その1
体育館二階の卓球場に上がると、ピンポン球の軽い打球音が響いていた。
「足動かせ、ペース持ってかれるな!」
「はいっ」
「もっとアクティブに動けっ!」
アヤが入部してすぐコーチにしごかれているのを見て、なんだか自分が置いてかれた気がした。実際、アヤがこうして先輩に気を遣いながら球を打っている中、オレはそれを覗いているだけ。バスケ部の見学をしてたけど、オレには合いそうもないし。誰にも見つからないように、そっと一階に下りた。
一階の隅のパイプ椅子に座る友人に声をかける。
「オレ帰るわ」
「え、バスケ部は?」
「入んね」
「あ~、ユウヤは背が低いからな~」
「うっさい」
嫌味を吐く友人を置いて、一人校門を抜ける、鞄の中に卓球ラケットを入れたまま。入る気もなかったけどさ……。
男子卓球部、なくなってんじゃん。
桜の木が緑の葉を付け、朝陽をさんさんと浴びている。天気に反して、オレはもやもやを抱えたまま登校していた。
「おーす!」
「おう、ハジメか」
昨日一緒に部活見学をした戸田初だった。
「なんだよ、ぶすーとして」
ハジメに言われて、自分が不機嫌な顔をしていることに気づいた。
「いや、別に……」
「ふーん、そうか。なあユウヤ」
「ん?」
「一緒に卓球部創ろうぜ!」
「……はあ?」
それは唐突な誘いだった。
「いや、部の前に同好会だし。てかお前、バスケ部入るって言ってたじゃんか。なんだよ急に?」
「え? え~と、昨日部活見学しに行ったじゃん? そん時に体育館二階の卓球場見てたろ、お前。いやー、実はおれも前から興味あってさー」
「いや見てないから」
「まあ初心者だけどおれ運動神経いいし、それにユウヤは元卓球部だったよな?」
「中二ん時に辞めた」
下駄箱で上履きに履き替えながら、ハジメが話を続ける。
「ほら経験者じゃん、やるっきゃないって」
「帰宅部でいい」
「一人確保っと。あとは誰がいいかなー?」
「おい無視すんなって」
廊下を歩きながら、ハジメが別のターゲットを見つけた。
「あ、山下君! 部活もう決めた?」
クラスメイトに駆け寄るハジメ。勝手に話を進めそうなので阻止しようとハジメのあとを追う。
「卓球同好会創ろうとしててさ、今オレとユウヤがいるんだけど。山下君、卓球やってたよね?」
ハジメの背後のオレに目を合わせ、山下君は気まずそうな顔をした、はっきりと。
「ごめん、もう他のとこ入っちゃったんだ」
そう言って、足早に去ってしまった。
「……オレはやらないからな」
そう言い残して、さっさと教室へ向かう。
「えー、なんで?」
ハジメがオレを追いかける。しつこい。
「もう卓球やりたくねぇんだよ。それにオレがいると本当に誰も集まんねえぞ?」
「なんで?」
「嫌われてんだよ、卓球やってた奴らに」
「意味わかんないって」
「お前さ――」
話の途中、誰かにぶつかった。謝ろうと相手の顔を見る。アヤだった。
「あ、ごめん……」
目も合わせず早口で言った。知り合いなのに驚くほどオレ無愛想。アヤも一言、ごめんとだけ言って通り過ぎていった。
ハジメの方に向き直る。
「とにかくオレはやる気ねーから、他の奴……おい、ハジメ?」
遠のくアヤの背中を見続けるハジメ。こいつ、口が半開きになってる……。
「お前、もしかしてアヤ目当てで卓球――」
「てめえあの子とどういう関係だ⁉ 紹介しろ!」
ハジメの凄みに少し後ずさりしてしまった。
「えっ? いや、家が近所で小、中が同じ学校だっただけで……てかやっぱアヤ狙いかよ!」
「一緒に卓球がんばろうぜ!」
ハジメが力強く親指を立てた。
「やるわけねーだろ」
「……じゃあさ」
ハジメがしおらしくなって言葉をゆっくりとつなげる。らしくない。あっ、今こいつ本気なんだ。
「今日の放課後、職員室に顔だけでも出してくんない? 昨日、卓球部創るって担任に言ったら顧問してやるから来いって言われたんだ。一人しかいないのに同好会も何もないじゃん? 顧問まで見つからなかったら本当に諦めるしかないし」
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