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 ラーシッドとランの二人組は、ことあるごとに私のジン生(じんせい。誤字にあらず。)に関わってくださったのだが、あまり思い出したくないため、これ以上の事を語るのは控えさせてもらう。

 できるなら、出会いのときの、一番いい思い出だけを残しておきたいものだ。




 人間たちにはかろうじて負けはしないだろう、という程度ではあったが、ジンニーヤーとしてわずかながら力を得、ちょっとだけいろんなところを見に行ってみようと、小旅行のようなこともして、恩人に命の危機に追い詰められるような経験もし、私は悟った。


 やっぱり、あの小さな泉でじっとしていたほうがいいんだ、と。


 砂漠の中にある、呪われた財宝がざっくざくの洞窟に閉じ込められたり、火山に連れて行かれて、そこに住む火を吐く翼竜の前に放り出されたり、大海原に嵐の中小船に乗せられて漂流させられたり、島ほどあるのではないかと言う大きな鯨の背中に置いていかれたり。

 そんな危険と隣り合わせの生活をさせてくれる、ラーシッドとランの二人組の魔の手から逃げ出した私は、離れていたすみかへと戻り、再び地縛霊のような生活に戻った。

 ジンには悪性と善性の者が存在する。彼ら二人は、もしかしたら悪性の側なのではないかと恐れおののきつつ、私はひっそりと彼らに見つからぬように身を潜めた。

 おそらく、生まれ出でてから200年ほどたってからだろうか。


 私が離れている間、小さなオアシスは何ゆえか消えていた。ひび割れた大地のみが残る生まれた場所へ戻った私は、それでもその場所から離れる気になれず、またそこでぼーっと座ったり立ったりごろ寝したりして過ごし始めた。

 そうこうしているうちに、少しずつ私の足元から徐々に緑が広がり、数十年たったころには再び小さなオアシスができていた。

 

 これは、私の持つ力が関係しているのではないかと推測している。ラーシッドとランからの受け売りではあったが、ジンが住む場所というのは、そのジンが持つ能力に関係することが多いらしい。


 私は水の能力があるのではないか、とランに言われていたのだが、私がそれまでの年月で出来るようになったことといえば。

 『軟水か硬水かがわかる』だとか、『水を浄水できる、またはその逆』だとか、『マッサージが上手』というようなものばかりだ。

 それ、ジンとしての能力関係なくね……? というようなものばかりである。

 確かに、ランの言うとおり水っぽい能力(水が関係ないものもあるが……)ではあるが、実際、ジンとしての能力に関係ないものも混じっている。軟水か硬水かわかるって、そりゃ飲んでみればわかるし、マッサージが上手って、それ、ジンになる以前から上手いねって言われていた。

 浄水に限っては特殊能力のような気もするが、実体がない間、基本的に飲み水を必要としない私にとっては必要のない能力である。


 私が棲家に戻ってきたのは、その能力の向上しなさっぷりと、役に立たなさっぷりを憂いたためでもあった。

 私だって、あの有名なランプの精霊のように、すんごいジンになってみたい! という欲望があった。

 が、才能が無いんじゃしょうがない。



 私なんて、やっぱりこの誰も来ないような荒野の真ん中で、ニートしていればいいんだ。



 そんな風に思って、再びニート生活を再開して更に約100年。


 ある夜、初めて出会ったあのときのように、彼らが私の元へとやってきた。

 今度は偶然ではない。


 というか、ラーシッドあんたは化け物か。ジンでもないのに200年位生き続けてるってどういうことだ。しかも、初めてお会いしたときとまったく容姿が変わっていませんが、どういうこと。


 そんな驚きと疑問で固まっていた私に、ラーシッドとランは笑顔で近づいてきた。


 私は思わず身を引いた。その笑顔は危険だと今までの経験が告げている。だが、同時に、逃げることなどかなわない、とも。


「泣きながら逃げられて以来、全然会わなくなったから、……ここに戻っているって思ってたよ。それじゃあつまらないから、ちょっと出かけようか。……ね?」


 いやです、と、口にする間もなく、私は真っ暗で狭い世界に閉じ込められた。


 私は、すぐに気がついた。ラーシッドが服に隠すように持っていた小さな壷。あれは、ジンを封じるための魔術がかかっていた。

 そう。私は、あのランプの精霊の様に封じ込められてしまったのだ。



 違う、違うんだ! ランプの精霊の様になりたいっていうのは、そういう意味じゃ……、そういう意味じゃないんだよぉおお……!!!



