ドッペルゲンガー
ハッピバスデー私ー、今年は素敵なお誕生日になりそうだわ! と、プレゼントの山を前にして私こと、恵は浮かれていた。
大学を出て、社会に出て、やりたいことが決まらずただ働くだけの毎日。給料はそこそこ、一人暮らしをして一軒家を建てられるぐらいにはもらえてる、むしろ恵まれてるほうだと思う。環境はそこそこ、通勤環境だけだが、住んでる家は実家で、貯金もかなりたまってきていたが、なぜか満たされない。
彼氏でもいたら違うのかな?
と自問自答してみるが、おそらく面倒くさくて自分からキックアスしてしまいそうである。
そんな私であったが、いよいよ春が来た。本当の趣味というものが見つかったからである。
自分の好きな世界を描くことだ。絵でもいいし、小説でもいい、とにかく表現すること、それが最高にサイコに楽しいことに気がついたのである。今では同人誌を作ろうとリアルでもネットでも皆に呼びかけるほどになっている。
そして、今年の誕生日は集めた皆からプレゼントがバシバシ届き、お祝いのメッセージや、ネタメッセージがゴンゴンぶつけられてきて、その山を見るたびに、いい仲間に囲まれてる? と幸せな気分に浸れるのである。
だが、今年は思わぬプレゼントもあった。
誕生日当日、パジャマに着替えて眠っていた私がベッドでふと目覚めてみると、毛布の中、隣で普段のゴシック趣味の衣装の私が、パジャマな私のことを観察しながら寝そべっていた。
金髪で普段はツーテールで寝るときには解くロングヘア、控えめな胸、幼い顔立ち。そして、鋭い視線。服装の趣味……紛れもなく私だ。
「ウワオワーオ!?」
驚き、つい奇声を上げてしまう。
「ウワオワーオ」
鏡に映したようにそっくりな私も別に驚いても無いのに奇声を上げたふりをしてくれる。
そして続けるように、ゴシックな私はこう続ける。
「お誕生日おめでとう、パジャマな私」
……なんだ、お祝いに来てくれたのか、ありがとう私。プレゼントをおいたら帰ってくれ。
ドッペルゲンガーとかシャドウは怖いから回れ右だ
「そんなこと考えないでよパジャマの私、我は汝、汝は我でしょう」
「うわっ、思考読まれてる、これはやっぱり夢か、えっと、ユングさん曰く自分の出てくる夢はなんだっけ!?」
パジャマな私はあわててベッドから飛び起きる。
しかし、ゴシックな私は消えない。
「つれないなぁ、パジャマの私、私はお祝いとこれからもよろしくねを言いに来ただけなのに」
「わかったからわかったから、ナンデ私が二人になってるのか説明して」
「OKパジャマでおじゃまな恵、簡単に言えば、去年の私から脱皮して、新しい私が生まれたから、コレまでの私は引退、そして新しい私の誕生、ハッピバースデーってことで、生きていくのはあなただから、応援しに来たの」
「なるほど、でもなんで二人に分かれちゃってるの?」
「別れって名残惜しいものだから、最後にパーティーしようぜって事で。変な理由で残っちゃうドッペルゲンガーとかって多いのよ」
「やっぱりドッペルゲンガーじゃないのー!」
パジャマな私は大きな声で叫んでしまった。
そして、朝が来ても消えないドッペルゲンガーを見て、私はため息をつきながらゴシックな衣装に着替える。
ドッペルゲンガーもゴシックな衣装だ。
はたから見れば双子にしか見えないだろう。
参ったなぁ……。
「ドッペルな恵はー、一緒においしいケーキを食べたいな」
「新しい私はーおとなしく家で待っていて欲しいな」
「やだやだやだ、絶対やだ、最後の日を家で有意義にネット暇人相手にして過ごすなんて絶対やだ」
「有意義なんだ、それ……」
ともかく、双子だという設定で買い物に出かけることとする。
今日一日一人分の食材しかないし、ケーキなどはまだ買ってないからだ。
小さなスーパーでおっかなびっくりサラダやサイコロステーキなどを作るための買い物を済ませていると、知り合いのおばさんに遭遇してしまう。
やばい。
「あら、恵ちゃん、と・・・恵ちゃん?」
「はい、ドッペルゲンガーの、わた……おぅ」
「親戚の沢と言うものです、よろしくお願いします。ドッペルゲンガーみたいにそっくりでしょう」
新私はドッペルの口を防ぎながら、軽く小突く。
「本当にそっくり、双子さんみたいね。でも喧嘩はダメよー?」
そういいながら去るおばさんに新私はほっとしながら、ドッペルに一言物申す。
「そんな性格してたっけ、ドッペル私ぃ?」
「こんな私もいたって覚えてもらいたいのだよ新私ぃ」
