めただけだから、まずくはない、と思うんだけど……。
彼の喉元が動いて、咀嚼されたのを見届けてから、おそるおそる声をかけた。
「どう、ですか……?」
「……食べられなくもないですね」
ええっと、つまり?
まぁまぁってこと、なのかな?
よくわからなくて小首を傾げた私を、レイモンドさんは横目に見下ろして鼻で笑ってきた。
「しかし、こうまで冷気をおびてる物ですと、時期としてはふさわしくありませんね」
「そう、ですね」
うん、たしかにその通りではあるんだけど。難癖をつけないと気が済まないのかな?
レイモンドさんの皮肉にも少し慣れてきて、内心「はいはい」って流したい。……でもそんな様子を片鱗でも見せたら、重箱の隅をつつくみたいに文句を言ってきそう。
…………ドラマでよく見るような、姑みたい。
「何か言いたいことがあれば、遠慮なくおっしゃってください? 迎え撃ちますよ」
「!? い、いいえ! なんでも、ないです!」
どうして私の考えが読めたみたいに釘をさしたの!? 読心術でも使えるのかな!?
焦りながら首を必死に左右に振る私を、嘲笑交じりに目を細めて観察してる。……怖っ!?
「ふむ……坊ちゃまはご不満ですかな? シンプルで、非常に万人受けする物だと私めには感じられましたが」
「坊ちゃまはやめなさいと何度言ったら……。いえ、どうせ咎めようが意味がありませんね。先刻も述べた通り、むざむざ身体の熱を奪うような物を今の時期に好んで摂るワケがないでしょう」
セバスチャンさんが私をフォローしようとしてくれてるけど、レイモンドさんの反応は変わらずそっけない。取り付く島もないって、こういうことを言うんだね。
……って、なんでセバスチャンさん満足そうに頷いてるの。開いた手のひらに拳にした片手をあてて、「なるほど」みたいなポーズをとってるのはどうして?
「ほう、得心しましたぞ。ならば、花祭りにこの食品を出店すればよい、ということですな」
「は?」「え?」
私とレイモンドさんの疑問の声が重なった。そんな私達の顔を交互に見ながら、セバスチャンさんは穏やかに微笑んでる。
「まもなくその時期でしょう。その頃には、外も温かくなっていると思われます。であれば、こちらの品も充分に利益を生み出すはずですな」
「セバス、私にはあなたの思考が全く読めないのですが。何がどう思い当たって、そういった結論に行き着いたのですか」
「坊ちゃまの見立てでは、『この時期でなければ』需要が大いにあるのでしょう?」
「……」
黙り込んだレイモンドさんに、セバスチャンさんはコロコロと楽し気に笑ってる。シャーベットに負けてないくらいのヒンヤリさが彼からしてくるんだけど……!
それと、初めて聞いた言葉が出てきたんだけど……『花祭り』って、何なのかな?
「あの……花祭りって何でしょうか?」
「おや。クガ様はご存じないのでしたか? それはそれは、失礼をいたしました。花祭りとは、パンプ王国独自の祭事でございます。王都内が花であふれ、春の訪れを皆で祝うものです」
「お祭り……」
日本で言う、花見を豪華にした行事なのかな? 桜はないとは思うけど、少し気になる、かも。
セバスチャンさんに向かって、レイモンドさんはため息をついた。
「当日まで猶予がないのに、準備などできるわけがないでしょう」
「花祭りは3週間後でございます。充分ではございましょう?」
う、うーん? レイモンドさんの言うように3週間って、結構時間がないような? 比較していいのかわからないけど、文化祭の準備とかもっと1~2ヶ月使ってじっくりやってたような。
自信満々に答えるセバスチャンさんを、レイモンドさんが冷ややかに見つめてる。眉をわずかにつり上げて、深いため息をまた吐いた。
「…………勝手になさい」
「承りました。手筈を早急に整えます」
「ああ、わかってるかとは思いますが――」
「ジョシュア様とアンジェリカ様の賛同を得てからでございますね。もとより、承知しておりますとも」
「……ならば、いいです」
お辞儀をするセバスチャンを、レイモンドさんはモノクルを直して見つめてる。
よく事態がのみ込めてないんだけど。つまり、このシャーベットを商品化するってこと……? え、まさかそんな、違うよね?
でも、辺りに漂ってる重苦しい空気は、間違いなく二人とも真剣ってことみたいだし。冗談じゃないの?
「っぐ……!? は、腹が痛い、だと……!?」
そしてヴェルツさん、妙に静かだと思ったら、どれくらい食べたんですか。
いち、に、さん……調理台にあるだけで空になったのが5個、後生大事そうに抱えてる一個を足すと、6個? それはお腹も痛くなるよね。
だけど、ヴェルツさんに食べ過ぎだって注意する気力だって湧かない。
正直、そこまで気が回らないよ。
……一体何が、どうなってるの?
今回から新章突入です。そしてなんとなーくわかった方もいるかもしれませんが、ルイス編と同様にこの章は花祭りに関する内容です。
次回は2月7日(水)0時投稿予定。
それでは次回も。よろしくお願いします!