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近づいてきたのは、君のほう。〜過保護すぎる幼馴染は溺愛中〜

次へ進ませるのは、君のほう。

掲載日:2026/07/25

「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第34弾です。(短編シリーズ)

王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。

二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。

※本編の時間軸は「待っていたいのは、君のほう。」の後の話です。


 借家の中はもう片付けられていて、明後日の引っ越し日を待つばかりの状態になっている。

 掃除も終わらせてしまって、明日の夜を迎えればもう……ここから完全に去る。


 オルガとしては特にすることもないので、クララからもらった本に目を通していた。


 そう……相も変わらず。


(ぐぬぬ……あ、あなたの、その……ばら? のよう、な……く、くち……)


「うわあああ!」


 読めない!


 実は初夜、と呼ばれるものは終わらせているものの……恥ずかしいし、とてもではないけれどクララには言えない。


 貴族の求める、夢のある恋愛物語はこれ……だと、先月も別の本を置いていかれたが。


(なんか……こう、変なの)


 変。


「あ、あつい、よる、を、すご……す……」


 そして一番気になるのは。


(この、部分)


「すっかり片付きましたね」


 風呂から上がって髪を拭いているノインが、居間を見回している。


「すみません。引っ越し準備を任せてしまって」


 仕事から帰ってくると手伝おうとするから、止めただけ。


(ぜーんぶやろうとするんだもんなぁ)


「ノインだって、掃除とか手伝ってくれたじゃない。私だけがやったわけじゃないよ」


 高い場所や水回り、家具を動かしてその下の掃除までしてたし。


(外から窓も拭いてたし……)


 雨戸や桟まで、しっかりと。


「……また読んでるんですか? 俺の買った本より、面白いんですか?」


 少しだけ、ほんの少しだけ悲しそうな声。


 違う。


「ノインの本のほうが好きだよ?」


 そう言うと、嬉しそうに、ほっとした微笑みを浮かべてくる。


「でも、そうじゃないの」

「? そうじゃない?」

「このへんとか」

「……」

「このへんとか! 意味が全然わからないのに、挿絵が絶対入ってるでしょ?」


 すぅ、とノインの瞳から温度が消える。


「……それが?」

「抱擁? とか、こう、絵は綺麗だな~って思うんだけど……。

 せっかくクララさんが持ってきてくれたんだし、少しは話ができるようになっておきたいんだよ」


 少し黙ってから、ノインが横に腰掛けた。

 いつもの、食事をする時の位置だ。


「音読しましょう。どこが気になるんですか?」

「そ、そこまではいいよ」

「隣で直しながら読むのはどうですか?」


 それなら……。


 オルガは嬉しくなって頷く。


「ありがとうノイン! ご、ごめんね。早く読めるようになれればいいんだけど……」

「俺に頼らずに独りでやっているんですから、謝らなくていいです」


 ノインが買ってきてくれた本の文章は読みやすいから、それと比較しながらこちらも読んではいるけど……時間はかかる。


 それでも、少しずつ進んでいると実感する。


 ノインは急かさないし、できるべきだと強制もしない。


「わからない時は俺が音読しますから、遠慮せずに言ってください」

「…………」


 い、いいのかな……?


(これって貴族のお嬢さんたちに人気なものって聞いたんだけど……)


 テーブルの上にはあと三冊ある。

 一応クララさんに内容を軽く教えてもらったけど……。


 以前ノインに音読してもらった時は、かなり……恥ずかしかった。


「気になるところだけ、なんだけど。いい?」

「構いません」

「あ、ノインのお茶も淹れるね!」

「俺はいいです」


 気にしないで、と微笑んでくる。


 片手で髪を拭きながら、手元を覗き込んでくる。


 オルガは視線を戻してから、口を開いた。


「あ、愛する……よ」

「愛する者よ」

「彼は、彼女の手を……、うーん……」

「彼は彼女の手を取り、静かに囁いた」


 ぱっとノインが本の端を掴んだ。


「この先も?」

「え? うん」

「……わかりました」


 手を離してくれたので、首を傾げながら続ける。


「……、君を、……はな……」

「今宵、君を離さない」

「彼女は…………答えた」

「彼女は頬を染めながら答えた」

「私も、あなたと……見たい?」

「……私も、あなたと同じ夢を見たいの」


 ???