そんなやり取りをしながら、次は洋菓子店へと向かう。知人にあうたびに私があえておのぼりさんっぽく振舞うことで親戚として何度かやり過ごし。
そして甘い匂いがする素敵な世界への扉を開く前に、ドッペルな私がこんなことを呟く。
「ねぇ、新私、私思い出がほしいの」
「うん、いつか過去になって消えちゃうとするのなら思い出も欲しいよね」
「じゃあ、一種類ずつ全部で」
「ふざけるな」
「過去のドッペルな私が稼いだ金だろ!」
「新私が稼いだ金でもあるだろ!」
だが、私が論理的に正しいと信じたならなかなか譲らない性格なのを考えると、ここでの説得は難しい、しかも人目も気になる。
「私にも一口ずつ食べさせなさい、それが条件よドッペル」
「さっすが新様! 話がわかる!」
そんなわけで、14種類ぐらいあるケーキをそれぞれ抱え、家路につく。
そろそろお昼なのでモスドでちょっと贅沢にかつ適当にランチを済ませ(過去の私と今の私は意外にも選択が違った。てりやきセットとモスドバーガーセット、サラダとポテト、クラムチャウダーは共通だったが。なんでだろう)
そして家に帰ると、3時ぐらいにはなっていた。
「さて、料理の下ごしらえから始めますか、ドッペルはお客様だから休んでていいよ」
「んー、私的にはハッピバースデーなのは新私なんだよね。だから私も手伝うよ」
そして二人で作業をはじめる。
以心伝心・・・お互いに何をやるから何をやって欲しいと伝えればOK、と返すまでも無く、動きで何がしたいかがわかる。コレは悪くない感覚だ。
だが、その余計な考え事が私の集中を鈍らせた。
「あいてっ」
包丁で指を切ってしまった。
「大丈夫、新私?」
「うん、軽く斬っただけ、でもちょっとバンドエイド貼ってくるから作業お願いしていい?」
「OK、貼ってきてよ」
そして、私が手を洗って、消毒し、バンドエイドを張っていると……ドッペルな私がこういってくる。
「一秒一瞬ごとに私たちは違うものになってるの、その傷が白血球で埋まる間にもね、だから常に私たちは変わっていってるの、でも、今年あなたはとっても大きく変化したの、指でいうともう指が増えちゃうぐらいに、だから、これまでのわたしとはさよなら」
「……? 私は私じゃない」
新私が戸惑っていると、ドッペルはレタスを洗いながら言う。
「ううん、できることが増えるってすごいことだよ、私はもう過去のもの、でもたまには思い出して欲しいんだ、初心だった頃や、迷っていた頃をそれも大事ってこと。人は一瞬を切り取る写真を嫌がったこともあるし、ダンスなど流麗な自分をつむぎ続けるスポーツを美しいと感動するけど、そこには連続性と変化がある、もしくは無いからだと思うんだ」
新私が戻る頃にはドッペルは皿に盛り付ける作業まで進めていた。大分、キッチンの様子は変わっていた。
「……だったら、ドッペル、あなたは消えないわ、私はきっとあなたを、昔の自分を忘れたりはしないもの」
「そういってくれると嬉しいよ」
新私は皿をテーブルに運び、ケーキ用のフォークや紅茶、レモン水を準備しながら連続性と変化について考えていた。
テーブルの上には柔らかく仕込んだサイコロステーキとサニーレタス、ポテトサラダのせから揚げサラダ、フライドポテイトなどが並び、さらにケーキが控えている。
「うん、誕生日はやっぱりコレだね」
ドッペルさんが肉と野菜を控えめに並べて、ケーキを存分に食べられるように考慮した分量にして紅茶とロゼワインを用意して、うんうんとうなずく。
「我ながら、贅沢よねー」
ブルジョア気分に浸るのは私もだ。
「ささ、新私の誕生、そして旧私の誕生日を祝いましょう!」
「そうだわね! ハッピバスデートゥーユー……ミー?」
「どっちでもいいじゃない!」
「そうね、うふふ」
私たちはしばしのお茶会を楽しんだ。
それは楽しく続き、夜更けまで続いた。
デジカメでお互いに撮り合ったり、もらったプレゼントで遊んでみたり。
……
ベッドで起きた。
私は、ロゼワインを飲んで、酔っ払って、床に突っ伏したはず。
ドッペルが運んでくれたのか……
「ドッペル、ドッペル? 運んでくれてありがとう、どこにいるの?」
返事は無い。
テーブルも綺麗に片付いている。
洗いものも無い。
ゴミもまとめられている。
どれもやった覚えが無い。
全部ドッペルゲンガーの仕業だろう。
「どこなのドッペル?」
お風呂かと思ってみてみるが、そこにもいない、靴も全部揃っている。
夢だったのだろうか?
だが、デジカメのデータには……二人で写る私たちがいたんだ。
たしかにいたんだ。
夢じゃない。
夢のような話。
おめでとうございます。