その4
ぼくがバス停に立っていると、若干赤茶色をしたロングヘアーの、学生服でなければOLにでも間違えられそうな、大人びた女性が隣に立ちました。瀧野先輩です。女子卓球部の部長を勤める二年生で、ぼく達がピンポン同好会を創ることを一番反対しているようです。ご近所さんだとは知りませんでした。
昨日の、戸田君も橋本君も負けたのに同好会を創ろうとし続けるぼくらを、きっと良く思ってないでしょう。どうしよう、とにかく目を見て挨拶しなきゃ……。
「まだよ」
挨拶する前に話しかけられ、裏返った声が少し漏れてしまいました。
「同好会を創るには全員で五人。あと二人足りない」
バスが来ました。固まるぼくを横目に、瀧野さんがバスに乗り込みました。
朝の校門。大勢の生徒や先生が通り過ぎていく。その横でオレ達は、ピンポン同好会勧誘の呼び込みをしていた。恥ずかしい、罰ゲームを受けている気分だ。
「橋本君」
牧野君がオレに話しかけてきた。
「あまり恥ずかしがると、返ってぎこちなくなるような……」
「じゃあ、ハジメみたいに大声だしてしつこいくらい勧誘しろって?」
「そこまでは言ってないけど……」
ついついため息をしてしまった。
「……ピンポン同好会に入りませんかー?」
「入りませんかー?」
オレ達を指さして笑う奴、関りたくないと無視する奴らが通り過ぎて行く。
予鈴が鳴り、オレ達も教室へ向かう。途中、グラウンドを見ると、サッカー部が朝練の片づけをしていた。オレ達はまだ始まってすらいない。
「困るなあ、勝手にこういうことされると」
薄くなった白髪をオールバックにしたおっさん教師が面倒くさそうに言った。
「でも、おれのハートが止まらなかったんです!」
おっさん教師が睨みつけてきた。オレとハジメと牧野君が頭を下げた。
今日は最悪だ。昨日、ハジメが作って貼ったポスターだが、生徒会の許可もなく校内に貼り付けてたらしく、その件で呼び出しをくらっちまった。活動する前から目つけられてどうすんだよ……。
「先生、プリント持って来ました」
「おう、昼休みに悪いな」
他の生徒からプリントの束を受け取ると、おっさん教師がこちらに向き直った。
「ポスターを生徒会に提出すれば許可印を押してくれるから、貼ったのをすぐ回収してくること。もういいぞ」
さっさと帰ろうとしたが、プリントを持ってきた生徒が「それ何です?」と話に入ってきた。空気読めよ……。
「ピンポン同好会創るらしい」
「ピンポン? ああ、卓球すか」
ふーんと、卓球と分かり興味を失くしたようだ。
オレ達は解放され、すぐ職員室を出た。
「あっ、ケイ君だ!」
今度は誰かと思えば、女子卓球部の先輩達が牧野君に駆け寄ってきた。
「ケイ君元気?」
「あ、はい。元気です」
「かわいー!」
牧野君のおかげだ、女子卓球部員のほとんどはオレ達を敵視しなくなってくれたみたいだ。
「なにかあったら声かけてねー!」
牧野君と話し終え、反対側に歩きながらもキャーキャー楽しそうにはしゃぐ先輩達の声が聞こえた。
「モテモテじゃん、ケーイ君」
ふざけた態度で牧野君の名前を呼ぶハジメ。
「な、なに言うの戸田君! 先輩達の真似してからかわないで!」
「からかってねえ、妬んでるんだ!」
「余計に不純だろ。な、ケイ君?」
「もう、橋本君まで!」
「いいじゃん、ケイくーん」
「ハジメ、ほどほどにしろよ?」
「いいもん、ぼくも二人のこと下の名前で呼ぶからねっ!」
ちょっと怒らせちゃったかな?
三人で話していると後ろから、
「おっ、俺も入れてくれ!」
突然の声。振り返るとさっきプリントを持ってきた生徒が立っていた。しばらくの沈黙。言われたことを、みんなすぐには理解できなかった。
「ピンポン同好会に?」
ハジメがそう質問した。
「おう、もちのろんだぜ」
言い方うぜえ。しかもこの流れで入会って、下心丸出しだろ。
「あんたみたいな積極的な奴を待ってたぜ、よろしくな!」
ハジメは人を見る目がない。
ハジメは書き始めの頃からネタ要員と決まっていました。私の手のひら、いや、原稿用紙の上で全力で踊ってくれるいい奴です。