その13
季節は六月の初夏へと移ろうとしていた。気温は上昇する一方で、そろそろブレザーが鬱陶しくなってきた。ネクタイを緩めてワイシャツのボタンを第二まで開けて、身なりの通気性をあげる。だらしないままの格好で廊下を歩いていると、三神先生にその場で呼び止められ、他の教師には見つかるなよとたしなめられた。そのまま歩き続け、部室として使っている教室のドアを開く。卓球台の横で、ケイ君が素振りをしていた。素振りをやめて振り返るケイ君。
「あっ、ユウヤ君!」
「相変わらず早いなー」
鞄を端に置き、その場に座り込んだ。体勢を崩し、ケイ君を見上げる。
「早く練習したくて」
「そっか」
「ハジメ君は一緒じゃないの?」
「ああ、ホームルーム終わったらいつの間にかいなくなっててな。まだ来てないのか」
心配そうな顔をするケイ君。
「それよりちょっと素振りしてみてよ」
ケイ君が素直にその場でラケットを振る。もう違和感もなく、形になっている。
「いいね、さまになってきたじゃん」
ケイ君がにかっと笑った。こういう子が男女関わらず人に好かれるんだろうな。
「じゃあラリーするか。せっかくケイ君もラケット買ったんだし」
「うん、打とう!」
ケイ君同様にオレも体育授業用の短パン半袖に着替え、ラケットの準備を済ませてからラリーを始めた。部室のドアを開く者はおらず、オレとケイ君の二人きり。遂にハジメも来なくなったか。
ピンポン同好会初の大会は、団体戦と個人戦共々あっけなく負ける有様だった。まあ初心者の寄せ集めなんだから、当然の結果だろう。だがそれ以降のうちはひどい。ただでさえ少人数だというのに中嶋の不参加が目立つようになり、今日に至ってはハジメまでも部活をさぼったようだ。
「ケイ君はさ、部活辞めようとか思わないの?」
ラリー中にそう問いかけた。ケイ君が打ち損じ、慌てて球を拾い上げた。
「……思わない、かな?」
「……ふーん」
ラリーを再開した。集中してなのか気まずくなったからなのか、ケイ君は黙々と打ち返してくる。
練習を切り上げ、二人で帰ることにした。
「なあ、ちょっと飯いかない?」
校門を出てからケイ君にそう提案した。
「ダメだよ、寄り道しないで帰らなきゃ」
「とか言って、試合のあとみんなでファミレス行ったじゃん。ケイ君一番興奮してたくせにー」
「だって、楽しかったんだもん……」
「だろ? いこいこ、オレ新発売の食べたいんだよ」
バスには乗らずに歩いていく。学校から歩いて十五分ほどにハンバーガーショップがある。うちら学生のたまり場と化したそこは、学制服だらけだった。
「ケイ君はなに頼む?」
列に並びながら壁に貼られたメニューを見る。どうしようかなと、ケイ君は悩んでいた。
「あれ、ケイ君?」
後ろから声をかけられた。聞き覚えのある声。
「あー! 寄り道いけないんだー!」
「ご、ごめんなさい!」
「ケイ君、こいつも寄り道してるから……。ハジメ、なにしてんだよ?」
「こんなとこで寿司でも頼むと思うか?」
相変わらずひょうひょうと答えてくる。
「そうじゃなくて、今日練習来なかっただろ?」
「ああー、まあそうだな……。とりあえず一緒に食うか」
オレとケイ君は注文を済ませ、順番が回ってきたハジメに、
「ハジメ、向こうの席いってっから」
「オッケー」
座って待ってることにした。
「えっと、チーズバーガーのセットで飲み物コーラ、あとお姉さんのスマイル一つー」
足早に席へ向かった。
ハジメはコーラとポテトと番号の書かれた札を載せたトレイを持って席に来た。ハンバーガーはでき次第運ばれてくるらしい。
「で、卓球はどうすんだよ?」
単刀直入に訊いた。
「え? 続けるよ」
「じゃあ練習来いよ、もう飽きて辞めるつもりかと思っただろ?」
オレとハジメが話す傍ら、ケイ君は長いポテトを端から小刻みに噛み進めている。リスみたい。
「最近、なかちん来なくなったじゃん?」
ハジメが真面目なつらで話を続ける。
「おれなりにちょっと探り入れてたんだよ。なかちんと仲良い友達に話聞いてみたりして」
「さぼって何してるか調べてたってこと?」
「人のプライバシーを暴くなんて褒められたことじゃないけどな。メールも電話も返してこねえし、直接会うのも避けてるみたいだから、こうするしかないと思って。で、ここに来てみたってわけ」
「ここ? どういう――」
「お待たせしました、番号札三番のお客様ー」
オレの言葉を、ハンバーガーを持ってきた店員が遮った。視線を下げ、話すのを一旦やめた。
「あ、中嶋君」
ケイ君が目を見開きながらそう言った。ケイ君の言葉につられて、店員の方を見る。店の制服を着た中嶋が立っていた。
「なんだ、お前らかよ」
「中嶋君ここでバイトしてるんだ、カッコいい」
ケイ君の感覚が良く分からない……。
「そんじゃな」
何事もなかったようにハンバーガーを手渡し、去ろうとした中嶋をオレが呼び止める。
「おい中嶋、バイトするならするってちゃんと言えよな」
「ああ、悪い。っつーわけで部活出れないから」
あっけらかんと答える中嶋。
「毎日バイトするわけじゃないんだろ?」
「いや、遊んだりもしたいしさー。バイトの子がみんなかわいくて」
がたっ!
「おい、なかちん!」
ハジメが席を立ち、大声を上げた。こんなに熱くなるハジメを今まで見たことがない。
「なかちん、いや、中嶋さん! おれにも女の子紹介してください!」
このくそったれが!
がたっ!
「二人とも不純だよっ!」
ケイ君が立ち上がり、店から飛び出してしまった。
「おい待てよケイ君!」
がたっ!
「中嶋君、今の話なによ!」
店の制服姿の女の子がカウンターから飛び出し、中島に怒鳴りつけた。
「私と付き合うんじゃなかったの⁉」
「みさ子ちゃん落ち着いて、これは違う――」
「言い訳しないでよ!」
ビンタの音が店中に響いた。
「うわあああああああん! 中嶋君のばかぁ!」
みさ子と呼ばれた女の子が泣きながら外へ出て行った。
「お前ら全員めんどくせえええええええ!」
中嶋ざまぁwwww