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その6

 階段で、オレと中嶋が二人で卓球台を運び、ハジメが誘導しながら手を振る。

「はいオーライ、オーライ」

「しかしラッキーだったな、女卓がちょうど台を買い換えてお古が余ってたんだから」

「ふっ、おれの交渉術があったおかげだな」

「ちげえよ! ケイ君が頼んだからこそだし」

「でも空き教室を教えてもらったのはおれだもん……」

「勧誘ポスター注意した白髪の先生が好意で教えてくれたんだろ、お前は問題起こしただけだ」

 ふてくされるかのように誘導の声が小さくなった。

「てか、おもっ! ハジメまだ一回も運んでねえだろ。代われ今すぐ!」

 ハジメが反論する。

「バカヤロウ、おれが一番オーライが上手いんだろ! おれがオーライしないでどうする!」

「んなもん誰でもできるわっ!」

 教室の扉が開かれた。

「うっさいぞお前ら、たかが台を運ぶくらいで騒ぐな!」

 三神先生が怒鳴った。

「はーい、すみません」

 卓球台を床に下ろし、ローラーを転がして教室に押し入れた。

「たかがじゃないですよ、三神先生」

 窓を雑巾で拭きながら、ケイ君が言う。

「これでやっと、卓球ができるんですから」

「牧野……」

「えへへ、ちょっとクサかったですね」

 ケイ君が照れくさそうに頭をかいた。

「コノヤロウ、ちょっと女子に人気があるからって調子のんなやガキがっ!」

「ひぃっ、先生ひどい!」

「そーだそーだ、おれも女子からモテたいぞチクショウ!」

「ハジメさぼんなやぁ!」


 どの教室にも人気がなくなった放課後。だが二階の、学生棟の端に位置する教室はオレ達のはしゃぐ声で騒がしかった。

「なあユウヤ、ネットってどう張るんだ?」

 中嶋がオレに訊いてくる。するとハジメが、

「なんだ、なかちんはそんなのも知らないの?」

「なかちんって、変なあだ名つけんなし!」

「ユウヤ、おれにもネットの付け方教えてー」

「お前も知らねえのかよ」

 呆れつつ、ハジメにもネットの張り方を教える。初心者ばかりだと疲れる……。

「うおお! できたできた! よし、そしたら練習あーーーっ! そういやラケットも球もねえ!」

「あ、ぼくも持ってない」

「俺もだ」

 こいつらどっか抜けてんだよな……。

「初めの内は体育用のを借りたらいいんじゃね? てか、初心者のお前らにマイラケなんてはえーよ」

 へっへっへっと、いやらしく笑ってみせた。

「いや、俺元卓球部だし」

 中嶋の意外な発言に、全員がどよめいた。

「なんだよなかちん、そういうの先に言おうぜ?」

「中嶋は中学どこよ? 大会で見た記憶ないんだけど」

「そりゃ大会出たことねーし」

 あっけらかんと返答する中嶋。

「え? 部員だったのに?」

「いやー、一週間で辞めちゃってさー」

「んなもん入ってた内に入んねーよ」

「ねえ、そろそろ練習しよー?」

 ケイ君がみんなを促した。


「なあユウヤ、なんかラケットが二種類あるんだけど、どう違うんだ?」

 ハジメが真面目な質問をしてきた。

「オレが使ってるのがペンホルダー。で、今お前が持ってんのがシェイクハンド。ペンはフォアハンドが強くて、逆にバックハンドで攻めるのが苦手。シェイクはフォア、バックハンド両方で攻撃に転じることができて、あと分かりやすい特徴として、ラバーっていう、球を打つゴムがペンは基本一枚、シェイクは裏表で二枚ってなって――」

