その9
「したら、気張って行って来い!」
「先生、相手小学生っすよ?」
「へぇ~。言うじゃないの」
三神先生の意味深な発言と含み笑いに、ハジメは不可解な恐怖を感じてぶるっと体を震わせた。
「ハジメ君、はやくっ」
ケイ君にせかされ、ハジメが卓球台前に並んでいたオレ達に加わった。相手チームはとっくに整列していた。相手チームの一人が息を吸い込み、号令をかける。
「きをつけ、れい!」
「「「お願いしまーす」」」」
相手の代表と対戦表を交換した。団体戦では通常、自チームの選手がどういう順番で出るかを対戦表に記し、試合を始める前にそれを相手チームと交換することになっている。相手の出方次第で選手を変えるのを防ぐためだ。まず最初は、予定どおりハジメに行かせることにした。
相手にラリーを頼まれ、少し緊張しながら返事をするハジメ。するとハジメは小学生の球出しをフォアハンドで、思い切り振り抜いた。相手の顔面にヒット、主審のオレは引きつった表情で見ていた。ハジメがすぐ謝る。
「ご、ごめん!」
ピンポン球を持ち直した小学生がハジメを見下す目で、
「お前、下手だな」
「……もう始めようか、クソガキ」
小学生の挑発に乗るなバカ!
選手互いにラケットを交換し、確認する。試合前に相手のラケットを確認する恒例の作業も、知識のないハジメには意味がないだろう。
ハジメは卓球経験が浅い。一週間前に始めたばかりの、ラケットの握り方しか知らないような人間だ。そんなド素人が、吸収の早い幼い頃から練習を積んでいる人間と対戦だなんて、無謀すぎる。構えからして違う。相手は体に刻み込まれたかのような慣れを感じるが、ハジメの構えはどこかたどたどしい。
「ラブオール」
ハジメがストレートのサーブを打つ。相手は序盤から力強くスマッシュを打ってきた。目すら球に追いつかず固まるハジメ。
「ラブワン」
カウントで我に返る。だが付け焼刃のサーブでは、この状況を打開などできない。
ハジメのサーブのたびに、サーブ、スマッシュを繰り返し、一セット目が終わった。審判である以上アドバイスはできないのだが、元より助言したって……。
だが少しずつ、ハジメがスマッシュ球に追いついて、きた? というか、やけになって手をのばしてるというか……。ハジメの目がすわってる。
マッチポイント、予想どおり相手のスマッシュ。が、ハジメのラケットがついに球に当たった。だが球は台を大きく越えて飛んでいっってしまった。
試合終了。ハジメは礼をしてしょんぼり帰ってきた。
「ハジメ君、元気出して。最後おしかったよ!」
「ケイ君……」
若干目が潤んでいるハジメ。ケイ君の優しさに心動いたのか、はたまた負けたことが相当ショックだったのか……。
「アッハッハッ、一点も取れてないでやんのー!」
そして茶々を入れる教師。なんて大人だ、指をさすな指を。
子供って背が基本低いから、大人じゃスマッシュ打たないだろう高さでスマッシュ打てちゃうことが多々あるんですよねー。自分の持っているもの全て武器にしてしまうとはなんとたくましいことやら。