次へ進ませるのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第34弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「待っていたいのは、君のほう。」の後の話です。
借家の中はもう片付けられていて、明後日の引っ越し日を待つばかりの状態になっている。
掃除も終わらせてしまって、明日の夜を迎えればもう……ここから完全に去る。
オルガとしては特にすることもないので、クララからもらった本に目を通していた。
そう……相も変わらず。
(ぐぬぬ……あ、あなたの、その……ばら? のよう、な……く、くち……)
「うわあああ!」
読めない!
実は初夜、と呼ばれるものは終わらせているものの……恥ずかしいし、とてもではないけれどクララには言えない。
貴族の求める、夢のある恋愛物語はこれ……だと、先月も別の本を置いていかれたが。
(なんか……こう、変なの)
変。
「あ、あつい、よる、を、すご……す……」
そして一番気になるのは。
(この、部分)
「すっかり片付きましたね」
風呂から上がって髪を拭いているノインが、居間を見回している。
「すみません。引っ越し準備を任せてしまって」
仕事から帰ってくると手伝おうとするから、止めただけ。
(ぜーんぶやろうとするんだもんなぁ)
「ノインだって、掃除とか手伝ってくれたじゃない。私だけがやったわけじゃないよ」
高い場所や水回り、家具を動かしてその下の掃除までしてたし。
(外から窓も拭いてたし……)
雨戸や桟まで、しっかりと。
「……また読んでるんですか? 俺の買った本より、面白いんですか?」
少しだけ、ほんの少しだけ悲しそうな声。
違う。
「ノインの本のほうが好きだよ?」
そう言うと、嬉しそうに、ほっとした微笑みを浮かべてくる。
「でも、そうじゃないの」
「? そうじゃない?」
「このへんとか」
「……」
「このへんとか! 意味が全然わからないのに、挿絵が絶対入ってるでしょ?」
すぅ、とノインの瞳から温度が消える。
「……それが?」
「抱擁? とか、こう、絵は綺麗だな~って思うんだけど……。
せっかくクララさんが持ってきてくれたんだし、少しは話ができるようになっておきたいんだよ」
少し黙ってから、ノインが横に腰掛けた。
いつもの、食事をする時の位置だ。
「音読しましょう。どこが気になるんですか?」
「そ、そこまではいいよ」
「隣で直しながら読むのはどうですか?」
それなら……。
オルガは嬉しくなって頷く。
「ありがとうノイン! ご、ごめんね。早く読めるようになれればいいんだけど……」
「俺に頼らずに独りでやっているんですから、謝らなくていいです」
ノインが買ってきてくれた本の文章は読みやすいから、それと比較しながらこちらも読んではいるけど……時間はかかる。
それでも、少しずつ進んでいると実感する。
ノインは急かさないし、できるべきだと強制もしない。
「わからない時は俺が音読しますから、遠慮せずに言ってください」
「…………」
い、いいのかな……?
(これって貴族のお嬢さんたちに人気なものって聞いたんだけど……)
テーブルの上にはあと三冊ある。
一応クララさんに内容を軽く教えてもらったけど……。
以前ノインに音読してもらった時は、かなり……恥ずかしかった。
「気になるところだけ、なんだけど。いい?」
「構いません」
「あ、ノインのお茶も淹れるね!」
「俺はいいです」
気にしないで、と微笑んでくる。
片手で髪を拭きながら、手元を覗き込んでくる。
オルガは視線を戻してから、口を開いた。
「あ、愛する……よ」
「愛する者よ」
「彼は、彼女の手を……、うーん……」
「彼は彼女の手を取り、静かに囁いた」
ぱっとノインが本の端を掴んだ。
「この先も?」
「え? うん」
「……わかりました」
手を離してくれたので、首を傾げながら続ける。
「……、君を、……はな……」
「今宵、君を離さない」
「彼女は…………答えた」
「彼女は頬を染めながら答えた」
「私も、あなたと……見たい?」
「……私も、あなたと同じ夢を見たいの」
???
