その16
私の名前はハジメレラ。試合という名の舞踏会へ参加予定なの。
見慣れない道、いつもより早起きした朝。うふふ、小鳥さんはお歌が上手ね。
ちゃりんこぎいぎい音をたて、坂道を越える。フルスロットル!
鞄をかごに押し込めて、もう一つは背中に背負って。あたしの情熱とアンダルシアは、鞄一つじゃ収まりきらなかったみたい。てへっ。
到着したら自分へのごほうび、いちご牛乳買っちゃおう!
今日はなにやら特別なことが起きそうだね。
少し不安……でも大丈夫、星占いばっちりだったもん☆
らんらん気分でちゃりんこ飛ばすの。
見知らぬ道、いつもと違う時の流れ。やだ、もうこんな時間。あたしのばかばか! ドジなお姫様なんだから。お城に着く前に魔法が解けちゃうぞ! 急がなきゃ、ユウヤお嬢様とケイ子ちゃんが待ってるんですもの。
「道に迷ったあああああああああああ!」
「あのバカ……」
携帯を切り、そう吐いた。
「ユウヤ君、どうしたの?」
「ハジメが迷子になったらしい」
「ええっ、間に合うの?」
「人に道聞いてどうにか間に合わせるってよ」
オレとケイ君は自転車で市民体育館に着き、館内ロビーで腰掛けていた。
「ったく、なんでうちらは毎回まともに合流できないんだ?」
「仕方ないよ、こっちに来ること滅多にないだろうし」
目の前で他校の生徒達が会場に入ってくる。いよいよ大会っぽくなってきたな。ケイ君が口を半開きにして目を見開いている。参加選手の多さに驚いてるように見える。
それは唐突に聞こえた。
「あれ橋本じゃね?」
ぞろぞろと会場入りする集団の中から、オレの苗字が聞こえた。
人が来るようになってからずっと下向いてたのに、オレの名前、なんだよ、やめてくれ、心拍数速くなってる、どっか行け……!
「どうしたの? 大丈夫?」
「え? ああ、うん……」
ケイ君が心配してくれてる。
「おーい!」
入り口からハジメと三神先生がやってきた。
「わりいわりい、道わかんなくてよー。慌てすぎて一人メルヘンな世界に踏み込みかけたぜ」
「何言ってんだか。これで全員だな。……おい、橋本?」
三神先生がオレの顔を覗き込んできた。
「あっ、はい!」
「ぼけっとすんな、行くぞ」
三神先生を先頭に階段を上がり、通路を歩く。体育館のドアを開けると、ハジメとケイ君が声を漏らした。
「うわ、広っ!」
「すごい、ここでぼくら卓球するの?」
今オレ達のいる二階は観客席となっており、大量の席が並んでいる。囲まれた形で、一階のフロアが見える。もうすでに卓球台が設置され、他校の選手達が練習していた。
「あ、田所先生どこにいます?」
三神先生が携帯電話を取り出して通話し始めた。手短に話を済ませて電話を切った。
「よし、こっちだ」
三神先生に付いていくと、そこには無精ひげと眼鏡が目立つ男が一人と、大量に置かれた鞄が目に留まった。
「おはようございます、三神先生」
「おはようございます。すみません、予定が少し遅れてしまいましたね」
「いえいえ、構いませんよ」
三神先生に倣ってオレ達も男に挨拶した。
「あ、この先生が女子卓球部顧問の田所先生な」
言われて、部活見学の時にアヤをしごいてた人だと思い出した。
「もううちの部員達はフロアで練習しちゃってますけど、台空いてなさそうですね」
田所先生につられてオレ達が下に目をやると、アヤ達女卓の面々がラリーをしていた。台が空いていようが、正直今は打ちたくない。とりあえずユニフォームに着替えた。
「えへへ、みんな同じっていいね」
三人とも同じ新品のユニフォームを着ているのを見て、ケイ君がはにかんだ。
「やっと部活っぽくなってきたな」
ハジメも嬉しそうに答えた。
「まだ同好会だろ」
「……そうか、まだ部じゃなかったっけ!」
こいつは相変わらずだな……。
オレは席に座り、ケイ君は素振り、ハジメは下で打つアヤを凝視と、各々開会式を待つことにした。
「あ、ケイ君!」
開会式開始のアナウンスが流れ、フロアに下りると早々にケイ君が先輩達に見つかった。
「ケイ君も試合出るの?」
「はい!」
「キャー! がんばってね!」
「そこ、うるさいわよ」
部長の瀧野先輩に叱咤され、しぶしぶ謝る先輩達。瀧野先輩がこっちを向く。視線が、特にケイ君に対して強い気がするが、未だにオレ達を敵視してるのか……?
開会式はおざなりな開会の言葉で始まり、目次どおり進んでいった。途中で選手宣誓が行われ、聞き覚えのある声がしたように思えたが、あえて思い出さないようにした。うつむきながら、自分の意思に反して脳裏をよぎる過去を振り払った。
開会式が済み、選手たちが二階の観客席に戻っていく。女卓がオレ達の隣で、田所先生と瀧野先輩を中心にミーティングを始めた。それを三神先生がちらっと見た。
「よし、集合!」
三神先生に呼ばれ、全員集まる。
「あー、えっと……今回、初の高校生大会ということで、うん、その、なんというか…………特になし、解散っ!」
せめてがんばれくらい言ってくれ。
「ユウヤ」
ハジメが声をかけてきた。
「ん?」
「今回は勝つぞ!」
「……ああ、そうだな。アヤに良いとこ見せないとだもんな」
「雰囲気台無しだろそれー」
ハジメをからかうと、少し落ち着いた。
てへっ☆ミ