「どりゃーっ! 両手に持って二刀流だあっ」

「武蔵、覚悟しろ!」

 ハジメと中嶋がオレの長ったらしい説明に飽きて、ラケットで遊び始めた。

「二人とも、せっかく説明してくれてるのにふざけちゃダメだよ」

「いやー、すまん」

 悪びれた様子もなく謝るハジメ。

「じゃあもうお前らシェイクでいいんじゃね? 今じゃほとんどがそうだし」

「ユ、ユウヤ君、そんな投げやりにならなくても……」

 ケイ君の方に向き直った。

「違うんだ、テキトーとかじゃなく、今じゃもう本当にシェイクが大半なんだ。プレイスタイルにもよるけど、バックハンドで攻められるのは相当な強みで、普段ペンホルダー相手に練習しないから、試合でペンと当たったら不慣れな分不利だなんて言われちゃうくらいシェイクばっかなんだ。どいつもこいつもシェイクシェイク……」

「ああっ、ユウヤ君が良く分からないコンプレックスで落ち込んでる!」

「よーし、おれシェイクにしよー!」

「俺も! ケイもほら持って、練習すんぞ!」

 中嶋がケイ君にシェイクハンドを手渡す。

「え、待って、ぼくまだ決めてない……」

「シェイクでいいじゃん。だってほとんどの人がシェイク使うってことは、それだけ強いってことだろ?」

「で、でも……」

「ほうら、また一人二人とシェイクが増えていく。ふふっ、ふふふふふっ…………」

「ユウヤ君? ユウヤ君っ!」


 少子化によって使われなくなった教室に、お古のオンボロ卓球台。初心者が握る、授業用の安物ラケット。先輩のいない、四人の一年生。寄せ集めだけど、きっとこれが今のオレ達のベストなんだろう。卓球ができる。

「まずは素振りから始めるぞー」

「えーっ、球打とうぜー?」

「基本もできてない奴がほざくな」

「入らないって言ってたのにユウヤ君が一番やる気満々」

「ケイ君、それ本人には言っちゃダメな。やる気なかったこと思い出しちゃうから」

「ほら二人、話聞いてんのかー?」

 ハジメとケイ君の方を見る。視界の隅に、廊下の人影が映った。小さな背丈と肩に届くくらいの長さの黒髪。覚えのある後姿が、体育館に向かって通り過ぎていった。




 兄の影響が強かった。きっかけは兄が卓球をするのを見ていたからだし、初めてラケットを握ったのも家の庭に置かれた、親が兄のために買った卓球台でだった。

 小さい頃は、母が良く相手をしてくれた。同年代には大抵勝つ兄を見て、スポーツ選手の子を持つ喜びに目覚めたからだろう。

 小学校に入学しても、相変わらず打ち続けた。たまに兄も相手をしてくれて、敵いっこなかったが、それでも楽しかった。

 小学四年生になってからある日、母親に、兄と同じように近所の卓球会に入るか訊かれた。兄もそこで同年代や年上を相手に練習していると聞かされ、深く考えもせず、うんと返事した。

 聞いていた話どおり、そこには自分と同世代の女の子が、多くはなくても、それなりにいて、卓球の打球音が響いていた。ラリーの時は一定のリズムで、試合の時は、不規則かつ力強く。

 馴染めなかった。人見知りの激しい性格で、すでに出来上がった集団の空気に溶け込むのは、私には難しかった。

 母さんやお兄ちゃんと打つ方が楽しい。

 入会して一ヶ月後には通うのを拒むようになった。幼心に罪悪感が生まれ、家で卓球をすることもなくなった。

 卓球から遠ざかったまま、中学生になった。自分や、昔から見知っている友達が制服を着ているのを見て、なんだかドキドキした。

 入学早々、友達何人かと部活見学ということでいくつかの部を回った。大して生徒の多い学校でもなく、入る部は限られていた。

 バレーもバスケも好きじゃないし、大変そう。男子卓球部にはお兄ちゃんもいるし、卓球をするつもりはない……。手芸部か何かにしようと考えていた。

 友達の一人が、次は卓球部を見ようと言った。付き合うだけのつもりで、うんと頷いた。

 少しの間、女子卓球部を見学していると、先輩が自分達にラケットを握らせた。軽くフォームを教えて素振りをさせると、一人ずつ順番にフォア打ちの相手をさせた。

 自分の番がきた。ゆっくりとした球出しを、私は普通に返球した。未経験者ばかりだったせいか、先輩は球が返ってくるとは思わなかったらしく、驚きながらラリーを続けた。借りた授業用のラケットは使いづらく、それでもフォアハンド程度は問題なく打てた。リズミカルな打球音、ラリーは続いた。