「同じ夢?」
「…………」
ああ!
「一緒に寝るってこと!? 私とノインみたいに」
「……あぁ、まあ、はい」
なんでそんなに歯切れの悪い言い方するの?
「ぎゅっとくっついて寝るのかな~。でも私、ノインと同じ夢とか見たことないよ?」
「……俺は夢とか見ないです」
「だよねえ?」
変なの……。
「じゃあこっちね」
ページを捲って、別の挿絵のある部分を開く。
「この挿絵の女の人、綺麗なお嬢さんだよね」
「……そうですかね」
「なんか歌ってるシーンなのかなあ。
えーっと、あなたと……知りたい」
「あなたと同じ喜びを知りたいの」
やっぱり歌詞か。
「彼女は……声? 言った?」
「彼女は震える声でそう言った」
「ふんふん。歌ってるわけじゃないのかな。
えーっと、彼は笑って、彼女の……触る」
「彼は微笑み、彼女の頬に触れる」
「おわあああ! 違ってた!」
くやしい!
ふふっとノインが小さく笑った。
「惜しいです」
「くっ……。
今晩、あなたにもその……ん? てっぺん? を教えます?」
「今宵、君にもその頂を教えよう」
「はあ?」
いただき? なにが?
「山登りでもするの?」
「ごほっ、ごほっ」
なに咳き込んでるの……?
「んー……。
教えて。彼女は、小さな声で願った」
「正解。合ってます」
「やった!
次は……。
あなたが到着するところへ、私も行きます?」
「あなたが辿り着く場所へ、私も行けるように。……ですね」
…………。
さっきからなんなんだろう?
「この人たち、どこかへ行くの?」
前へと腕を伸ばして、テーブルに突っ伏す。
「わかんない……。もうこれいいよ」
別の本へと手を伸ばす。
「夜に山登りするってことだけはわかった」
「はははは」
ノインが弾かれたように笑う。
「都会では、夜に山登りに行くのが流行ってるってことじゃないの?」
「くくくっ……ど、どうですかね……。でも危ないから君は行ってはいけませんよ」
「行くわけないじゃない」
なに言ってるのホント……。
「ん-、なになに」
次の本を開く。
「なんかこれ、ノインがやってるのと似てる」
「はっ?」
挿絵を覗き込んできた。
じっと見てきて、本を閉じようとしたのでぎょっとする。
「なにするの」
「目に悪いです」
「ええ? だってノインもやるでしょ」
「…………」
「彼は彼女の……ん? その……。
さっきのより難しい……!」
しょぼんと肩を落としていると、横のノインが小さく息を吐いた。
「彼は彼女の名を囁きながら、その細い身体を腕の中に閉じ込めた」
「……ノイ」
「触れ合う熱が次第に高まり、彼女は甘い眩暈に目を閉じる」
え……。
「怖がらなくていい。彼は低く囁いた」
ノインがこちらを見た。
まっすぐに。
「今宵、君を……共に喜びの果てへ連れていく」
「………………」
う、うわ……。
(真剣な顔すると、なんか、……うっ)
「なんで顔を逸らすんです?」
「…………意味がわからなくて」
咄嗟に出た言葉だけど、その通りだから嘘じゃない。
「意味……」
ノインは少し思案してから、「まあ」と曖昧な呟きをもらした。
「喜びの果て? 果てって?」
「…………」
「共に? っていうのもよくわからないなぁ……」
なんか渋い表情してるなあ。
「……とても、嬉しいことがあって……もう十分だと思えるくらい、互いに満たされるということです」
「???」
満たされる?
それって。
「でもこの絵だと、ノインが私に覆いかぶさってるのに似てない?」
腕を頭の横について。
オルガはノインの手を握る。
「私の頭の横に手をついてるのに、似てる」
「――――っ」
ノインが言葉に詰まって、視線を逸らした。
「……そ、れは…………俺たちがしてることと同じ、ことを書いてるんですよ」
「…………?」
ということは?
