真実はこの手の中に~君の声がきこえる
湾岸沿いにあるベンチが背中合わせに設置してある所がある。ミルティスは海側に、反対側に女が座っていた。
時刻は夕方近く。若干太陽が沈み、薄暗い。反射した光が鏡のように海にきらめく。顔もはっきり見える。
ミルティスは紫髪のロング。腰まである髪を後ろで結んでいる。すらっとした体躯ながら、隙のない筋肉付き。一般的に顔がよいと思われる顔質は見てて飽きない。長い足を組み、茶封筒から紙を取り出し、一枚ずつ目を通して行く。
女は腰まで届きそうなぐらいの長さの黒髪で、白のロングジャケットに革のズボン。ブーツを履いていた。髪を高い位置で髪を結んでいる。黒のフレームの眼鏡を掛けていた。こちらも男と似た長身だが、女性に必要な体付きだった。
「これは確かな情報?」
ミルティスが聞いた。
「嘘の情報、見せた事ある?」
女にそう聞かれて少し考える。
「……無いね。ありがとう。助かったよ」
「そう。じゃあ、わたしはこれで。――幸運を祈るわ」
女はそう言って、今何も無かったように音も立てず、姿を消した。
何でも屋である彼女にたまに情報を集めてもらっている。しかも、必ずといっていいほど、正確だ。だから、少し疑ってみたのだが、彼女も自分の仕事に自信を持っているようだ。
茶封筒を脇に挟んで、家路を歩いていた。と言っても、今回のために借りたホテルなのだが。特定の場所を持たないミルティスにとってはホテルが好都合の場所である。名前も偽名である。
「こいつ、売れるかなー?」
「し。静かにしろよ。――誰かに聞かれてたらどうする」
もう、聞こえているが。
町中といっても、繁華街まではまだ遠い。人通りの少ない道だ。ただの会話なら見過ごせる。しかし、間延びした声の男の売れるという言葉が気になった。
店とかに普通に売ったり、買ったり出来るモノなら、声を聞かれないように用心するのは、不思議である。
わき道からまだかすかに聞こえる声を頼りにゆっくりわき道に入って行く。
「だって、しゃべる猫だぜ」
「売れば、かなり高くなるかもな」
二人の男の声がする。
「私を売るですって?いい度胸ね」
男たちを蔑むような声で猫は言った。
「そんな口をたたけるのも今のうちだぜ?」
「後悔しても知らないぜ?」
猫相手に自分達が負けるわけないと思い込んでいる。それがいけなかった。
後ろに誰がいるのかも知らずに。
「後悔するのは、どっちだろうね」
言った瞬間、一人を後ろから背中目掛けて、飛び蹴りを食らわす。
猫の方に前のめりにながら、倒れる。猫もうまく避けてくれた。
さすが、猫。
「なんだ!」
相方が吹っ飛んで、びっくりしたもう一人の男も顔面を殴られ、尻餅をつく。
「……いってぇ」
殴った右手をぶらぶら振りながら、ミルティスは猫を肩に乗せる。
猫は少しびっくりしながらもじっとしていてくれた。
「なんだてめぇ」
「ただの通りすがり。一応、忠告しておくけど、この子のようなのこの国にはいないけど、他の国じゃオレ達人間以上に丁寧に扱われてる人種だ。あんた達が想像以上に罪になる。それでもいいんなら、相手になるよ?」
男達はそれを聞いて、何も言わずよろめきながら、立ち去った。
「よく知ってるわね。そんな事」
猫はしなやかにミルティスの肩から降りた。
「いろいろ歩き渡ってるからね」
「旅人?」
「いや。んー、まあ、旅人みたいなのかな?」
「結局、どっちなのよ」
猫はくすりと笑い、ミルティスの一人芝居を楽しんでいた。
「んじゃあ、旅人みたいなのって事で」
「みたいなの、ね。分ったわ」
「怪我は無かった?」
「えぇ、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
「私は、ティアラ。あなたは?」
「オレはミルティス」
「また、会えるといいわね。助けてくれてありがとう」
そう言って、ティアラと名乗った猫は姿を消した。
――臨時ニュースです。
電気屋に置かれているテレビからの声だ。
黒紫色の猫が歩みを止め、座りテレビを見上げた。
――警察によりますと、今夜7時に美術館にある『輝きの導き』という名のブローチを盗むという予告があったという情報が入りました。犯人は怪盗ミルティスて名乗り、予告状が警察に届いたとの事です。事件の詳しい情報が入り次第、随時放送いたします。――では、次のニュースです。
