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時計のワルツ

作者: 赤木碧

誤字脱字等ありましたら是非ご連絡ください。感想お待ちしています。

 チクタク、チクタク。

 時計は動く。

 止まることなく、壊れるその時まで。

 または、動力となる何かが尽きる時まで。

 まったく時計って奴は、生きているみたいだ。


 ++++++++++++++


 外はよく晴れていて遊ぶのには心地良く、適した天気の中。

 拓海は時計とにらめっこしていた。

 4歳の彼は、ただ純粋に興味を持ったのだ。

「時計さん、疲れないのかな」

 "それ"は大きな置き時計。

 振り子が行ったり来たりを繰り返している様子を見て不思議そうに彼は言った。


 …飽きもせずに同じペースで同じように動くのはどうしてだろう。一緒にお外で追いかけっこしたり、隠れん坊したりしないのかな?

「あ!足!」

 重大なことに気が付いた、と言わんばかりに。拓海は叫んだ。

「時計さん、足が無いんだ!かわいそ。遊ぶことできないからブラブラってやってるんだ…」


 この少年、近場に遊び友達がいないのでしょっちゅうこの時計と遊びたがった。

「遊ぼ!遊ぼ!」

 当然時計は返事をしない。

「うーん…、どうやったら一緒に遊べるかな…」

 小難しい顔つきでうんうん言いながら、子供ながらに一生懸命考えていた。

 しばらく間があってぱあっと晴れやかな、でもどこか複雑な顔になる。

「ねえねえ、一緒に遊ぶのは難しいけどね、一緒にいていい?」

 黙りこくった背高のっぽな"時計さん"に首を傾げながらも彼にはそれが"いいよ"と言っているように思えて、そばに座り込んだ。

 その場所は何となく暖かくてうとうとする。

 時計のリズムが心地良い。

 時計に耳を押し付けると時計の鼓動が更に大きく聞こえて、安堵したみたいに拓海は寝てしまった。



 起きたらいつもベッドの中にいた。

 でもそのことについては、深く考えなかった。

 彼には"その瞬間"を生きることが大切だったから。

 そんなことはすぐに忘れて、やりたいことを片っ端からやっていく。

 それが少年の全てだった。



 時計の横の暖かい場所は拓海のお気に入りとなり、いつも拓海はそこで寝てしまっていた。

 暖かくて鼓動の聞こえるその場所には、妙に安心感を覚えた。

 例えるならそう、母親といるような感じだった。




 寒くて風の強い日のことだった。

 拓海はいつものように時計に寄り添っていた。

 だけど冷たい風がビュンビュンと吹き付けるものだから寒い。

 というのも窓が開け放してあって、閉め忘れられていた。

 窓を閉めようとするけれど手が届かない。


「寒いよぅ」

 時計は変わらず動く。

「時計さんは寒くないの?」

 『チクタク』と動くのが今だけは何故か、『かっちこっち』と聞こえた気がした。


「時計さんも寒いんだね。ごめんなさい。僕じゃ、窓閉められないんだ」

 本当に申し訳なさそうに拓海は謝る。

 そしていつものように、時計のそばに寄る。

 しかし、いつも暖かく感じられる場所も今日は寒い。

「ママ、帰ってこないかな。あそこの窓、閉めてくれないかな」

 仕事で出かけて遅くなる、と言われたのを忘れて言う。

 けれども、そうすぐには帰ってこないことは分かっているだけに、暖かい場所を探す。

「あっ!」

 寄りかかっていたおかげで、立ち上がる時に時計に手をついていた。

 その一部分が、ぱか、と開く。


 …そうして時計の振り子のところの扉が開くことに気付いた。

「わー!ごめんなさい、ごめんなさい!」

 ひたすら謝る拓海。

 当然、時計は微動だにしなかった。


 中はわりかし暖かそうで、今の拓海には魅力的だった。

 謝りはしたものの、自分の発見に少年は驚いている。

「あったかそう…」

 "欲"なんて言葉を知らなくても、欲というものは腹の底から自然発生的に湧き出てくるものだった。

「時計さん、中入っていい?」

