表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

短編まとめ

孤独の世界

作者: 猫面人

 耳を塞げば地鳴りの音。瞼を閉じれば星が煌めく。塞げど消えぬ、閉じれど消えぬ。真の孤独は、訪れぬ。

 

 「山に声が響くとき、耳を塞ぎ、瞼を閉じよ。地鳴りが響き、星が煌めいている内は、山神様が守ってくださる。しかし、ぷつりと何も感じなくなったなら、決して開けてはいけないよ。それは、山神様に魅入られた証」

 古くから、この村にはそんな言い伝えがあった。

 我々の信仰している神は、耳を塞ぎ、目を閉じた格好をしている。その神には名前が無く、ただ何代にもかけて信仰が続けられている。

 山の頂上に、その神を奉っている宮がある。そこには御神体がいらっしゃるのだが、私はそれを見たことは無い。ただ、親からそういう風に伝わっている。

 だから、不思議で仕方がない。なぜ名も知らぬ神に信仰を捧げねばならないのか。大人たちにいくら問うても答えは返ってこなかった。一瞬の無言の後に、言い伝えは守らねばならんのだ。と、そう言うだけだった。

 「ほう、それは面白いな」

 と、目の前の男は言った。襟の折れた白い服と、脚を別々に覆う不可思議な服を着て、その上に様々な珍しい文様を施した羽織を羽織った二十ばかりの男だ。顔には眼鏡とかいうのを身につけている。

 この男は三日前、私が拾ってきたものだ。

 この村は方々を山に囲まれており、山々の隙間。ちょうど窪地になっている場所にある。そして男は、その山の中腹に倒れていたのだ。

 それ以来、何かと私に構ってくる。

 今日もまた、村の言い伝えやら何やらを聞いてきた。

 「一体何が面白いんだ?」

 「名前の無い神が信仰されてるってとこだよ。普通、神ってもんは大抵名前があるもんだ。無いのはキリスト教やイスラム教。あとはユダヤ教くらいなもんだ。まぁどれも、信仰している神は一緒だけどな」

 「へぇ、そうかい」

 「もちろん名前の無い神ってのは結構いたりする。でもな、普通そういう神は信仰されない。逆に言えば、神は信仰されるから名前があるんだよ。でもこの村の神は信仰されてるのに名前が無い。その上神の代弁者みたいな役割の者も無い。教典も無い。かなり異質な宗教だ」

 「俺たちは神を恐れ敬っているだけだ」

 「そう、そこだよ。自然信仰ってのはどこの国でも古くから存在している。雄大な自然の前に人間ってのはあまりにもちっぽけな存在だからな。でもな、ここの宗教は自然を崇拝してる訳じゃない。御神体が奉られてるんだってな。てことは偶像崇拝だ。像には名前がつけられる。だがお前らの神にはない。こんなのは初めてだよ。ずいぶん不可思議だ」

 「俺にとっちゃ、あんたの方が不可思議な存在だがな」

 「そうかい?俺からしてみりゃ、あんたらこそ。まるで、時代から取り残されちまったみてぇだよ。この平成の世にさ。なんだってこんな、江戸時代みたいな生活してるんだい」


 この村には、いろいろと不可思議な点が多い。人里離れた山向こうにこの村はある。偶然迷い込んだりしなきゃ、名前すら聞いたことがないような村だ。いや、名前が無いのだこの村には。名前という概念が無い。それは村の人口が16人と、余りにも少ないからなのだろうか。

