余命オークション
「おめでとうございます、成約です!」
オークショニアの高らかな声と木槌の音。
俺、安田は思わずガッツポーズをした。
「やったぜ……! これで億万長者だ!」
モニターに表示された落札価格は、
俺が一生かかっても稼げないような金額だった。
売ったのは俺の「時間」。正確には「余命」だ。
医学の進歩により、人の寿命は譲渡可能になった。
金持ちは貧乏人から時間を買い、数百年生きる。
貧乏人は時間を売り、一瞬の富を得る。
俺は自分の残り寿命である「51年」のうち、「50年」を売り払った。
残された時間は、あと1年。
「馬鹿な奴だ」と友人の田中は言った。
「俺はビビって10年しか売れなかったよ。あと40年は残る計算だ」
だが、俺に言わせれば田中のほうが馬鹿だ。
安月給で働き、借金に追われ、惨めに40年生き延びるのが幸せか?
違う。
最高級の酒を飲み、美女を抱き、王様のように暮らす1年。
その密度のほうが遥かに価値がある。
「太く短く、だ。どうせ今までも死んだように生きてたんだからな」
受け取ったブラックカードを指で弾き、俺はオークション会場を後にした。
その足で高級車ディーラーに向かい、
一番高い真っ赤なスポーツカーを即金で買った。
エンジン音が野獣のように咆哮する。
「最高だ! これが人生だ!」
アクセルを踏み込む。景色が流れる。
俺は自由だ。これからの1年、毎日がパーティーだ。世界一周旅行に行こう。
カジノで全財産を賭けてもいい。
どうせ1年後には死ぬんだから、破産なんて怖くない。
交差点を曲がろうとした、その時だった。
対向車線から、居眠り運転のトラックが突っ込んでくるのが見えた。
「あ」
ブレーキを踏む暇もなかった。
衝撃。
世界が反転し、
ガラスの破片がダイヤモンドのようにきらめいて視界に散らばった。
意識が戻ったのは、白い光の中だった。
「……ん……」
体が動かない。指一本動かせない。
声も出ない。喉に管が通されているのがわかる。
「先生! 意識が戻りました!」
看護師の声が響く。
医者が俺の顔を覗き込んだ。
「安田さん、わかりますか? 奇跡的ですよ」
奇跡? あの事故で助かったのか? さすがは俺だ、やはり運がいい。
だが、なぜ体が動かない?
「あなたはトラックと正面衝突し、
全身の骨が砕け、脳にも重度の損傷を負いました」
医者は淡々と告げた。
「通常なら即死、あるいは数時間で亡くなる状態です。しかし……」
医者はカルテを見ながら、不思議そうに首を傾げた。
「あなたのバイタルは驚くほど安定している。
まるで、何かに守られているかのように、心臓が力強く動き続けているんです」
嫌な予感がした。
背筋が凍りつくような、最悪の予感。
「余命管理センターのデータベースを確認しました。
あなたは『残り1年』の余命をお持ちですね?」
医者が言った。
「契約時に投与された『キーパー(生存維持ナノマシン)』が、
あなたの体内でフル稼働しています。
あれは凄まじいですよ。
心臓が止まりかけても無理やり電気信号を送って動かすし、
傷ついた血管も瞬時に塞いでしまう」
医者は感心したように、残酷な事実を告げた。
「つまり、ナノマシンのバッテリー――あなたの契約期間が切れるあと1年間、
あなたは医学的死を迎えることすら許されないのです」
嘘だろ。
俺は叫ぼうとしたが、喉からはヒューヒューという風切音が漏れるだけだった。
痛みはない。感覚そのものがない。視界は天井の白いシミだけ。
「意識ははっきりしていますね。
ですが、残念ながら運動機能の回復は見込めません。
このまま寝たきりになります」
医者の言葉が遠く聞こえる。
おい、嘘だと言ってくれ。
俺は豪遊するはずだったんだ。
王様のように贅沢をして、笑って死ぬはずだったんだ。
それが、これか?
この天井のシミを、あと365日×24時間、見つめ続けるだけ?
身動き一つできず、言葉も発せず、ただ生かされるだけ?
「ご家族もいらっしゃらないようですし……
不自由がないよう、生命維持装置は最高級のものにしておきますね」
医者が気を使って言った。
「費用は、あなたの口座に莫大な残高がありますから、
そこから引き落としておきます」
やめろ。
やめろ!
その金は俺が遊ぶための金だ! 生命維持装置なんて繋ぐな!
殺せ! いっそ殺してくれ!
俺の涙が、一筋だけこめかみを伝った。
看護師がそれを拭き取りながら、
「よかったですね、命が助かって」と優しく微笑んだ。
そして、カーテンの向こうのベッドを指差した。
「お隣の田中さんも、奇跡的に一命を取り留めたんですよ。
あなたの車と正面衝突したトラックの運転手さん」
え?
俺の目が動いた。
隣のベッドに寝かされているのは、全身包帯だらけの男。
彼もまた、俺と同じように身動き一つせず、生命維持装置に生かされていた。
「彼も余命契約者なんですってね。
あと40年も残っているから、ナノマシンが彼を何十年でも生かし続けるでしょう。
よかったですね、寂しくなくて」
俺は絶望した。
地獄の1年が、始まった。
だが、それはまだ幸せだったのだ。
隣で永遠の地獄を味わう彼に比べれば。