 だんまりを決め込む時計に、嫌なんだなと思いつつ。

「ごめんなさい。でも入らせてね」

 中へと入っていった。



「助かった〜」

 中は予想通り外よりは暖かかった。


「やっぱりあそこ寒いよ、絶対!」

 体が小さい為に、振り子も拓海に当たらない。

 でも、ゆっくりと休むには気が休まらなかった。


「時計さん、このブラブラしてるやつ止めて?」

 返事はない。

 ただカチコチという音だけが響く。

 それは拓海には、鼓動とも"寒いよ"という時計なりの表現ともとれた。


 しかし、この時の拓海にとってそんなことはどうでもよかった。

「もういいよ。勝手に止めるから」

 そうむくれて言うと、振り子をそっと手で止めようとした。


 振り子はそれに抗って揺れ続ける。

 最後の抵抗は弱々しくて、やがて振り子は勢いを失い止まってしまった。


 彼は振り子を掴んでいた手を恐る恐る離した。

 動く様子は…、ない。

 自分のしたことに満足して、拓海は嬉しそうに足を伸ばして座った。

 チクタクという時計の鼓動が聞こえなくなっている。

 その時計の中で彼は、物珍しそうに見回しながら何をして遊ぼうか考えていた。




 一つの生命の様であった時計。

 その時計はその時生きてはいなかった。




 その後彼はいつものように寝てしまっていた。

 ただ内か外か、違いはそれだけだった。




「ただいまー」

 玄関で母親が声をかける。

「拓海?どこにいるの?返事しなさい」

 いつもの場所に彼がいないのを確認すると、大きな声で呼びかける。

「変ね。時計の横にもいないし…。今日はどこで寝ちゃったのかしらね」

 捜しながら時計の正面まで来る。

「こんなところに…。あーあ…時計壊しちゃって…」

 そう言って引っ張り出そうとするも、振り子が邪魔でうまく引っ張り出せない。


「しょうがない。起こすか。起きなさい、拓海」

 二度、三度と繰り返して呼ぶと拓海は、間の抜けた声で返事した。

「ん。あ。おかえり、ママ」

「ただいま。とりあえず、そこから出なさい」


 彼は素直に出てくると母親に抱きついた。

「お母さん、あのね…」

「ちょっと待ってね。その前にどうして"ここで"寝てたのか、教えてくれないかな?」

 拓海の話を遮って自分の知りたいことを聞こうとする。

「うん、あのね…」


 そう言って話を続けた。

 母親が留守にしている間何があったのかを、つたなく話す。

 しょっちゅう話が逸れたけれども母親は、遮ることなくゆっくりと最後まで聞き終えた。


 そしてようやく理解した。


 母親は、少し考えて話し始めた。

「話は分かったけどね、そんなことしちゃったから時計さん動いてないよ〜?」

 しゅん、として拓海は尋ねる。

「怒っちゃったのかな?」

「ううん、そんなことないよ。でもね、お体の調子が悪くなったみたい」

 優しく諭す。

「僕のせい?」

 びくりとして問う。

「残念ながら、ね」


 母親は何事か考えながら話す。

「この時計さんの振り子―ブラブラ揺れてたヤツはね、人間の心臓にあたるところなの」

「心臓?この、どくんどくんってなってるヤツ?」

 ビックリしたように問い返され、母親はクスッと笑い声をこらすようにしながら答える。

「そう。この前まで、この時計さんからだって"チクタク"って心臓の音聞こえてたでしょ?」

 そう尋ねる母親に、拓海は目をまん丸にして聞き入っている。




 徐々に、徐々にだが自分のしたことの意味が分かってきて、慌てて相づちを打った。

「うん、でも…」

「今は聞こえないでしょ?」

「…うん」

 それがどうしてなのか、お母さんが何を言いたいのか、子供ながらに必死に考える。



「ヒトってね、心臓が止まっちゃったら死んじゃうの。生きていられないの」


 それは当たり前。でもあえてわざわざ言う。

 それが拓海にはショックだった。

「ヒトは生き返らない」




 当たり前のことは忘れがちだ。

 でも何より、大抵は大切なことだからこそ"当たり前"になる。