 突然先輩が打ち損じ、球が私のバックハンド側に向かってきた。冷静に裏面で打ち返すと、球は台にバウンドし、そのまま先輩の横を通り抜けていった。

 私が経験者だということが分かった途端、先輩に部へと勧誘された。他の先輩達にも強く言われ、困惑しながら適当に相槌を打った。

「みんなも入ってよ、ちゃんと教えてあげるから」

 言われて、楽しそうだし入ろうと、みんなの意見が決まったらしかった。何の返事もせず、周りに流されるように自分も卓球部に入部した。

 流されるように入った女子卓球部は、思いの外居心地が良かった。先輩達は優しかったし、知っている友達がいるという頼りがあったこともそうだが、何より、自分にはわずかながらの実力があった。未経験者と比べれば頭一つ飛び抜けてて当たり前だ。技術を評価してもらえる。何か一つ認めてもらえれば、人間関係はスムーズにいくものだった。

 なんとなくな接点しかなかった卓球が、いつの間にか楽しく感じるようになっていた。狙いどおりのコースに決まれば嬉しくて、どうすれば球が速くなるか考えて、新しいサーブを教えてもらったら居残って練習して、大会はいつも新鮮な気持ちにさせてくれて、弱点ばかり突かれると本気でイラついて、上手くなってきた同級生に負けると悔しくて、空回りしている自分にへこんで、たまにだが、また兄が卓球の相手をしてくれるようになって、一度負けた子を負かして、やっぱり卓球が好きで、色んな人と接した。

 私の居場所が、その時は確かにあった。

 高校でも卓球を続けようと決めていた。一緒に卓球をしてた友達と部活見学に行くと、中学以上の人数と活気が目に映った。すぐさま入部した。

 すると何故か顧問の先生に気に入られてしまった。素質がある、もっと強くなる。そんな言葉を並べられ、入部してすぐに私専用の練習メニューが用意された。他の子と同じ扱いをしてくれない。褒められて少し嬉しかったが、すぐにそれ以上の孤独に苛まれた。

 それから先輩達の視線が突き刺さるようになった。萎縮してしまい、上手く接することができない。他の一年生は先輩達とだって楽しそうに話しているのに、私はその輪に入ることすらできない。距離を置かれる。私が口を開くときだけ静まり返る。視線が合うのが怖くて、無意識に床ばかり見つめてしまう。

 私は変われてなどいなかったんだ。卓球から、人から逃げ出したあの頃と何一つ。なんてちっぽけなんだ。

 それでも部長だけは、私にも優しく声をかけてくれる。部長まで妬まれてしまうかもしれないのに、申し訳なくて仕方がない。

 辞めたほうがいいのかな……。

 私は、ただ卓球がしたいだけなのに。


 


「ハジメ、またフォームが崩れてきてるぞ」

「いつまで素振りすんだよー?」

 ハジメがぶーぶー文句を言う。

「オレが中学ん時は一ヶ月球拾いだったから」

「は~? なげえよ」

 部室のドアが開かれた。

「みんなやってるかー?」

 顧問の三神先生だった。

「先生、どうしたんですか?」

 中嶋が訊くと、三神先生は高らかに手に持っていた書類を掲げた。

「喜べ、お前達の初試合が決まったぞ!」

 全員が一瞬、ぽかんとする。間を空けて、

「うおお、先生すっげえ! ちょーやる気じゃないすか!」

 ハジメが興奮しながら声をあげた。

「先生、そのプリント見せて」

 はいよと、中嶋に手渡した。

「へぇー、団体と個人戦があるんだ」

 オレとケイ君が横から覗き込む。日付を確認し、頭の中が一瞬真っ白になった。

「……えっ、これ来週じゃないすか!」

「うん、そうだよ?」

 三神先生がけろっと答える。

「先生、ベタっすねー」

 ハジメが率直な感想を述べた。のんきなこと言ってやがる!



今回は少し長めとなってしまいました、区切りが難しいです。

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