part4 「さんざん迷惑掛けてきたから」
part3の翌日のことです。
翌朝目を覚ましてみると、枕もとの自分のケータイではない、
いつもと違う音が耳に入ってきた。
これは…恭子?
もしかして、泣いてるのか?
まさか、一晩ぶっ続け?
洋平は飛び起きた。朝なので動き自体はまだ散漫だったが、
洋平の脳内はしっかりと目を覚ました。
昨日は結局ほとんど寝れなかった。
最後に時計を見たときは3時くらいだった。
そんなことを冷静に思い出し、泣き続けているのが一晩ではないことを確信した。
でも一晩ではないにしろ、今は泣いているのだ。
洋平は恭子の部屋の前に辿り着いた。前とは違う音楽だ。
洋平は恐る恐るドアを開けた。
そこに、恭子はいた。が、泣いてなどいない。笑っていた。
「あ…ごめんうるさかった?」
「いや、大丈夫だけど…」
洋平はあっけにとらわれた。
「音楽なってたからさ…」
そんなことをブツブツ言うと、恭子は何かに気づいたようにあっ、と口を開けた。
恭子がなぜ音楽を流すのか洋平が知っていることを、恭子は知っている。
「ごめん、心配した?」
「…ちょっとね…」
謙遜はしたが、ぶっちゃけかなり心配した。
「ちょっと…見てたんだ…」
恭子がそう言ってはにかむので、洋平は恭子の周りを見てみた。
ぺたん、という感じでフローリングに座っている恭子の周りには、
昨日買ってきたバッグやら「女の子」な文房具が置いてあった。
楽しみで、早く起きてしまったのか?
「…変、かな?」
「いや…可愛いんじゃない?」
弟テクニックが鈍っている。洋平は朝を恨んだ。
「そうかな…」
しかし 恭子は うれしそうだ !
あ、脳内がポケモンだ。恭子もポケモンに見えてくる。
ピカチ○ウとか似合うかな?
「あのさ…」
お、威嚇弾出た。
「何?」
「…昨日は、ありがとう」
「…え?」
俺は少し拍子抜けの声を出した。
「付き合ってくれて…」
「…いや…別にいいけど…」
もっとましなこと言え俺の脳内!
寝ぼけてるのか(゜Д゜)ゴルア
それどころか、
「また謝られるのかと思ったw」
洋平は、自分に呆れた。これは恭子を傷つけかねない発言だ。
しかし、恭子の反応は意外で、静かに首を振るだけだった。
「洋平には…さんざん迷惑かけてきたし、さんざん…謝ってきたから。
もう、言うのは、『ありがとう』だけに…しようと思って」
恭子が「あのさ…」と最初に言ったのはこのためだったのだろう。
長い文章、しかも内容は弟に言うにしてはかなり恥ずかしいこと。
たしかに、予防線を張られなければ洋平は少しニヤついてしまったかもしれない。
恭子の顔も、目線を泳がせながらみるみる真っ赤になった。
「どういたしまして」
洋平が含みをこめてそういうと、恭子はいくらか恥ずかしさも薄れたらしい。
ぎごちなく笑った。
どうやら洋平の脳も回復してきたようだ。
「あのさ…」
第二次威嚇弾発射。
「ん?」
脳内に緊急指令が流れる。
「このあいだの…人いるでしょ?」
このあいだの…って、ああ、『気になる人』か。
「うん」
「あの人にね、勉強を教えてるの…」
洋平の頭は、ベルリンの壁さながらに崩れ落ちた。
ちょっと待て、待つんだ。
恭子は、人見知りだ。恥ずかしがりだ。人間関係を怖いとすら思っている。
そんな恭子が、『男に』『勉強を教える』?
できるわけがない。
「もともと、席が隣でね、」
恭子が話し始めた。ゆっくりと。時間は気にしない。だって今5時だもん。
「授業終わってからね、その人が、私にノート見せて、って言ってきたの」
おそらくその時点で恭子の頭はぶっ飛んだだろう。
それにしても今の恭子はかなりの饒舌だ。
「でね、ここどうやるの?って聞かれたから、あんまり上手くは、喋れなかったんだけど、
指差したり、単語で説明したりしたの」
洋平は想像した。この公式、こうなって、ここにつながって、その答えが…
なんて恭子が言っているのが目に浮かぶ。
まあ、答えられただけよしとしよう。
「そしたら、その人が、ありがとうって、言ったの」
それは、恭子にとってのK.O.ポイントだろう。
「これからも、またなんかあったら、よろしくって」
恭子はそこまで言うと、自分で話していて恥ずかしくなったのだろう、ベッドにもたれこんだ。
なるほど、だから可愛い文房具とか買ってみようと思ったのだろうか。
恭子にしては大胆だと思ったが、予想以上の戦争がそこにはあったようだ。
気が付くと、もう少しで6時になるところだった。
「じゃ、頑張ってね」と言うと、
恭子も「うん、頑張る」と言った。
まあ、すでに恭子は「かなり頑張ってる」レベルなのだが。
洋平はゆっくりと立ち上がり、恭子の部屋を出た。
恭子の部屋のドアに寄りかかると、深いため息をついた。
洋平は思った。
頭に残ったのは、恭子の想い人のことではない。
たしかに、その問題も大切だが、今はどうでもいい。
「言うのは『ありがとう』だけにしようと思って」
恭子はそう言った。
洋平は素直にうれしかった。恭子の成長が。
しかし、恭子にもう「ごめんね」と言われることはない。
「さんざん迷惑掛けてきた」
恭子はそう言ったが、洋平はどれだけ迷惑を掛けられても文句が言えないくらい、
あのとき恭子を傷つけているのだ。
本当は、「ごめん」と言うべきなのは洋平なのだ。
そう考えると、不思議に憂鬱になるのだった。