 おぉおん、と、私の叫びが反響する狭い壷の底で、私はがっくりと力なく膝をついたのだった。




 そして今、私が封じられた壷がどこにあるかというと。

 ある大きな街の貧民地区にある6畳から7畳程度の小さな家、その片隅、粗末な棚の上に鎮座させられている。



「みっちゃんや、今日も頼むよ」


『我が主よ、お任せください』



 よぼよぼのおじいちゃんが、壷をぽんぽん、と二回軽く叩く。その後すぐに、彼は粗末な寝台の上にうつ伏せで横たわった。

 私は、壷の隙間からしゅるりと体を出すと、こき、と、指と首の関節を鳴らした。

 ジンとして若い頃は、それなりに『ジン』っぽい姿……アラビアンナイト的な衣装で、無駄な努力をしていた……をしていた私だが、今はTPOに合わせた姿をしている。

 ちなみに今は、薄い水色の看護師のような姿だ。

 そんな形から入る傾向の強い私は、よぼよぼのおじいちゃん……いや、私の現在の『主』の背に手を添えた。そして、気合を入れる、私の主に向けて言い放った。


『まいります!』


「おぉおおおお!」


『我が主よ、どこか痛いところはございませぬか?』


「もうちょっと上じゃぁああ!」


『かしこまりました、我が主!』


 現在の私は、ジンの力(か、どうかはわからないが)を使って、主に絶賛御奉仕中である。


 数十分後、マッサージを終えた私は、いい仕事したー、とばかりに、流れてもいない汗を腕でぬぐう仕草をした。

 我が主の様子はというと、いつもどおり、とっても満足げな表情だ。よぼよぼと歩いていた主は、マッサージをしたらあら不思議、屈伸運動をして自分の体の動き具合を確認するほどに回復したようだ。

 そして、主はニコニコと笑って私にしわが刻まれた細い手を差し出してくる。私は、苦笑してその手の下に、自分の両手を差し出した。


「ご褒美じゃよ。いつもありがとうのぅ」


『あなたのしもべである私に、ご褒美などいらぬと申しておりますのに……』


 手のひらに乗せられたのは、甘いシロップを絡めた『ゴゴの実』というナッツが2つ。このあたりでは貧民層でも簡単に手に入る、お菓子のひとつだ。ナッツの形は、クロワッサンのような形であると言えばなんとなくイメージが湧くだろうか。

 子供たちが好んでよく食べるものなのだが、私の主はことあるごとに私にそれをくださる。孫扱いでもされているのだろうか。


 手に乗せられたナッツを見つめていると、視線を感じて顔を上げた。

 この小さな家にはもちろん私の主しかいないのだから、彼からの視線であることに間違いはない。

 視線が合うと、私は、ぐ、と息をのんだ。痩せて落ち窪んでいる主の目。しわがたくさん刻まれた皮膚に囲まれた目の奥、黒い瞳が、子供のようにキラキラと輝いてこちらを見つめている。


 今、食べろと。そういうことですね、我が主。


 私は主からの期待に満ちた視線から逃れられず、ひょい、と口の中にナッツを放り込んだ。

 舌の上に乗せた瞬間から感じる甘い香り。こり、と噛みしめた途端に口の中全体……、いや、全身に広がるかのような甘さ。

 甘い。これでもかと言うほどに甘い。どろどろに甘い。だが、ナッツの油分がそれを柔らかな風味にかえてくれる。……ような気がする。

 毎日のように主から与えられる甘味によって、私の舌も慣れてしまっているのかもしれない。身体に悪いんじゃないか、と言うほどの甘みを許容し始めている自分がいる。 


 このあたりのお菓子は、高級菓子から安い菓子まで、とにかく激烈に甘いものが多い。


 甘いものは好きなのだが、ジンになる前にはこれほどの甘さに出会ったことが無かった私は、初めてこれを口にしたときに思わずむせたものだ。


「みっちゃんや、美味しいかね?」


『はい、主。とても美味しいです。主も、どうぞ』


 そっと主の手をとって、手のひらに残しておいた一粒をしわがれた手のひらの上に置いた。

 主は、嬉しそうに目元をゆるませて、大事そうにナッツを口にした。


 美味しいねぇ、と、目を細めて言う主に、私も表情を緩ませて、はい、と頷いた。


 私は、これが幸せというものか、と、穏やかな気持ちで感じていた。

 こうした穏やかな日が続いていけばよい、と思っていた。

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