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その22

 携帯が鳴った。ディスプレイを開くと、ハジメからの電話だった。鳴り続ける携帯をじっと睨む。しばらくして鳴り止み、画面は十二時半を表示するだけとなった。

 ベッドに横たわった。クーラーの小さな誹風音と、見てもいないテレビの音だけが自室に立ち込める。

 夏休みの宿題しねーとな。

 机の横にかけた鞄を開くと、各教科の問題集やらプリントやらが溢れ返っていた。外に取り出さずに指でいくつかめくるも、嫌気が差してすぐに鞄を元に戻した。またベッドの上で仰向けになった。

 いつもなにやってたっけか。去年は受験勉強してて遊べなかったけど……。卓球ばっかやってた気がする。タケシ先輩が声かけた卓球の練習会に出させてもらったり、ハルとか他校の同い年を集めて試合してたっけ、そういえば。

 腹減ったな。一階に下りると、母さんが台所に立っていた。

「お昼そうめんでいいよね?」

「また? 飽きた」

 母さんがむすっとしながら振り返った。

「……じゃあおそばは? うどんは? 冷やし中華にする? 具なしだけど」

「……麺ばっかじゃん」

「じゃあ自分で作りなさい」

「へいへい」

 冷蔵庫を開ける。バター、醤油、めんつゆ、キャベツ、冷やし中華の麺……ろくなものがない。

「買い物してないの?」

「だって、外暑いんだもの」

 呆れてため息が出た。

「頂いたそうめんとかあるし、いいでしょ?」

 いいわけがない。

 玄関のドアを開けた。熱気が全身に襲い掛かってきた。

 太陽がアスファルトを焦がす。すぐそこのコンビニに行くだけで汗が流れた。

 コンビニの中に入ると一気に冷たい空気がオレを包んだ。ああ、天国だ……。

 少し雑誌を立ち読みしたあと、弁当の置かれた棚に向かった。が、棚は見事に空っぽ。しまった、昼時によくある品切れだ。のんびりしてる場合じゃなかった。

 自動ドアが開く音がした。特に気にせず、どうしようか立ち尽くしていた。ここらへん、他はファミレスくらいしかねえしなぁ……。

「ねえ」

 後ろから声をかけられた。

「うお、なんだよ?」

 アヤだった。こいつはいつもいきなり現れやがって。制服を着て、肩に鞄をかけ、片手に紙袋を持っていた。

「弁当買いに来ただけ」

 棚の前に突っ立つオレが邪魔だと言いたいらしい。どいて棚を見せてやる。

「……ないね」

「お前、昼飯いつも弁当なの?」

「今日は親が出かけてるから」

 オレとアヤは割と家が近く、この辺りの地理も同等に頭に入っている。

「ファミレス行くけど、一緒に行く?」

「んー、いいけど」

 すんなりオレの提案に応じた。またくそ暑い外を歩くと思うと気が滅入った。


「部活帰り?」

 冷房のきいたファミレスでオレはジンジャーエールを、アヤはウーロン茶を飲んでいた。

「うん」

「その袋も部活で使ったの?」

「帰りに買い物してきた。ワンピ」

「ふーん」

 氷がからからと涼しげな音をたてる。

「そっちはどうなの?」

「なにが?」

 アヤに質問し返した。

「……ううん、なんでもない」

 卓球のこと訊いてるんだよな絶対。分かってる、分かってはいる。

 注文したメニューが届いた。バジルスパゲティをフォークに巻きつけ、口に運ぶアヤ。それ以上踏み込んだ話をしてくる様子もない。オレも自分が頼んだハンバーグを食べ始めた。

 大した話はしなかった。オレがそれ以上訊くなオーラを出していたのかもしれないが、クラスの話とかどうでもいい会話しかしなかった。

「ユウヤアアアアアアア!」

 ファミレスのガラス窓の外から、オレの名前を叫ぶ声が聞こえた。驚いて振り向くと、顔を窓に貼り付けてこちらを凝視するハジメがいた。

「……お前、まさかオレを同好会に連れ戻しに――」

「ちげえから! まじ助けて!」

 ハジメの後ろから、別の声が聞こえた。ごつい。

「まあてえええええええ!」

「お兄ちゃん⁉」

 アヤの反応どおり、声の主はタケシ先輩だった。全速力でこちらに向かってくる。

「ぎゃあああ!」

 ハジメが猛スピードで逃げていった。何が起きてるんだ……?

「アヤ、わりい。会計しといて!」

 金を財布ごと置いて、一人店を飛び出した。

 二人が通っていった道を追いかけてみたが、とっくに見失っていた。闇雲に走る。あの温厚なタケシ先輩が鬼の形相で追いかけてたんだ、相当まずいのは確かだ。

 十字路に差しかかる。くそ、どっちだ?

「ユウヤっ!」

 右方向からハジメの声がした。どこで入れ違ったんだか。目の前に止まり、息を切らすハジメ。

「お前なにしでかした⁉ 怒んねえから言えボケェ!」

「もうすでに怒ってるじゃんか!」

 その時、地鳴りのような音が近づいてきた。振り返る。

「見つけたああああああ!」

 げっ、タケシ先輩!

 タケシ先輩が全身をつかって跳躍した、ハジメに向かって飛びかかってくる。もう、ダメだ……!

「お兄ちゃんストップ!」

 アヤの声。叫び声が遠くからした。次には何かが落ちてこすれる音が重々しく聞こえた。身構えていたオレとハジメが恐る恐る目を開くと、タケシ先輩が砂埃をあげながら地面に突っ伏していた。

 アヤが駆け寄ってくる。

「アヤ、お前なにしてんだ?」

「お兄ちゃんこそなんで、この、ええと名前……」

「ハジメだって」

 オレがフォローした。ハジメはショックを隠そうと顔をうつむかせた。

「そう、なんでハジメ君を追いかけてるの⁉」

「ハジメ君⁉ え? だってこいつはアヤを狙う痴漢でストーカーで変態で、害虫でしかないくず野郎だろ?」

 イメージが最低すぎる。

「あの、何か勘違いされてるようですが、おれは痴漢に間違えられたのをアヤさんに助けて頂いた者です」

 タケシ先輩がぽかんと口を開いて、思考が停止したかのようになった。が、アヤが睨んでいるのに気づいて、一瞬身震いした。

「すまなかった!」





昔冷蔵庫に何もなくて、賞味期限の切れた冷やし中華にきゅうりだけのせて食べたことがあります。虚しさがハンパない。

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