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第三話:出会い

足が生えた。

傷も治った。

心臓が止まっているから呼吸も必要ない。

同じようにおそらく食事も必要ないのだろう。

心底気持ち悪い。

それでも帰りたい。

何のために?

声だ。

あの暖かい声のもとたどり着いてただいまを言いたい。

きっと受け入れてくれる。

今の、醜悪な姿の私でも。


真上から太陽が降り注いでいる。

私は森の中を進み始めた。

ザアザアという川の音が遠くなる。

忌々しいこの場からさっさと立ち去りたかった。

私を知る人を求めてひたすら歩く。

疲れ知らずのこの身体は立ち止まる言い訳をくれないのだから。


踏みしめた枯れ葉がガサガサと音を立てる。

森はどこまでも続いているかのようだった。

日差しが弱まりつつあることが時間の経過を教えてくれた。

まぶしい光に朱色が差し、やがて日が暮れた。

森の夜は思ったよりも暗く、伸ばした手の先が見えないほどだった。

火を用意すべきだったか?

いや、火事が怖い。

私は手触りを頼りに太い木を見つけ出し、メキメキと枝を鳴らしながらなんとか登った。

どこかで聞いたが、ネコ科の獣は餌を木の上に隠すらしい。

大抵の獣は登ってこられないから。

それに習って私も夜行性の獣をやり過ごすことにした。


暗闇の中はやけに静かだった。

昼間は聞こえていた鳥の音も今は聞こえない。

かわりにかすかな虫の音が自分の輪郭を教えてくれた。

やがて夜も更けた頃、ドスンドスンと得体のしれない足音が響く。

ガサガサと何かを探すように私の足元を何度も往復する。

木が揺れた。

必死に枝をつかんで耐える。

低い獣の息遣い。

呼吸などしていないはずなのに生臭さに鼻が曲がりそうだった。

そうして数度木が揺らされ、やがて音の主は諦めたのか、来たときと同じ重たい足音を響かせてどこかへ去っていった。

しばらくの間私は身じろぎ一つできなかった。

必要もないのに深く息を吐いて、ようやく安堵がこみ上げた。


チュンチュンと小鳥の声がする。

夜明けだ。

祝福するように差し込んだ柔らかな日差しが、私には眩しかった。

枝を握る手が自然と緩まり、静かに木から降りて身体を伸ばす。

血は巡らないが、筋が伸びていく感覚はそれなりに気持ちの良いものだった。

ふと先程まで私を匿ってくれていた木を見ると、根元の幹が大きくえぐられていた。


それから数日が経った。

ひたすら歩いて夜は木に登る。

暗闇の中、獣の気配に怯えながらじっと息を潜める。

疲れない身体なのに少しずつ思考はすり減った。

帰りたい。

思い出される声の温かさだけを頼りに、ひたすらに毎日を繰り返した。

そんなある日だった。

見飽きた山道に、見慣れない痕跡を見つけた。

足跡だ。

自分のそれとそっくりの、つまり、人間の足跡。

胸の中が喜びでいっぱいになる。

いっぱいになり、溢れた喜びはそのまま口から飛び出した。

「誰かー!誰かいませんかー!」

返事は返ってこなかった。

それでも心は晴れていた。

私はその周辺を探し回った。

人がいないか、人の家がないか、ほかの痕跡は?

結果、他にも複数の足跡やナタのような刃物で道を切り開いた跡が見つかった。

もう少しだ。

待ちに待った接触は、あちらからだった。


チリンチリン


鈴の音が鳴る。

茂みがガサガサと音を立てる。

向こう側に何かがいる。

ゆっくりと姿を現したのは、眩しいほどに真っ白い毛並みに真っ赤な首輪をつけた愛らしいワンちゃんだった。

その首輪からはリードが繋がっており、その先にシワだらけの顔で、しかし背筋はピンと伸びた年配の男性が立っていた。

初めて出会った人間。

「助けてください」

口をついて出た言葉は震えていた。

お爺さんははじめ驚いた顔をしていたが、私の言葉に柔らかな笑顔を浮かべて言った。

「道にでも迷いましたかな?歩けますか?」

差し伸べてくれた手のひらは皺だらけで、だけど、何よりも頼もしかった。

「あ、歩けます!」

どもりながらなんとか答える。

「ワン!」

一つ吠えて、ワンちゃんが私の足元をぐるぐる回る。

匂いを嗅いで、身体をこすって、挨拶してくれてるみたいだ。

人差し指を差し出すと、鼻でチョンと返事をしてくれた。

「懐かれたようですな。私のときは半年もかかったのに、嫉妬してしまいます」

お爺さんはカラカラと笑っていた。

目元がジンとする。

それなのに涙の一つも流れてこない身体に嫌気が差した。


おじいさんの家に案内された。

疲れているだろうからと気を遣ってくれたらしい、食事を用意してくれている。

なんだかとてもこそばゆかった。

「私、大丈夫です。おなか空いていませんので」

お爺さんは、トントントンと野菜を切る手を止めない。

「人里までは距離がありますから、どうぞ遠慮なさらずに」

差し出されたシチューのような食べ物には、こんな山のなかでは貴重だろうに、イノシシだろうか?ころころのお肉まで入っていた。

しかし、この身体でも食べられるのだろうか?

臆病だとは思う。

だが、打ち明ける気にはなれなかった。

それに、せっかくここまでしてもらっていて受け取れませんとは言いたくない。

結局シチューを掬って口に含む。

まったりとした味付けが身体にしみるようだ。

美味しい。

飲み込んで、2口目、3口目、止まらなくなる。

必要ないだけで食べようと思えば食べられるらしい。

新しい発見だった。

「良かった良かった。アンデッドの方に振る舞ったのは初めてで緊張しましたぞ」

相変わらず人のいい笑みを浮かべてお爺さんが言う。

いま、何て?

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