 そしてそのことを初めて知った人間へのショックは時に大きく、同時に取り返しのつかないことへの後悔の念が押し寄せる。



 彼は一つ経験し、一つ道理を知った。



「じゃあ…」

 拓海は心なしか震えながら聞いた。

「時計さんは…もう…」


 自分の言葉から十分な効果は得られたらしい。

 それが分かって、優しく言う。

「多分まだ大丈夫よ。」

 一拍おいてゆっくり説明する。

「ヒトは生き返れない。動物も、植物も。でもね、"それ以外"は生き返ることもあるの。これなら直るでしょ」


 拓海はほっと息を吐き、そしてまくし立てた。

「本当に?時計さん大丈夫なの?」

 その様子がかわいらしくて、フフッと笑みをこぼす。

 母親は彼を落ち着かせて言い聞かせた。

「大丈夫。これから時計のお医者さんを呼ぶから。ちょっと待っててごらん」

 そう言って電話を取る。


ピッポッポッピポパッポッ…

トゥルルル…

ガチャッ


「もしもし…」

 通じてすぐに、時計を直して欲しい、住所は…、と用件だけを伝えて電話を切った。

「すぐ来れるって。この辺り家少ないから、時計直す依頼なんてなかなかないらしいの」




 その言葉通り、10分程でチャイムが鳴った。

 母親は、玄関先で何やらその"お医者さん"とごちゃごちゃ話し始める。


 内容までは聞こえない。


 やがて、母は1人の男を時計の前に連れてきた。

 男はすぐさま時計の様子を調べる。

「いやあ、これは少し時間がかかりますね」

 男は芝居がかった風にそう言うと重たそうな箱を取り出した。

「どれだけ時間がかかっても構わないから、よろしくお願いします」

 母親は深々と頭を下げた。

「お願いします」

 拓海も真似て頭を下げる。

「おやおや、それじゃ頑張らなきゃなあ」

 にこにこと笑いながら拓海の頭を撫で、男は言った。



 口で言うほどそう時間はかからなかった。

 男は時計の中に入って作業するものだから、何をしているのかさっぱり見当もつかない。

 それでも、汚れた姿で出て来た男は明るい笑顔を浮かべていた。


「直ったよ。いや、思っていたより時間がかかったね。まだまだ修練が足りんみたいだ」

 ちょっと俯いてそのおじさんは頭をかいた。

「後は時間をあわせて、ゼンマイを巻いて、振り子を直接動かせば大丈夫だから」

 そんなおじさんを、拓海は目を輝かせて見つめる。


 その様子に気付き、おじさんはにっこりと微笑みかけた。



 そこからはあっという間だった。

 母が時間をあわせ、おじさんが振り子をそっと動かす。

 その際にちょっと手間取った気がしたけれど、すぐに時計は動き出した。


 動き出した瞬間に、不思議な現象が起こった。

 今までに聞いたことのない音楽が時計から流れ出したのだ。

 少しテンポの早い優雅な感じの曲。

 オルゴールの様ではあるが、その弾むような音に困惑する。


 母の方を見ると、僕の表情から疑問の色を読み取ってか説明してくれた。

「拓海は初めて聞くんだっけ?」

 頷くと愉快そうに笑って言う。

「この時計さんはちょっと変わっていてね、本当に嬉しい時にだけこうやって歌うの」

 それを聞いて少年は素直に、"へえ、そうなんだ"くらいにしか思わなかった。

 言い方は悪くなるが、少年は愚直だったのだ。


「この曲はね、ワルツっていってね、海の向こうの人達はこの曲で踊ったりするの。ピアノのコンサートとかでも弾かれたりするけどね」

「ワルツ?」

 ほうっと聞きほれていた様子の拓海が、ほとんどオウム返しに聞き返した。

 どうやら気に入ったらしい。

 それは誰の目にも明らかだった。

「そう、ワルツよ。本当に変わった時計…」

 ふとどこか遠くを見る様に、彼女の目は焦点があわなくなった。


 やがて時計は歌うのをやめた。

「ねえ、また聴きたくなったらどうやったら歌ってくれるの?」

 拓海はどうあっても好きなときに聴きたいらしい。

 落ち着きがなく、すました顔をしようとして失敗している。

 その上そわそわとして、しきりに体を揺らしている。