「同じ夢?」

「…………」


 ああ!


「一緒に寝るってこと!? 私とノインみたいに」

「……あぁ、まあ、はい」


 なんでそんなに歯切れの悪い言い方するの?


「ぎゅっとくっついて寝るのかな~。でも私、ノインと同じ夢とか見たことないよ?」

「……俺は夢とか見ないです」

「だよねえ?」


 変なの……。


「じゃあこっちね」


 ページを捲って、別の挿絵のある部分を開く。


「この挿絵の女の人、綺麗なお嬢さんだよね」

「……そうですかね」

「なんか歌ってるシーンなのかなあ。

 えーっと、あなたと……知りたい」

「あなたと同じ喜びを知りたいの」


 やっぱり歌詞か。


「彼女は……声? 言った?」

「彼女は震える声でそう言った」

「ふんふん。歌ってるわけじゃないのかな。

 えーっと、彼は笑って、彼女の……触る」

「彼は微笑み、彼女の頬に触れる」

「おわあああ! 違ってた!」


 くやしい!


 ふふっとノインが小さく笑った。


「惜しいです」

「くっ……。

 今晩、あなたにもその……ん? てっぺん? を教えます?」

「今宵、君にもその(いただき)を教えよう」

「はあ?」


 いただき? なにが?


「山登りでもするの?」

「ごほっ、ごほっ」


 なに咳き込んでるの……?


「んー……。

 教えて。彼女は、小さな声で願った」

「正解。合ってます」

「やった!

 次は……。

 あなたが到着するところへ、私も行きます?」

「あなたが辿り着く場所へ、私も行けるように。……ですね」


 …………。


 さっきからなんなんだろう?


「この人たち、どこかへ行くの?」


 前へと腕を伸ばして、テーブルに突っ伏す。


「わかんない……。もうこれいいよ」


 別の本へと手を伸ばす。


「夜に山登りするってことだけはわかった」

「はははは」


 ノインが弾かれたように笑う。


「都会では、夜に山登りに行くのが流行ってるってことじゃないの?」

「くくくっ……ど、どうですかね……。でも危ないから君は行ってはいけませんよ」

「行くわけないじゃない」


 なに言ってるのホント……。


「ん-、なになに」


 次の本を開く。


「なんかこれ、ノインがやってるのと似てる」

「はっ?」


 挿絵を覗き込んできた。


 じっと見てきて、本を閉じようとしたのでぎょっとする。


「なにするの」

「目に悪いです」

「ええ? だってノインもやるでしょ」

「…………」

「彼は彼女の……ん? その……。

 さっきのより難しい……!」


 しょぼんと肩を落としていると、横のノインが小さく息を吐いた。


「彼は彼女の名を囁きながら、その細い身体を腕の中に閉じ込めた」

「……ノイ」

「触れ合う熱が次第に高まり、彼女は甘い眩暈に目を閉じる」


 え……。


「怖がらなくていい。彼は低く囁いた」


 ノインがこちらを見た。


 まっすぐに。


「今宵、君を……共に喜びの果てへ連れていく」

「………………」


 う、うわ……。


(真剣な顔すると、なんか、……うっ)


「なんで顔を逸らすんです?」

「…………意味がわからなくて」


 咄嗟に出た言葉だけど、その通りだから嘘じゃない。


「意味……」


 ノインは少し思案してから、「まあ」と曖昧な呟きをもらした。


「喜びの果て? 果てって?」

「…………」

「共に? っていうのもよくわからないなぁ……」


 なんか渋い表情してるなあ。


「……とても、嬉しいことがあって……もう十分だと思えるくらい、互いに満たされるということです」

「???」


 満たされる?