「ん? でもこの人たち、夫婦ってこと? そうなの?」
「……違います」
「? だ、だって、これ、夫婦のすることでしょ? だから私とノインも、する……んでしょ?」
「……互いに好いている男女です」
「ん? 結婚の約束をしてるってこと?」
ノインが本気で困った顔をしてる。
どうして?
(なんでそんな顔してるの?)
「……必ずしも、そうとは限りません」
「え?」
「互いに好いている男女は、婚前でも……共に過ごすことがあります」
「…………」
大きく目を見開いて、オルガは軽く身を引く。
「じゃあ……この人たち、結婚の約束もしてないの?」
「………………しているかもしれませんし、していないかもしれません」
「お話だからだよね!?」
「オルガ……」
「だって、だって好きだからなにしてもいいわけない、って……ノイン言ったよね!?
子どもができたらどうするの!? お話だから、できないって高を括ってるの!?」
「それは……その通りです」
自分だって、子どもじゃない。
娼婦という、男性を誘惑する女の人がいることも……貴族に限らず夫は浮気をするものだという認識がある。
だからべつに。
(悲しいけど)
ノインが、べつのお嬢さんや、素敵な女の人に目移りしても怒りは感じない。
とても悲しいだけで。
「ごめん……」
ごめん。困らせるつもりじゃないの。
(そんな顔しないで)
辛そうで、悲しそうな顔をさせたいわけじゃない。
お話なのに、私が……ものを知らないから。
「現実じゃないのに……大袈裟な反応しちゃった……はは……」
繋いでいた手が、いつの間にかほどけてる。
心の距離みたい。
「現実にも」
ノインが手を、握り直す。
「こういう人たちはいます」
「……え」
「だからこそ、問題になることも多いんです」
「問題……」
「結婚していない男女がそういう関係になることは……あります」
「…………」
「ですが」
まっすぐに、見つめてくる。
「その結果、子どもができてしまったり……周囲に責められたりすることも多い」
……そう、だよね。
「だから……君の言う通り、本来は軽く考えていいことではありません」
「……うん」
そう。そうだよね?
現実だったら……って、なるよね?
握っていた手を、指が絡む握り方にされる。
「?」
そちらを見てから、オルガはノインを見た。
「ですが」
瞳の、その奥。
こちらの心を射抜くような、強烈な、熱。
「互いに強く望んでしまうこともあるんです」
「……のぞ、む?」
「はい。例えば……俺が、君にこうして触れたいと思うように」
「……ノイン」
「俺がその男なら、子どもができれば結婚します。それだけです。俺の場合は」
「……そ、っか」
薄く、柔らかく微笑んでくる。
「俺はずっと……ずっと、君のことが好きです」
「し、知ってるよ……?」
「十二年以上、好きだってことを?」
ええっ!?
(五年……じゃないの?)
村を出たのは十四歳の前。だから、五年だとばかり。
あの辛い、胸の苦しみを……そんなに長い間?
「この本にある、喜びの果て、は……子どものことではないんですよ?」
「えっ」
顔の高さまで握った掌を上げる。絡む指先に、力がこもる。
ノインの視線が、まったく外れない。
本を、ぱたんと閉じられた。
「男女が互いに強く求め合って……満たされることです」
「???」
それって。
「お腹いっぱいになるってこと?」
満腹になるって?
「……違います」
小さく苦笑してる。
「君が気絶しなくなったあの時の感覚」
「うん?」
「力が抜ける、あの状態……。体が、『満ちる』奇妙な感覚。
でも、俺が動く時はあんな風にはならないでしょう?」
「うん? まぁ、ノインだけ疲れてるよね?」
「あの時に、男女で同じような……満ちる感覚を同時に得られることはないんです」
「???」
ノインが動いてる時も、ああなるってこと?