 「御神体はどちらにあるんだ?」

 と聞くと、「あっち」と、指を差しながら答えてくれた。

 「あっちと、そっちと、あとあっちにも。その反対側にもある」

 指を差した方向は東西南北。つまり御神体は四つあって、それに東西南北四方を囲まれている。ということだ。

 それにだ、家も東西南北にきれいに揃えて建ててある。家は五軒。完璧な真ん中に一際背の高い家がある。他の家は皆一様だ。

 つまり、全ての家が御神体に見守られている。いや、守られているのかもしれないが、御神体の向いている方向がわからないのでなんとも言えない。

 何よりも、ここの生活だ。時代劇から抜け出してきたみたいな格好をしている。

 古くからの風習を、今も続けている集落なんてのはよく聞く話ではあるが、生活そのものがそのままってのは聞いたことがない。

 「御神体は四つ。結界みてぇに囲まれてる訳か」

 「結界かどうかは知らん。ただ、昔からそこにある」

 「ふぅん。そうかい。で、山に声が響くとは、どういうことだい?」

 「俺も山の声は聞いたことがないが、死んだ婆さんが子供の頃聞いたらしい。ドーンとか、ゴーンとか。山が怒っているのだそうだ」

 恐らくかなり大きな音なのだろう。だから、「耳を塞げ」か。すると、「目を閉じよ」は視覚に対する強い刺激。それはなんだろうか。

 「そうか。そのとき何が見えたか分からないのか?」

 「わからん。そのとき目を開けていた者は皆心を病んで死んでいったという」

 なんだと。そりゃ、呪いの類じゃないのか。いや、神も言い伝えを守らにゃ祟るのか。

 「ふむ、なんかわかんねぇな。いやほんと。不思議だぜ。呪いや祟りの類だな。なぁおい、御神体はどんな格好してるんだっけ?」

 「さっきも言ったろうが、耳と目を塞いだ格好をしている。俺もそれ以上は知らん」

 目と耳を塞いだーー山が怒っている間、その神と同じポーズをとるのか。ということは、その神と山の神ってのは別物かもしれねぇな。重要なのはこいつらの神が守っているのかどうか。それに応じて俺も対応を変えねばならん。

 「なぁ、見に行かねぇか?御神体」

 「なんだと」

 「興味あんだろ?お前らの神はどんな姿をしているのか。見たことないんだろ?」

 「う、うーむ。しかしなぁ」

 男は迷ったような素振りをしているが、これはーー

 「フリはよせよ。脚、うずうずしてんぞ」

 「くっ!好奇心に負けるとは情けない!」

 「ほら、行くぞ。まずはーー

ーー西から強い力を感じる。

 「あっちだ」

 西を指差した。

 「それならこっちだ」

 男は意気揚々と私を案内する。いやはやさっきまで悩んでいたようにはとてもとても見えないな!

 山に入ると急に視線を感じるようになった。それも一つや二つじゃない。動物か。しかし

 「動物共。見てやがるな。しかしずいぶんと数が少ねぇじゃねえか」

 「この山にはなぜだか生き物が寄り付かん。だが山を出ようとしても、途中で方向が狂ってまた村に戻っちまう」

 ありゃりゃ。一番嫌なやつきちまったな。こりゃ呪いだぜやっぱりよ。村そのものにとんでもねぇ怨みを感じるぜ。呪い自体もとんでもねぇやつだ。聞いただけで胸糞悪くなるような外法で作ったとびきりの呪いだ。奉られてるのは恐らく目と耳を押さえた即身仏もどき。実際見なきゃわからんが、相当な怨みが込められているだろう。

