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 私は、いつものように壷を叩かれると表へ出て、主のために働く日々。


 その間にも、アリーの周りはめまぐるしく変化して行った。


 彼が最初の試練を乗り越えた後すぐに、同じく試練を乗り越えたほかのアラジン達とともに、2つ目の試練である『砂漠の地下洞窟』へと向かうという仕事を持ちかけられた。

 アリー含め、アラジン達は『砂漠』の脅威に躊躇したようであったが、誰もがその仕事を請けると誓ったようだった。

 砂漠ならば、アリーに以前渡した水筒は、彼の冒険の役に立つだろう。私は、水筒に再び魔法の力をこめた。いつでも水が湛えられている様にと、力いっぱい魔法をかけた。


 でも、私が『彼の冒険の手助け』となれるのはそれだけ。

 アリーはそれでも、ありがとうといつものようにお礼を言ってくれた。


 それから、彼の姿を見ない日が続いた。


 砂漠から無事に帰ったアリーは、そのまま新たな冒険に出かけてしまったからだ。


 日課の主のマッサージをしているとき、主は時折寂しそうに、アリーは元気にしておるじゃろうか、と呟く。

 アリーの母親の様子を見に行くとき、アリーの母は、寂しそうに、あの子はどこで何をしているのかしら、と呟く。



 そんなとき、ごめんなさい、と、申し訳なく思う。

 私が彼が幸せになるように手伝おうなんて思わなければ。


 けれど、アリーはきっと、そういう運命の人間だったんだろう。

 私が手を出さずとも、どんどん先に進み、成功をおさめていたはずだ。

 ……というのは、私の希望である。


 もちろん、我が主も、アリーの母も、アリーが仕事で成功し、豊かに暮らしているのをうれしく思っている。


 そのころ風の噂で聞こえてきた話では、どうやら、ラーシッドにつれられて王様に謁見までしたらしい、とのことだった。

 その際、とても力のあるジンが封じられたランプを使って豪華な贈り物をし、更には以前手に入れた万能薬を使って王様の娘である王女の病を治して見せたという。

 ちゃくちゃくと、物語のようにのぼりつめていくアリー。


 私は、彼の偉業を聞くたびに、うれしく思っていた。

 主とともに、アリーの事を話題に出してはお互いに笑いあって幸せな気分に浸ったものだ。


 大切な人が幸せならば、自分も幸せだ。


 それから数年経ち、アリーが万能薬で治療した王女様正式に結婚し、次期王として頑張っているという噂が聞こえてきた。

 そんななかでもアリーは母の事を忘れておらず、彼女を王宮へと招く準備を整え、共に暮らそうと言ってくれたらしい。


 アリーの家へとお邪魔したとき、アリー王太子の使いだという兵士と召使数人が、アリーの母の荷物を運び出していたのを見た。アリーの母がうれしそうに笑いながら近づいてきて、教えてくれた。


 よかったですね、お幸せに。


 私は、心から彼女に祝福の言葉を贈った。

 最後だから、と、私は、王宮からの使いが持ってきていた立派なじゅうたんの上で、アリーの母へマッサージを施した。近頃、彼女もあまり足腰の調子がよくなかったのだ。

 彼女の腰が冷えないように、温めながらマッサージしていく。そんな私とアリーの母を、興味深そうに一人の召使の女性が見学していた。王宮にうつってからも、アリーの母親に同じようにマッサージをして差し上げたい、と、照れたように笑った召使。

 彼女のような人間が王宮にいるのならば、アリーの母も心安らかに暮らしていけるだろう。

 私は安堵して、見学していた召使にマッサージのコツを伝授した。


「みっちゃん、あなたにはとてもお世話になったわね。アリーがいなくなってから、あなただけが心の支えだったわ。毎日私のために……ありがとう、けしてこの恩は忘れないわ」


『私もです。お母上様にはいつも私も助けられておりました。今までご苦労ばかりでしたでしょうが、これからは、あなたの大事なアリーが、あなたを守ってくださいます。お幸せに。家族みんなで、幸せにおなりください。それが私の『願い』です。私も、あなた方のことは、けして忘れはしません』


「みっちゃん……。あなたこそ、幸せになるのよ。あなたはこれから……」


 アリーの母は、涙ぐんで私の手を握ってくれた。私もつられて、くしゃり、と顔を歪ませてしまった。

 ああ、いけない。

 最後は、そう、潔く、私が生まれた出でた地に湧く水のように、清らかに。


『おさらばです、お母上様。アリーと、お幸せに……』


 立派な馬車に、恭しく手をとる召使たちと共に乗り込んだアリーの母は、勢いよく馬車が走り出してからも、ずっとこちらへ手を振っていた。名残惜しげに、見えなくなるまで。


 私の視界から彼女の乗った馬車が見えなくなった。

 その瞬間、私は、主の『願い』が成就したことを感じた。

 私はそのまま、暗闇へ飲み込まれた。

 その場に居合わせた者がいたなら、私が一瞬で消えうせたように見えただろう。




 壷の中は、相変わらず闇と共に閉ざされていた。


 静かだった。

 壷の外に聞こえるのは、風の音だけ。

 以前聞こえていた、主の息遣いは聞こえない。


 もう、私が封じられた薄汚れた壷を軽快に叩いてくれる手は無いのだ。

 主の眠る街外れの墓地に共に埋められた、砂埃に汚れた小さな壷の中で、私は目を閉じた。


 主の最後の『願い』の言葉がよみがえる。

 『アリーの母上のこと、頼んだぞ。彼女はみっちゃんしか頼るものがいないのだから。せめて、アリーが迎えにくるまでは……』


 主は、最後までアリーを案じていた。そして、その枯れ木のような手で、私の頭を撫でて、言った。

 『みっちゃん……、ミリーア、お前も、幸せにな』


 主、私は幸せです。


 家族を得、最期を看取ることが出来て、幸せです。

 少なくとも、以前の私は見送られる側だった。残してくる側だった。

 残される寂しさもあるでしょう。けれど、大事な家族を残していくことが無いということは、私にとってとても幸せなことです。


 きらびやかな宮殿の中で、美しい乙女を抱き、老いた母と共に幸せそうに笑っている青年を思い浮かべ、私自身も幸せな気持ちで、意識を闇に沈めていった。




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