真剣な瞳で、ノインは言った。
「体はもう大丈夫なはずです。この一ヵ月、ずっとそうしてきました。
だから、次の段階に移ります」
「次?」
「俺が、君を満たし……喜びの果てに連れて行きます」
***
呼吸が、ふと途切れる。
「……っ」
ほんの一瞬。
お腹の奥が、きゅっと締まる。
(?????)
えっ、えっ!?
混乱のままに、腰がわずかに浮いた。
その瞬間、ノインの動きがわずかに止まる。
「…………今」
独り言のような呟きは、問いかけのようにも感じてオルガは首を振る。
呼吸が、整わない。
「? わ、わからな……」
ノインが少しだけ体を起こして、腰を支えてくる。
(え? ええ?)
さっきと同じ角度のままの、ゆっくりとした動き。
「……っ」
また。
さっきと同じ場所に触れた途端、お腹の下のほうがきゅっと縮む。同時に、息がもれた。
(な、なに……?)
「やはりここか」
え。
なに?
戸惑ったまま、目を細めているノインを見る。
「オルガ」
「?」
「少し動きを大きくしますね」
ぐ、っと腰をしっかり支えられる。
「体勢も変えません。怖くないですよ」
こわくない? ほんとうに?
大きくって、どういう……。
(あ)
腰を動かすっていう意味?
そこ、は。
「っ」
背中が反った。腰が小さく震える。
ノインが小さく微笑んだ。
「今、ここが一番反応してる」
その声に、息が乱れているからか、なにも、なにも言えない。
ただ、お腹の奥のほうがまたきゅっと締まった。
「大丈夫です」
ノインの優しい声。
なにが。
なにが自分に起きているのか、わからない。
「怖くないです。大丈夫」
呼吸がまだ整わない。
胸が上下する。息が浅い。
力が、抜けてる。
ゆるく手を伸ばして、口を薄く開いた。
「ノイン……」
驚いたようにノインが目を見開く。
かすれた声を、呼んだことを、まったく……自覚していなかった。
息を整えるのに、必死で。
「好き……」
いつもいつも、私を大事にしてくれる。
わけがわからないのに、困ってる私を心配してくれる。
伸ばした手をノインが掴んだ。力がこもる。
「続けますね」
小さく頷く。
「大丈夫です。君が息を吐くタイミングに、俺が合わせますから。
それで力がかなり抜けます。息を止めず、吐いて」
言われた通りに、息を吐く。
「っ」
また同じ場所! 当た――。
さっきより強い。
「そうです」
ノインの声が、少しだけ低くなる。
「そこ」
「ノイン……」
腰がまた小さく浮く。うわっ。
逃げようとしたのを、ノインが支えた。
「逃げないで」
優しい声。
「大丈夫」
ゆっくり動く。
同じ場所。
何度も。何度も。
同じ速度で。
すると。
お腹の奥から一気に力が抜けた。
「……っ」
息が。
止まる。
体が。
震える。
ノインがすぐ抱き寄せる。
「オルガ」
呼吸……でき、な……。
胸が上下、する。
「それが」
耳元で囁く甘い、痺れるような、声。
「喜びの果て、ですよ」
「……へ、変」
ノインが小さく笑った。
「はい。とても、良いことです」
そ、そっかぁ……。
あれ?
ノインの動きが乱れた。
「……すみませ……俺も、もう……」
*
いつもはノインだけぐったりしてるのに。
(今日は、私も……ぐったりだな……)
「……ねえ、ノイン」
「はい」
「もしかして……あれって、山登りじゃなかったってこと?」
その言葉に。
ノインが完全に吹き出した。
「そうですね、違いました」
一緒に、軽く笑い声を響かせて、もう一度片手を握りしめた。指を、ゆっくりと絡めて。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。