 「着いたぞ」

 「そういやお前。場所知ってんだな。誰に聞いたんだ?」

 「いや、誰かに聞いた覚えは無い。ただ、ここじゃねえかって。思っただけだ」

 「ほう、そりゃ、恐ろしいこって」

 祠か、納めているのは。時間が経ったからか元からなのか、とんでもない禍々しい気が溢れてきている。

 「これか」

 祠の戸に手をかけ、開け放った。そこには小さくなった、黒い体育座りで目と耳を塞いだ、ミイラ。いや、即身仏か。があった。

 そのとき、山に音が響いた。


 ゴーン…ゴーン…ゴーン…ゴーン…ゴーン…


 鐘の音のような、力強い響き。

 「これは、山の神か。守ってくれているのか?」

 振り返ると、もうすでに男は耳と目を塞いでいた。

 「おいあんた!ちゃんと耳と目閉じてるか!?」

 「ああ、やってるやってる」

 やってない。俺は大丈夫だ。

 「なんで急に山が!」

 「ああ、そりゃ、俺がこのとんでもねぇ呪いの封印を解いちまったからだな」

 言い終わると突然

 「何者だ貴様」

 と、ひどく掠れた、しかし、妙に力強い声がした。

 見ると、ミイラが喋っている。目と耳を塞いだまま。口だけ動かして。

 「哀れだな。蠱毒か、しかもとびきりの外法だ。あれを人間でやるなんて」

 「貴様!なぜ俺を見て平気でいられるんだ!」

 「おお怖い。これじゃあおかしくもなるわな。瘴気に当てられるだけでも相当だもんな」

 蠱毒。毒蟲なんかを大量に器に入れて、殺し合わせる。そうやって最後に残った最も強い一匹を使って行う呪法。それを人間でやったのだ。これは。他の三体も恐らく同じように作られたのだろう。相当な怨念が込められている。一体誰がこんなことを。

 「悪いが俺はあんたらを救いに来たんだ。」

 しばらくの沈黙の後、ミイラは言った。そのときにはもう、山の怒りは鎮まっていた。

 「俺を救う?できるのかそんなことが」

 「出来もしねぇのに言わねぇよ」

 「頼む、ならば救ってくれ。苦しいんだ」

 「いいぜ、でもそれにゃお前らを作ったやつに解いてもらわにゃならん。それは誰だ」

 「この村の中心に住むもの。それが全ての根源。その末裔」

 「なんだと!それじゃあ、お前らを作ったやつってのは、自分にも呪いをかけてやがるってのか!」

 「そうだ。俺たちはそこを目指し、人を喰らってきた」

 はは、嫌んなっちゃうぜ。俺はまだ固まっている男に言った。

 「ほら、もう帰るぞ。何もかもわかった」

 返事がない。どうやら気絶しているようだ。

 「ありゃりゃ。どうりで静かだと思ったぜ。まぁ、山神の声を耳を塞いでいたとはえ、間近で聞いたんだ。無理もないだろう」

 俺が呟いていると、後ろでまた、掠れた声がした。

 「なぁ、なぜお前は呪いが効かないんだ?」

 「そういう体質なんだ。呪術や、霊的なもの。神様だって干渉できないな。あとは、まぁなんだ、とにかく、恐らくこの世で最も強固な鎧を纏ってるって感じか」

 声の主は納得したようだ。俺は男を引きずって山を降りた。村につく頃には男も目を覚ましていた。

 「よう。大丈夫か?」

 「なんで、一体いつ戻ってきた!」

 「なんでって、俺が引きずって来たんだ。山神の声を聞いちまったからな。気絶したんだよ」

 「山神?あ、あの後どうなったんだ?御神体は?」

 「御神体か、全く、一体どうしてこんなことになってるのかね」

 「何言ってんだ?」

 「そりゃ、これからわかるさ。真ん中の家行くぞ」

 「長老の家へ?」

 「へぇ、長老なんてやってるのかい」

 なんだか、怒りのようなものさえ湧き上がって来るようだった。

 「とにかく、さっさと行くぞ。それで全てわかる」

 

 長老の家についた。ドア…いや、戸か。をノックする。すぐに男が出てきた。

 「長老か?」

 「ああ、そうだが」

 「話がある」

 「ほう、流れ者が。ならばあがりなさい」

 家の奥へ進むと、後ろで戸がピシャリと音を立てて閉まった。

 「で、話とは何ですかな?」

 「それなんだがね。回りくどいのも面倒だから、単刀直入に言うが、あんたらの奉ってるっていう御神体。あれ、呪いだろ?」

 「ふむ、なるほど。そこまで分かっているのなら、全てお話しましょう」

 やけに素直だ。長老の話はこうだ。

 長老の祖先は呪術師だった。しかも外法を好んで使う外道。んで、呪術を施しているところを村人に見られ、敬遠される。いや、もはや村ぐるみのイジメと言って良い。そこで祖先は蠱毒を行った。しかも、四体も作った。それで結界まで作って、村全体を動物すら寄りつかぬ魔境に変えた。

