第五話:共犯
頭を殴られたような衝撃。
人を食べたい?
そんな事あるわけない。
今まで不気味なほどにお腹が空かなかった。
そういうものだと思ってた。
目の前の存在がより一層異質なものに思えて、少し後ずさる。
それを見て奥さんは何か察したようで、悲しげに笑った。
「そう、同じじゃないのね。羨ましいわ」
最後の方は尻すぼみになって消えていった。
「私は彼を思い出すほど愛しさがこみ上げて、そして、お腹が空くの」
我慢できないほどに。
奥さんはそう言って少し震えていた。
きっと泣いているんだろう。
泣きたいのに涙が出てこない。
その辛さは私も知ってる。
「ごめんなさい。初めて同じ存在を見つけたから、油断してたわ」
言い切ると、奥さんはわざとらしく息を吸って、吐いた。
それだけで震えを止めて、また微笑んでいる。
その姿は強くて、でも、胸が痛くて仕方がなかった。
微笑みが作り物だとわかるから。
私ならどうだろうか?
この寂しい境遇で、自分と同じ存在と出会う。
きっと期待してしまう。
それなのに私は……。
全く、腹が立つ。
「会いましょう。危なければ私が止めます」
思わず出た言葉だった。
奥さんが驚く。
私も驚いてる。
でも、いい案に思えた。
私は力強いほうじゃなかった。
でも、それが過去のことであることをこのサバイバル生活で知っている。
今の特別な身体なら、人一人くらい簡単に抑えられるはずだ。
奥さんは眉根を寄せて困った顔をしている。
確証がない、だが、想像してしまった。
そんな顔だ。
「心配なら試してみましょう。完璧に抑え込んでみせます」
「え?え!?ちょっと!」
慌てる姿が可愛らしい。
握った手のひらの温度は私にはもう分からない。
でも、人らしい柔らかさがあった。
試してみると、奥さんよりも私のほうがかなり力が強かった。
これもアンデッドとしての特性の違いだろう。
食欲の件といい、この違いはなんだろう?
それでも、奥さんは「でも」「だって」と乗り気じゃない。
なんでだろう?
会いたいはずじゃ?
「お爺さんだって会いたがってました」
奥さんの瞳が揺れる。
「でも……」言葉に勢いがなくなる。
やはり会いたいんだ。
なら何が問題なのだろう。
やっぱり私のことを信用できないのだろうか?
私が間に合わず、お爺さんを襲ってしまわないか心配なのだろうか?
「……今の私を、彼は受け止めてくれるかしら?」
所在なげに自分の体を抱き、絞り出すように吐き出した言葉。
救いを求めるように私を見てくる瞳は苦しそうに震えていた。
何年も抱えた悩みだったのだろう。
私だって先ほど、"人を食べたくなる"と聞いたときは恐怖した。
愛する人からの拒絶。
思い出にすがるしかない私たちにとって、それはあまりにも重い。
だからこそ、私も言い切る。
「お爺さんはアンデッドと知ったうえで私を助けました。それに、未練を抱えてるのは奥さんだけじゃありません」
「未練って、なによ?」
「言えません!直接聞いてください」
「え!?それじゃ納得できないわよ!」
「サプライズのネタバレなんて興ざめじゃないですか!?」
ワー!キャー!と押し問答するさまは誰か見ていれば滑稽だっただろう。
私たちも少しずつ表情が緩んだ。
私は本気だ。
心の底から喋っている。
お互いもう人間ではない。
次こうやって話せる相手が現れるかもわからない。
だから、なんとなく心が通じる気がした。
奥さんが微笑んだ。
それは出会ってから初めての、本当の笑みに見えた。
「全くもう!変な人。……どうしてそこまで必死になってくれるの?」
なんでだろう?
どうせなら笑ってもらいたい。
今更しんみりしたくない。
ちょっと挑戦的に口角を持ち上げてみた。
「私もそうですが、理不尽な状況って腹が立ちません?あとは……お爺さんはいい人だし、あなたも嫌いじゃない」
「なにそれ…?本当に変な人ね」
奥さんは1つ伸びをして、まっすぐに私を見つめる。
その顔からは最初にあったチグハグな微笑みは消えて、満面の笑顔が咲いていた。
腹が決まったらしい。
「確かにそうね。何で私たちがこんな目に遭わなきゃいけないのよ!許せないわ」
奥さんの言葉に私も笑顔で頷いておいた。
この夫婦に出会ってから、サバイバル生活で固まってた表情筋が柔らかくなった気がする。
そこからは早かった。
会うことさえ決まってしまえば、重要なことはそれほど多くない。
場所と時間くらいだ。
どちらも奥さんがズバズバと決めていった。
「思い出の場所だから湖で会いたい」と言うから私がお爺さんに説明して連れてくることになった。
時間も「早く会いたいけど夜中はさすがに……」と、言うので明日の正午に。
最後の方はウインクまでしてきて、完全に私をこき使う気だ。
呆れてしまうのに何故か口角が持ち上がる。
久しぶりに楽しい気分だったのに。
「……危なかったら殺してでも止めてね」
私には頷くことしかできなかった。




