その14
学生の帰宅ラッシュが過ぎたおかげでバスはがら空きで、オレとハジメは最後部の座席に座った。
「ケイ君まじで帰っちゃったんだなー」
「お前が変なこと言い出すからだろ。呆れてもう来なくなったらどうするんだよ?」
ハジメは腕を上へ伸ばしながら、
「平気平気。あの子何気に意思固いよきっと」
ったく、無責任というかマイペースというか……。
「とりあえず月曜からまた練習出るんだろ?」
今日は金曜日だから、来週の月曜日まで学校は休みだ。
「もち」
「じゃあそれはいいとして、中嶋はどうするよ? あいつこそ来る気ないぞ」
「ないな」
今度は背もたれに埋もれるように寄りかかり、顔を天井に向けるハジメ。
「まあいいんじゃね? 出たくないなら出ないで。なかちんの時間しばれねえよ」
「……そうか」
やりたくない奴に無理矢理やらせても仕方ないのは分かるが、ハジメほど柔軟に対応なんてできない。こいつははずれてるんじゃなくて、無駄に力んでないんだろうな。
「ユウヤこそ良かったのか?」
「巻き込んどいて今更かよ?」
「とか何とか言って、本当は卓球したかったんだろ?」
「べっつにー。ただ他に入りたい部もなかったし」
「またまたー。素直になっちゃいなよ!」
演技くせえ喋り方しやがって。
バスは終点の駅に着き、そこで降りる。二人とも同じ電車に乗り込んだ。
「そういやお前まだラケット持ってなかったよな? そろそろ買うか」
「ラケットっていくらくらいすんの?」
「ピンきりだけどファーストだし、まず板の部分で五千円くらいだろ、それにラバーも一枚三、四千円くらいか。シェイクだから当然ラバーは二枚必要」
「計一万三千円も⁉」
「単純計算でそんくらい。あと接着剤とかクリーナーとかもいるな」
「たっけえよ」
「金ないの?」
「ちょっとハンバーガー屋でバイトを……」
「お前、金よりも女の子目当てで通うつもりだろ?」
「ありゃ冗談だっての」
周りに迷惑にならない程度に語気を強めるハジメ。
「そうかそうか、お前はアヤ一筋だもんなー」
からかうように言ってみせた。
「うぎゃー、うっさいわ」
珍しくうろたえる姿に、つい声を出して笑ってしまった。
「なっ、笑うなって」
「いやーわりい」
「てか、ユウヤはアヤちゃんと知り合いなんだろ? 彼氏とかいるの? タイプとかは?」
「知らねえよ、もうずいぶん喋ってねえし」
「いーじゃん教えろよー、協力しろよー」
電車が駅で止まった。
「今度ラケット買いに行くからな」
じゃあなと片手を上げてオレ一人電車を降りた。
「けちー!」
ドアの閉まる間際、ハジメの幼稚な悪口がかろうじて聞こえた。
部室のドアを開けると、相変わらずケイ君が一人素振りをしていた。振り返ったケイ君に向かって、オレの隣にいたハジメが頭を下げた。
「この前はさぼっちまってすまん」
「ううん、いいよ。事情があったんだし」
「いやー、申し訳ねえ。今度サボるときは前もって連絡する」
「サボること自体許されるわけがねえ。バカ言ってないで練習するぞ」
「ちゃっちゃと着替えるか」
体操着に着替え、ハジメが鞄から平べったいケースを取り出した。
「シャキーン!」
ケースからラケットを取り出し、高く掲げるハジメ。
「ハジメ君もラケット買ったんだ!」
「おう、ユウヤに見繕ってもらった! 早速球打とうぜ!」
「とりあえず素振りからだ」
「けちー!」
ラケットって意外にお金がかかるんですよ。でもその分愛着も沸きます、ファーストならなおさらです。映画「ピンポン」でラケットを焼却炉に入れるシーンは、号泣こそしないものの、胸が痛くなるほど悲しいシーンです。