その5
職員室前で中嶋が入会したことにより、残るは一人。だが、最後の一人がどうしても決まらない。わらにもすがる思いで、オレは一人、アヤの家を訪問した。
「えっ? えと、三角筋!」
「広背筋!」
オレの動揺による軟弱レシーブを、タケシ先輩は踏み込んでの豪快なドライブで打ち返してきた。球が横を通り過ぎていく。
タケシ先輩の方を見ると、すでにサーブの構えに入っていた。慌てて身構える。
「胸鎖乳突筋!」
流れるようなサーブフォーム。引退したにも関わらず球は速く、重い。
「じょ、上腕二頭筋っ」
「アキレスけええぇぇぇえええんっ!」
タケシ先輩はスマッシュを真上から叩きつけ、鋭角に急降下した球が高々とバウンドしてオレを超えるほどぶっ飛んだ。
「次はユウヤのサーブだぜ?」
「いや、タケシ先輩、オレは普通に試合っつったのに、なんで卓球で古今東西することになってるんですか?」
「そうな~、ちょっとこのお題はダメだな。何も知らない人に聞かれたらぜってえ怪しまれるな」
「そうじゃなくて……まあそっちもそうなんですけど」
「じゃあやめるか? 同好会創るんだろ? 俺の名前が欲しいんだろ?」
タケシ先輩がまっすぐ見つめる。相変わらずクサい人だ。
ラケットを構えた。台の向こうのタケシ先輩が、にやっと笑った。
中学の卓球部に入部した時、タケシ先輩は部長を任されていた。持ち前の性格で人望も、そして卓球そのものの強さも兼ね備えたタケシ先輩は憧れであり、目標だった。オレとは二年の差があったせいで部内では長く付き合えなかったが、タケシ先輩の妹のアヤとオレに接点があったおかげか、今でもたまに卓球の相手をしてくれる。
「直江鎌継!」
「島津義弘!」
勢いの乗った球。オレは追いつけず、無様に空振り。
「タケシ先輩、日本史苦手じゃ……?」
「最近歴史ゲームにはまっててな」
「受験生なのに何やってるんですか?」
「歴史選んでる分ましだろ? そら、服部半蔵!」
「石川五右衛門っ」
三年前。外の蝉時雨も消される程の活気あるかけ声。日差しを暗幕で遮っていたにも関わらず、館内は卓球に熱せられたかのようにみんな真剣だった。
タケシ先輩の中学最後の試合は、ファイナルゲーム内でデュース(十一点先取で一セット獲得だが、両選手が十点で並んだ場合、二点リードした方がそのセットを獲得するルール)が七回も続く接戦だった。
どちらが勝ってもおかしくない試合で、タケシ先輩が負けた。
今もオレの脳に焼きついている、暑い夏の日の記憶。
「そういえば、何でタケシ先輩は卓球部入らなかったんですか?」
「ああ? 行ってみたらふざけた奴しかいなかったからだ」
なるほど、女子卓球部の話どおりだ。
「おらおら、次打つぞ! ギガデイン!」
タケシ先輩がサーブを打ってくる。ツッツキの構えをした。
「メラゾーマ!」
途端に、球は高く浮いた。回転を見誤った! 急いで大きく後ろに下がる。タケシ先輩は大きく振りかぶった。
「ベホーーーーイミッ!」
ラケットを思い切り振り落としてくるかと思いきや、球の落下地点にラケットを置くように差し出してきた。弱々しくラケットに当たった球が、ネットギリギリを越えて、力なくオレの台に落下した。オレの元に届くことなく、台の上で何度かバウンドして転がっていった。
「ハッハッハッ、ひっかかったなあ!」
やられた、この人はパワープレイヤーに見えて、ちゃんと技術を持っている人なんだ。むしろフォームやテクニックがこの人の力強さを冴えさせる。
相変わらず楽しそうに卓球する人だ。
今も、夏の引退試合でも、タケシ先輩は楽しそうに、全力で卓球してた。オレも卓球がしたい。これからも卓球を続けたい。
オレは大きく息を吸い込んだ。
「お題、中学時代にアヤに告白した男子生徒の名前!」
「な、待て、お兄ちゃんそんなの聞いてないっ!」
思いもしなかったお題に、慌てふためくタケシ先輩。
「臼井!」
「え、ええ⁉」
打ち返すことすらできないタケシ先輩。
「はい、何も言えず失点。どんどんいきますよ、山口!」
「やめろぉ、そんなの知らない、知りたくないっ!」
さっきまでの勢いが嘘のように非力になるタケシ先輩。
オレの番では答えられず、タケシ先輩がお題を出しても戦意を失ったのか、ラリーがあっけなく終わる。
ごめんよ臼井、山口、高幡、じゅんぺい、松本に熊田君、相沢、小田…………。うん、アヤは女子卓球部の中でもかなり可愛い方だったもんな。みんなもアヤもオレも悪くないよきっと! でも恨むならアヤと付き合っているかなんて事前に確認してきた、まだ若く青すぎた自分達を恨んでくれ。オレはただの幼馴染なだけだって。
「もう、やめてくれ。俺の、負けだ…………」
立っているのがやっとの中、タケシ先輩が白旗を上げた。
五人、揃った。
スマッシュと見せかけて浅い所に落とすのは、やられると非常に悔しいものです。逆に仕掛けた方はしてやったりです。ナルシストめ、男らしく全力で打ってこいや、なんて血がのぼらないようにしましょう。