 「先代から聞いた話ですがね、これが我が村の真実。世にも恐ろしい呪いのお話」

 「で、どうしてあれに封印まがいのことをしたんだ?」

 「あの強力の呪物は我らの手に余る。ああするしかなかった。しかしこれでよかったともとれる。我らは、村がゆっくりと滅んでいく様を、何代にも渡って眺め続ける。これこそが一族の悲願。これこそが一族の復讐」

 「アホらしいな。自業自得じゃねえかよ。何代も前からずっと。もう残った村人には、何の罪も無いだろうに」

 「そうだ。その通りだ。だから俺の代で終わらせるのだ」

 「ずいぶんと物分かりが良いじゃねえか」

 「ははは。だがこれはこういうことだ!」

 そう言うや否や、男は懐に隠し持っていた短刀を、自分の胸に突き立てた。

 「ははは、ははははは。これで良いのだ。怨みが染み付いた土地に、我ら一族の怨みの籠もった血を流す。これで全てお終い。何もかも」

 すると、男の目に涙が浮かんだ。

 「いってぇなぁ。こういうとき、誰の名前を呼んだら良いのかなぁ。わかんねぇや」

 言い終わると、男はそれきり動かなくなった。私は合掌し

 「悪いな。悪巧みは全部お見通しなんだぜ」

 俺の一族も呪術師だった。だから何もかも知っていた。案内してくれた男が気絶している間に、全ての準備は終わっていた。あの呪物を丁寧に弔ってやったのだ。彼らが自ら行動できることに驚いたが、西の山の呪物が呼びかけると、瞬く間に四体全てが揃ったのだ。私は彼らを弔ってやった。長年の怨みはまだ染み付いたままだったが、彼らも苦しんでいたのだ。

 あの呪物だけではない。あの呪いに関わった全ての人間が、同様に苦しんでいた。呪いの根源を作った呪術師の死と共に、呪いは薄れていくだろう。

 「帰るか。明日にでも」

 家を出ると、男が待っていた。

 「長老は?」

 「死んだよ」

 「なんだと!」

 「すまんな。助けられなかった」

 「お前はどこへ行くんだ?」

 「とにかく山をでる。あと、たぶんあんたらも外へ出られるだろうよ。まぁ、どうするかはあんたらの勝手だがな。あ、後俺は殺しちゃいないからな」

 「そりゃ、見ればわかる。あの短刀は長老のものだ」

 「そうか、じゃあな。幸せに暮らせよ」

 「おう。また村の近くに寄ることがあったら来い。いつでも待ってるぜ」

 二度と来ねぇよ。と思いつつも

 「おう!」

 と、返事していた。

 帰路にて、山の中を歩いていると、鈴の音が聞こえた。まるで、道案内をしてくれているみたいに。


シャンシャンシャンシャンシャンシャン…


 それから、何年か経ったある日、偶然見たテレビに、あの村の事が映っていた。

『現代の不思議。江戸の暮らしを守ったままの村』

という見出しだった。

 そこに映った村の姿は、もう、見違えるばかりだった。

 

シャンシャンシャンシャンシャンシャン…


 鈴の音が聞こえたような気がした。



久し振りに少し長めの短編を書いた。とても展開に無理がある。そのうちこの主人公で連載を書くだろう。

ちなみに聞きかじった知識で書いたのでここは違うよーとか思ったら言ってほしい。神様とか宗教とかそういうのに興味があるんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