 それって。


「でもこの絵だと、ノインが私に覆いかぶさってるのに似てない?」


 腕を頭の横について。


 オルガはノインの手を握る。


「私の頭の横に手をついてるのに、似てる」

「――――っ」


 ノインが言葉に詰まって、視線を逸らした。


「……そ、れは…………俺たちがしてることと同じ、ことを書いてるんですよ」

「…………?」


 ということは?


「ん? でもこの人たち、夫婦ってこと? そうなの?」

「……違います」

「? だ、だって、これ、夫婦のすることでしょ? だから私とノインも、する……んでしょ?」

「……互いに好いている男女です」

「ん? 結婚の約束をしてるってこと?」


 ノインが本気で困った顔をしてる。


 どうして?


(なんでそんな顔してるの?)


「……必ずしも、そうとは限りません」

「え?」

「互いに好いている男女は、婚前でも……共に過ごすことがあります」

「…………」


 大きく目を見開いて、オルガは軽く身を引く。


「じゃあ……この人たち、結婚の約束もしてないの?」

「………………しているかもしれませんし、していないかもしれません」

「お話だからだよね!?」

「オルガ……」

「だって、だって好きだからなにしてもいいわけない、って……ノイン言ったよね!?

 子どもができたらどうするの!? お話だから、できないって高を括ってるの!?」

「それは……その通りです」


 自分だって、子どもじゃない。

 娼婦という、男性を誘惑する女の人がいることも……貴族に限らず夫は浮気をするものだという認識がある。


 だからべつに。


(悲しいけど)


 ノインが、べつのお嬢さんや、素敵な女の人に目移りしても怒りは感じない。


 とても悲しいだけで。


「ごめん……」


 ごめん。困らせるつもりじゃないの。


(そんな顔しないで)


 辛そうで、悲しそうな顔をさせたいわけじゃない。


 お話なのに、私が……ものを知らないから。


「現実じゃないのに……大袈裟な反応しちゃった……はは……」


 繋いでいた手が、いつの間にかほどけてる。

 心の距離みたい。


「現実にも」


 ノインが手を、握り直す。


「こういう人たちはいます」

「……え」

「だからこそ、問題になることも多いんです」

「問題……」

「結婚していない男女がそういう関係になることは……あります」

「…………」

「ですが」


 まっすぐに、見つめてくる。


「その結果、子どもができてしまったり……周囲に責められたりすることも多い」


 ……そう、だよね。


「だから……君の言う通り、本来は軽く考えていいことではありません」

「……うん」


 そう。そうだよね?


 現実だったら……って、なるよね?


 握っていた手を、指が絡む握り方にされる。


「?」


 そちらを見てから、オルガはノインを見た。


「ですが」


 瞳の、その奥。


 こちらの心を射抜くような、強烈な、熱。


「互いに強く望んでしまうこともあるんです」

「……のぞ、む?」

「はい。例えば……俺が、君にこうして触れたいと思うように」

「……ノイン」

「俺がその男なら、子どもができれば結婚します。それだけです。俺の場合は」

「……そ、っか」


 薄く、柔らかく微笑んでくる。


「俺はずっと……ずっと、君のことが好きです」

「し、知ってるよ……?」

「十二年以上、好きだってことを?」


 ええっ!?


(五年……じゃないの?)


 村を出たのは十四歳の前。だから、五年だとばかり。


 あの辛い、胸の苦しみを……そんなに長い間?


「この本にある、喜びの果て、は……子どものことではないんですよ?」

「えっ」


 顔の高さまで握った掌を上げる。絡む指先に、力がこもる。


 ノインの視線が、まったく外れない。


 本を、ぱたんと閉じられた。


「男女が互いに強く求め合って……満たされることです」

「???」


 それって。


「お腹いっぱいになるってこと?」


 満腹になるって?


「……違います」


 小さく苦笑してる。


「君が気絶しなくなったあの時の感覚」

「うん?」

「力が抜ける、あの状態……。体が、『満ちる』奇妙な感覚。

 でも、俺が動く時はあんな風にはならないでしょう?」

「うん? まぁ、ノインだけ疲れてるよね?」

「あの時に、男女で同じような……満ちる感覚を同時に得られることはないんです」

「???」


 ノインが動いてる時も、ああなるってこと?


