その18
オレはこれから本当にハルと打つのか? もう二度とこんなことないと思ってた。ハルとそのパートナーが台についている。台に向かわなきゃいけないのに、足が上手く動いてくれない。
ラリー開始。ハルから球が打ち出された。打たなきゃ、そう思うと体が萎縮してしまう。かろうじて返球し、そこそこにラリーを終わらせた。
「ラブオール」
ハルの相方がサーブの構えをする。頼む、打たないでくれ。始めないでくれ。
そんな願いも届かず、サーブが放られた。レシーバーのオレは、ツッツキをハルとは逆サイドの台の浅い箇所へ送る。だがハルは即座に腕を伸ばし、次にはフリック(台上で球を払うように打つこと)で球をケイ君側の台の奥に突き刺してきた。反応しきれず、球が台にバウンドしてそのままケイ君の体に当たった。
「ワンラブ」
心の片隅で、わずかな可能性を信じていた。同姓同名、うり二つの別人という、天文学的な数字の希望にすがっていた。現実味のない、願望と言っても良いものを自分勝手に肯定していた。だがたった今、その可能性が潰えた。前人速攻の攻撃型。初球だというのに、いや初球だからこそ効果のある威圧的、挑戦的な球の軌道。何より、普段の温和な瞳から豹変する、打球時の鋭い眼光。間違いない、あいつはオレの知っているハルだ。
あいつは、オレが殺したハルだ。
べたべた。
腕に何かが粘りついている。
だがそれを直視できない。恐いんだ。
体育館にいる。
遠くでアヤがオレを見ていた。
助けてくれ。
何故かそうつぶやいていた。だがアヤの耳には届かない。
アヤに手を伸ばした。
そこで初めて、自分の腕が見えた。
赤。
べたべた。
なんだよ、これ。
足を何かがつかんだ。
反射的に視線を下に移す。
ハルだ。
頭から赤い液体を被ったかのようなハルが、オレの足に。
べたべた。
飛び起きた。荒い呼吸と汗ばんだ体が、ひどく陰鬱な気分にさせた。
「大丈夫か?」
三神先生がオレの肩に手を添えながらそう訊いた。
「先生……?」
「お前、試合中に気失ったんだぞ? 覚えてるか?」
「先生っ、ハルは?」
「……なんのことだ?」
真剣な表情のまま、オレを見つめ続ける三神先生。
「試合は、どうなったんですか? ここは……?」
気づくと白いベッドの上だった。
「病院だよ。すぐ救急車を呼んだ」
「会場にっ、会場に戻して、早く!」
喰い気味に頼み込んだ。
「なに息巻いてんだ? 戻ってももう意味ないぞ?」
三神先生が自分の腕に着けている腕時計を見た。窓の外は日が暮れようとしていた。
「戸田と牧野は田所先生が面倒見てくれてるから心配するな。あと、親御さんに連絡させてもらったからな。もうすぐ来てくれる」
「……そう、ですか」
しばらくして診察室に連れて行かれた。オレは本当にハルと打ち合ったのだろうか?
文章量としては、この時点で半分と少しといったところです。