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その3

「ラブオール」

 ズボンの裾とYシャツの袖をまくり上げ、動きづらくはあるものの、自前のラケットを鞄に入れっぱなしにしといたことは不幸中の幸いで、試合は始まった。

 さっきと変わらない速さでアヤがサーブを打ってくる。でもコースは読めている、即座にレシーブ。アヤは落ち着いてバックで対応、それでも球速が落ちるわけでなく、守るようにこちらもバックハンド。バックバックバック。こっちはペン、向こうはシェイクハンド。バックでの打ち合いは分が悪い。

 またバックへと返ってきた。だがオレはここぞとばかりに回り込んでフォアハンドで返す。若干スマッシュ気味に無理やり押し込んだ。だが間髪入れず、球はオレのコートに返ってきた。ライジングか……! 自分のコートでバウンドした球を、上昇しきる前に弾き返したんだ。踊らされた。

 オレがここまでやるとは思いもしなかったんだろう、その場にいた連中がざわめいた。

 ……ざわざわ……つよ……やっぱり経験者なんだ……勝てるの? ……アヤちゃんかわいい……ざわざわ……。

 アヤのサーブは速く、おまけにいくつもの回転を使い分けてくるため、慣れないと翻弄されやすい。けどこいつの手首の動きを、オレは何度も見てきた。左! もうペース持ってかれねえ! オレの返球をアヤはバックで返してきた。オレはそれを、今度はバックはバックでも、上回転のバックドライブで思い切り攻め込む。手首いてえ。回転のかかった球をなんとか打ちつなげるアヤ。ゆるい返球を間髪入れず、今度こそフォアハンドでとどめ! さすがのアヤもこれには追いつけなかった。ピンポン球が床で跳ねる音だけが聞こえた。


「小さいのにやるなぁ……」

「彼くらいの身長なら、むしろ卓球に関しては利点になるわ」

「え、そうなんですか部長?」

「他の球技と違って、卓球は決められた高さの台を使う。背が高すぎると必要以上に身を屈めなければいけないから、それよりかはちょっと足を曲げただけでちょうど良い高さになる彼の体型の方が恵まれていると言えるわね。まあ、リーチが短いのはネックだろうし、プレイスタイルにもよるから偏に言い切れないけど」

「部長、羨ましいんですか? 自分が背高いからって――」

「私はカットマンだからいいの」


 打ってくれと言わんばかりの、アヤの浮いたレシーブをスマッシュした。

「すごい、サーブの時は確実に点を取ってる!」

 牧野君の発言にむっとした女子部員が、

「先生のお気に入りなんだろ? 負けんなよ」

「……」

 先輩の一言に、アヤは返事をしなかった。目を伏せて、怯えてるかのようだった。

 アヤにサーブ権が移る。下回転のサーブをツッツキ(下回転のかかった球を、台の上でつっつくような動作で下回転をかけて返球すること)で返そうとするが、ネットに引っかかった。

 オレのサーブにアヤはすぐ反応、ドライブショットを勢い良く打ってくる。球はオレのラケットに当たってコートの外に飛んでいった。

 サーブを読まれるようになったのは、オレがフェイントをかけるのをやめたから。

 勝つことを諦めたのは、居場所がなくなるつらさを知っているから。


「男子卓球同好会、どうしても創っちゃダメですか?」

 みんなの視線がハジメに向けられ、一呼吸置いてから、

「……去年の男子が、ねえ」

「練習態度が悪くって、こっちまでとばっちり受けちゃって」

「あとうちらのメンバーの何人かに手出そうとした奴がいてさ、それで一時期、内部でもめちゃったのよ」

「うっわ、そんなことあったんですか?」

 ハジメには耳が痛くなるような情報だ。

「それに今年は新入部員が多いし、これ以上卓球場に人入られても……」

「場所は別の所を探します!」

 牧野君が強く訴える。

「真面目に活動しますし、みなさんに迷惑をかけないようにしますから、卓球やらせてください!」

 牧野君の純粋な瞳に、女子部員らが後ずさりしているように見えた。

「ダメです」

 一人堂々と立ち続ける女子が言い放った。

「部長、もういいんじゃない? この子らもこう言ってるし」

「いいえ、彼らは試合に負けたのだから、卓球同好会の創立は認めません」

「……じゃあ、ピンポン同好会とかは?」

 ハジメ、ふざけた提案はやめてくれ……。

「なっ、そんなの同じ――」

「認めます!」

 部長の発言を遮る大声。誰? その場の全員が声の聞こえた階段方向を見る。上ってきたのは、一人の女性だった。所々癖っ毛が跳ねたままの黒の長髪と、吊り上がった目が印象的な人だった。

「私が顧問をやりましょう」

「三神先生!」

 助け舟が来たとばかりに喜びながら、ハジメは先生の名を呼んだ。

「戸田君、職員室に来なさいって言ったでしょ?」

「色々と諸事情がございまして……」

 三神先生は向き直り、

「なあ、瀧野」

 呼ばれ、部長の瀧野先輩が返事した。

「この子らに卓球やらせてあげてくれないか?」

 言われて、三神先生を無言で見つめる瀧野先輩。三神先生は視線をまっすぐ受け止めた。

「……分かりました」

 搾り出したかのような、低く沈んだ声だった。


「はいこれ、同好会設立申請書。書いたら私のとこ持ってきて」

 職員室に戻り、三神先生が紙を差し出してきた。

「先生なんでこんなに良くしてくれるんですか? すごく面倒くさがりっぽいのに」

 一言余計だハジメ。

「そりゃ生徒のためだし、それにどうせどっかの顧問やるなら楽そうなとこがいいだろ?」

「先生正直っすねー」

「面倒くさがりだとっ!」

 一呼吸遅いです先生。

「ひぃっ!」

 牧野君びびりすぎ……。


「失礼しましたー」

 職員室から退室する。

「よし、あとは人数と場所だな」

「オレ入るだけでやる気ないから」

「ユウヤはまだそんなこと言ってんの?」

「お前こそアヤ無理なの分かったんだから、もうやめたら?」

「最初から狙ってないし、それにまだ諦めがつかないぜ!」

「どっちだよ」

「あの、アヤさんって誰のことですか?」

「気安く呼ぶなっ!」

「ひぃっ!」

「いや、ハジメこそなに様だよ」

試合描写が難しいです……。

今回以降から卓球用語が所々出てきますが、見解、説明が多少間違っている場合がございます。ご了承下さい。ググれオレ。

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