 真剣な瞳で、ノインは言った。


「体はもう大丈夫なはずです。この一ヵ月、ずっとそうしてきました。

 だから、次の段階に移ります」

「次?」

「俺が、君を満たし……喜びの果てに連れて行きます」


***


 呼吸が、ふと途切れる。


「……っ」


 ほんの一瞬。


 お腹の奥が、きゅっと締まる。


(?????)


 えっ、えっ!?


 混乱のままに、腰がわずかに浮いた。


 その瞬間、ノインの動きがわずかに止まる。


「…………今」


 独り言のような呟きは、問いかけのようにも感じてオルガは首を振る。


 呼吸が、整わない。


「? わ、わからな……」


 ノインが少しだけ体を起こして、腰を支えてくる。


(え? ええ?)


 さっきと同じ角度のままの、ゆっくりとした動き。


「……っ」


 また。


 さっきと同じ場所に触れた途端、お腹の下のほうがきゅっと縮む。同時に、息がもれた。


(な、なに……?)


「やはりここか」


 え。


 なに?


 戸惑ったまま、目を細めているノインを見る。


「オルガ」

「?」

「少し動きを大きくしますね」


 ぐ、っと腰をしっかり支えられる。


「体勢も変えません。怖くないですよ」


 こわくない? ほんとうに?


 大きくって、どういう……。


(あ)


 腰を動かすっていう意味?


 そこ、は。


「っ」


 背中が反った。腰が小さく震える。


 ノインが小さく微笑んだ。


「今、ここが一番反応してる」


 その声に、息が乱れているからか、なにも、なにも言えない。

 ただ、お腹の奥のほうがまたきゅっと締まった。


「大丈夫です」


 ノインの優しい声。


 なにが。


 なにが自分に起きているのか、わからない。


「怖くないです。大丈夫」


 呼吸がまだ整わない。


 胸が上下する。息が浅い。


 力が、抜けてる。


 ゆるく手を伸ばして、口を薄く開いた。


「ノイン……」


 驚いたようにノインが目を見開く。


 かすれた声を、呼んだことを、まったく……自覚していなかった。


 息を整えるのに、必死で。


「好き……」


 いつもいつも、私を大事にしてくれる。

 わけがわからないのに、困ってる私を心配してくれる。


 伸ばした手をノインが掴んだ。力がこもる。


「続けますね」


 小さく頷く。


「大丈夫です。君が息を吐くタイミングに、俺が合わせますから。

 それで力がかなり抜けます。息を止めず、吐いて」


 言われた通りに、息を吐く。


「っ」


 また同じ場所! 当た――。


 さっきより強い。


「そうです」


 ノインの声が、少しだけ低くなる。


「そこ」

「ノイン……」


 腰がまた小さく浮く。うわっ。


 逃げようとしたのを、ノインが支えた。


「逃げないで」


 優しい声。


「大丈夫」


 ゆっくり動く。


 同じ場所。

 何度も。何度も。

 同じ速度で。


 すると。


 お腹の奥から一気に力が抜けた。


「……っ」


 息が。

 止まる。


 体が。

 震える。


 ノインがすぐ抱き寄せる。


「オルガ」


 呼吸……でき、な……。


 胸が上下、する。


「それが」


 耳元で囁く甘い、痺れるような、声。


「喜びの果て、ですよ」

「……へ、変」


 ノインが小さく笑った。


「はい。とても、良いことです」


 そ、そっかぁ……。


 あれ?


 ノインの動きが乱れた。


「……すみませ……俺も、もう……」



 いつもはノインだけぐったりしてるのに。


(今日は、私も……ぐったりだな……)


「……ねえ、ノイン」

「はい」

「もしかして……あれって、山登りじゃなかったってこと?」


 その言葉に。

 ノインが完全に吹き出した。


「そうですね、違いました」


 一緒に、軽く笑い声を響かせて、もう一度片手を握りしめた。指を、ゆっくりと絡めて。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

楽しんでいただけたら嬉しいです。

続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。

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