その11
マナーモードにしていたオレの携帯が振動した。中嶋からの電話だ。
「もしもし?」
「おおユウヤ、今電車降りたんだけど」
「お前なに遅れてんだよ、何かあった?」
「いや寝坊」
初の大会で寝坊だぁ?
「でさ、こっから会場にどうやって行くの? 何行きのバスつか――」
ぼちっ。ツーツーツー。
「誰から電話?」
ハジメがきょとんとした顔を向ける。
「知らん」
明らかにむすっとした表情で返答すると、ハジメは言葉を詰まらせた。すぐハジメの携帯が振動し、ハジメが電話に出た。
ダメだ、ここでイライラしても始まらん。結成したばっかなんだ、統一性とかはとにかく無視だ。ったく、やっぱ一人の方がらくだ。
「おい、ユウヤー? おーい?」
ずっと声をかけられていたらしい、気づかなかった。
「飯買いに行こうぜー?」
「お、おう」
オレらが会場の端で弁当をつついてたその時、中嶋が遅れてやってきた。
「わりー、寝坊しちまった」
ハジメとケイ君が顔をほころばせて中嶋を迎え入れる。
「まあ朝早かったしなー」
「良かった、個人戦には間に合うよ中嶋君」
「おっ、まじか。てか腹減ったよ」
個人戦に間に合えばオッケイなのか? 心配させといて、腹減っただと?
「中嶋、お前どういう神経してるんだ」
オレの堪忍袋が切れる寸前に、オレのじゃない声が低く、静かな怒りとして吐き出された。三神先生だった。
「お前のせいで他のメンバーは練習すらできずに、予定外の組み合わせで試合に出たんだぞ? どれだけ迷惑かけたと思ってるんだ」
場が静まり返った。三神先生が先生らしいことを言ってる……。
「……すいませんでした」
中嶋がオレ達全員に向かって頭を下げた。ハジメとケイ君が、中嶋に優しくフォローした。
三神先生と目が合うと、先生はにかっと笑った。テキトーなふりして、周りのこと見てるのか、この人……?
「先生、さっきの教師っぽかったっすね」
ハジメがオレと同じ感想を口にした。
「戸田君、君は先生に喧嘩を売ってるのかな?」
三神先生は微笑むものの、目が笑ってなかった。
中嶋が駆け足で弁当を買ってきて、胃に詰め込む。ちょうど団体の決勝戦が終わり、個人戦へ移った。アナウンスが流れ、代表者がトーナメント表を取りに行く。
全員に表が渡され、オレも目を通す。といっても、誰が誰だが分からんし、いまいちぴんとこねえ。各々がもやもやした表情をする中、ただ一人、ケイ君だけは畏怖するように震えていた。
「ユウヤ君、どうしよう……。ぼくの相手、団体戦の優勝チームの人……」
団体の決勝戦は、小学校高学年らしきチームと、二十歳前後のお兄さん一人とおじいちゃん二人が合わさった異色の大人チームの試合だった。小学生チームも決して弱くはなかったが、圧倒的な大人チームの強さにストレート負けしていた。大人気ないと見るか、スポーツマンらしい全力な試合だったと見るか……。ケイ君の相手は、その大人チームの内の一人のおじいちゃんだ。
「まあ冷静になれよ、ケイ君」
ハジメが話に入ってきた。
「どうせ相手が誰だろうと勝てやしねえんだから、思いっきりやりゃいいんだよ」
「なんちゅう意見だボケェ!」
「まあそのとおりだからな、相手の胸を借りるつもりで行って来い!」
三神先生まで余計なこと言いやがって! 台に向かうケイ君の背中がしおれていくのが分かった。
「てかハジメ、お前の試合ももう始まるぞ?」
「なに⁉ そういや相手は誰だ?」
トーナメント表に目を落とす。あれ、これってもしかして……。
ハジメが指定された台に向かうと、反対側には団体戦でハジメを負かした小学生が立っていた。
「ぎゃああああぁぁぁあああ! もういやじゃあぁぁあぁぁあああ!」
「戸田、落ち着け! 潔く散って来い!」
「先生さっきから余計なことしか言ってねえ!」
ハジメの試合は団体戦のリプレイを見ているように、あっけなく終わった。
遅刻なんて一番やってはいけませんよね。寝坊したり二度寝したりバスに乗り遅れたり……ごめんなさい。