猫は混雑した町の中に姿を消した。
暁の色から暗い闇が訪れる頃。小学校が見えるビルの屋上にミルティスはいた。
「うわぁ、わざわざプールの中に入れなくても……」
双眼鏡を覗きながら、一人しゃべる。誰も話返してはくれない。
はずだった。
「水の中だったら、取れないだろうと思ってるんでしょうね」
「誰かと思えば、この前の」
「驚かないのね」
「まあ、なんとなく。居るなぁと思ってたから」
「そう。なら、話が早いわ。ミルティス、私が手を貸しましょうか?」
「助けたお礼?わざわざ、泥棒の手助けする必要はないんじゃない?」
「あら、猫が相棒じゃ不満?少しは危ない人生も悪くない。あなたがそうでしょ?」
「変わった猫だね」
「ティアラよ。悪い話じゃないでしょ?」
「ティアラね。覚えてるよ。そこまで言うんなら、やってみようか」
「損なんてさせないから」
不敵に笑ったティアラがそこにいた。
「警部、緊急事態です」
ジーニアス警部はプールの警備をしている部下の焦った声を不思議に思った。まだ、予告時間ではない。怪盗が来る以外に何があるというのだろうか。
「あの、……犬と猫が」
「犬と猫がなんだ!」
はっきり言わない部下に少し苛立つ。
「犬と猫がプールの中に入っていくんですよ!」
「なぜ、それを早く言わないんだ!」
部下は宝石を沈めたプールに理由は分からないが、犬と猫が押し寄せて来ているという。まさか、怪盗の仲間がその中にいるわけはないだろうが、予告の時間も迫っている。退去させるしかない。
「宝石を確認しつつ、取り押さえるんだ」
「分かりました!」
部下からの通信を切って、プール付近の警備をしている部下たちに告げる。
「すべて捕まえろ。宝石に近付けさせるな」
部下たちの目の前は騒然となっていた四方八方から犬やら猫やらが来てプールへ近付く。すでに入って居るのもいる。部下たちは警部からの通信がある前から対処はしている。ただ、追いつかない。
警部の通信を聞いて、プールに飛び込む者も出てきた。
その様子を警察官の服を着て、深く帽子をかぶっているミルティスがいた。
警察官に紛れてて、とティアラに言われて、とりあえず潜入はしていたが、何が起こるのか知らされて無かったため、目の前の光景に唖然とした。ティアラは動物間でどれだけの支配力があるのだろうかと。餌など何もないプールに飛び込む動物などそんなにいない。それが目の前で繰り広げられれば、人間誰でも驚く。さらに、行動が遅れる。
これで、ティアラの言った意味が分かった。
そう考えているうちに走ってきた警察官に話しかけられた。
「君も聞いただろ。早く捕まえるぞ」
「はい」
ミルティスはその言葉で動物を捕まえるという芝居をするのだ。その行動の意味を警察は知らない。ティアラに言われて用意した物はウェットスーツと偽物の『輝きの導き』。
ウェットスーツは警察官の服の下に着込んでいる。偽物の宝石も懐に忍ばせてある。たぶん、この状況だとすれば、プールに飛び込んで、動物たちを捕まえるフリをして、プールに沈んでいる『輝きの導き』を盗めばいいのだろう。
ミルティスはプールへ飛び込んだ。
確実に警察官に紛れ、宝石も手に入った。
プールのある場所から抜けだし、警察官の服を借りた男が気絶している所で服を着替えた。
「目的は果たせた?」
影からゆっくりと出てきたのはティアラだった。
「お陰様で。ずいぶん派手な演出で」
「あら、お気に召さなかった?」
「まあ、ほどほどが一番だよ」
「怪盗の仕事してる人には言われたくないわね。存在自体が派手でしょ?」
「まあ、確かに。ティアラはこれからどうするだ?」
「あら、一緒に行動するのはいけない?」
「もの好きだねぇ」
「あなたの力にはなれると思うけど?」
何を言っても、手を引きそうにないので、ミルティスも説得を諦めた。巻き込むつもりじゃなかったのだが。
「いいよ。好きにしなよ」
「ありがとう」
事件前、ミルティスとティアラがいたビルの屋上に一人の人物が。
赤色が強い赤紫の髪の短髪の男。
「派手にやってくれるねぇ。ま、まだまだ初心者。せいぜい頑張ればいいよ」
姿はもうなかった。




