「愉悦」
「起きろ、クズ共」
高圧的な物言いと共に身体に迸る痛み。
かつて経験したことがないそれが僕を強制的に覚醒へと促す。
深い眠りから覚めた時の様に弛緩した身体。
気だるげな瞼を強引に抉じ開けた視界の先。
そこには見慣れた古文の先生ではなく、
見慣れぬ軍服を纏った者達が10人前後いた。
これで各々が銃で武装してれば、正常な高校生なら誰もが授業中に妄想する学校にテロリストが襲撃してくるといったパターンなのだが……様子が違う。
まずその髪の色や瞳の色が青や紫などパンクな色彩をしていること。
更に銃器ではなく古びた樹木の杖を手にしていた事。
これはどういう状況なのか?
先程までは間違いなく普通の授業だった筈なのに……
混乱する表向きの意識。
しかし実をいえば、僕は内面で既に事情を察していた。
意識を失う前……そして今も教室の窓から見える樹木に覆われた古代都市。
両手首に装着された宝珠のついたリング。
そして時折見知らぬ言語で語り合う異相の者達。
ここまでくれば間違いない。
お約束的な異世界召喚系だ。
ただ惜しむべきは……
勇者や救世主召喚などのチート系英雄譚ではなく、
使える駒を招き使い潰す様な……不条理系っぽいシュチエーションっぽいこと。
こちらの様子を窺う者達の目が、
僕達の命に何の価値も見い出していない、と。
如実に、そして無機質に語ってるから。
ただ……そう理解出来たのは、少なくとも僕の他に数名らしい。
皆、強制的な覚醒と共に騒ぎ出している。
「ここはどこ!?」
「おい! マジふざけんなよ!」
「いったい誰なの、アンタ達!?」
やばいな。
こんな風に反抗的な態度を示せば……
「黙れ」
中央にいた蒼い髪の女が言い放つ。
女以外は皆男。
だが、周囲の者達の敬意が見て取れるに彼女が指揮官らしい。
その時、僕と同じように彼女の事を把握したのだろう。
そして女ならば組みし易いと思ったのだろうか。
橋本が怒号を上げて立ち上がる。
「んだ、てめえ!
どう言う事だか、ちゃんと説明し」
状況を顧みない啖呵。
ただ……彼がその先を言う事は永遠になかった。
(えっ……??)
多分それがクラス皆の率直な感想の筈だ。
だって彼女に威勢よく叫んだ橋本の頭が、
彼女の右脇にいた男が杖を向けた瞬間、
何の脈絡もなく、そして跡形もなく消し飛んだのだから。
「きゃああああああああああああああああああああああ!!!」
「うあああああああああああああああああああああああ!!!」
絹を裂くような、耳をつざく絶叫と悲鳴。
パニックになろうとする教室。
よく耳を澄ませばそれは校内の各所からも聞こえていた。
おそらくあちらこちらで似たような惨劇が繰り広げられているのかもしれない。
でも皆が瞑々に混乱するその騒ぎの中、
僕は机上を見る様に俯き静止していた。
だって僕の唇には、
押さえ切れない歪んだ半月が浮かんでいたのだから。
(面白くなってきたじゃないか……)
憎い苛め相手が死んだ事による興奮か。
はたまた陰惨な死を目前にした逃避か。
僕は昏い愉悦に、心ゆくまで身を浸していた。
お待たせしました。
ちょこちょこ更新です。
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