「さあね…、パパと結婚した頃は…、買ったばっかりの頃はよく歌ってたけど…」


 そう言って言葉を濁らす母親に、拓海は心底不思議そうに訊ねる。

「どうして僕の前では全然歌ってくれなかったの?」

 拓海の質問攻めは続く。

「僕が一緒にいたんじゃつまんなかったの?何で言ってくれなかったの?何で…?」

 半ベソをかきながら思いつく限りの質問を浴びせるのを、あやすようにして頭をなでる。

 拓海が落ち着いて泣きやむまで母親はゆっくりと頭をなでていた。

 突然に拓海が暗い顔をして呟いた。

「話しかけてもいつも黙ってばっかりだったのに。嫌だったのかな」

「そんなことないと思うよ。でもね、相手の気持ちを分かってあげられないと相手は心を開いてはくれないよ」

 強く言う言葉に、やや気圧されて。

「うん…」

 拓海は頷くことしか出来なかった。


 時計を直したおじさんはその様子をじっと見つめていた。

 でも急に拓海を抱き上げて話しかけた。

「拓海くん、時計はね、とっても長生きなんだ。けれどね、とっても繊細で、几帳面なんだ」

「え、どうゆうこと?」

「お父さんはね、長いこと時計に触れてきて、時計の気持ちが分かるようになってきたんだ。"ここを怪我してるから直してほしい"とか"節々が傷んでるから手入れしてくれ"とか時計のしてほしいことが色々分かる」

 そのカミングアウトの意味が今一つ分からないけれど、すごそうなことだと拓海は思った。

「ちょっと待ってよ。僕、お父さんいないよ?」

「ああ、ごめん。つい…」

 照れ隠しのように首の後ろを掻きながら、目をきょときょとさせる。

 そして拓海と目を合わせると話を続けた。

「でもね、時計の気持ちを分かってあげようとしなきゃ、直すことも喜ばせることも出来ないんだよ」

 相手の気持ちを分かろうとする。

 それがどういうことなのか何となく掴む。

「相手のことを考えてあげられる人になりなさい」

 そしておじさんの言葉を聞いていて、おじさんと同じ仕事をすれば気持ちを知ることができると思って。

「ママ、僕ね、時計さんを治すお医者さんになる!このおじさんと同じ仕事がしたい!」

 そう言い放った。

 母親はただ頭を撫でながら微笑んでいた。

 その眉間にはうっすらとシワが寄っていた。

 誰であっても気付くことは出来ないであろうほどに。




 あれから月日は流れ、拓海は青年へと成長していた。

「あの時は子供だったから分からなかったけど、今考えたらスゴいよな…」

よな…」

 今なら分かることもある。

 母さんが俺に伝えたかった本当のこととか、一つ一つの言い回しの持つ意味とか。

 勿論今じゃ記憶は朧気だけど、結構確信を持ってる。

 あんな偶然起きた小さな事件を、母さんたちは俺にとって看過出来ない重要なものに変えてしまった。

「本当、スゴいよな…」

 真実は母さんの胸の内にだけある。

 当然実際はどんなつもりで芝居じみたことをしたのかは分からない。


「拓海。今、手あいてる?」

 でも、実際俺は時計工になってしまった。

 あのおじさん…いや、父さんの下で 

 そんな父さんと母さんには言葉の魔法か何かが使えるに違いない。

「ああ、今行くよ」


 俺は母さんが好きだ。

 大切なことを教えてくれた母さんが。


 今までずっと。

 そしてこれからも…。

 この魔女を大切にしていきたいと思う。

 敬う心と今まで教えてもらった全てを忘れない様にしながら。

 あの置き時計は今も動いてる。

 ほら今、ワルツが聞こえないかい?


 -Fin-

思い付いてから意外と時間がかかりました。まだまだ表現の拙い部分があるかと思いますが、ご容赦&ご指摘ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 子ども、が実に上手く書かれていて驚きました。話もしっかりとまとまっていて、読んで良かったと思います。
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