表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

第一話:またね

「お疲れ様。またね」

優しい声音が心をほぐす。

通話アプリ越しに、まだ光っている友人たちのアイコンを眺める。

名残惜しいが、アルバイトだ。

お気に入りのフード付きのアウターと柔らかいジーパン。

余裕を持って家を出た。

それなのに。

子供の飛び出し。

急ブレーキ、急ハンドル。

視界が傾く。

バリン。

砕ける音。

「またね」

最期に思い出したのもやはり友の声だった。


気がつくと山のなかにいた。

今まで何をしていたか思い出せない。

あっ、スマホ。

ポケットに目をやるが空っぽで、かわりに血まみれの衣服が目に入った。

お気に入りだったはずのフード付きのアウターと柔らかめのジーパン。

それなのになぜだか見慣れない。

それ以前に、いつの血だ?

乾いている。

身体に傷はない。

私の血ではないのか?

やめろ。

考えるな。

乾いた枯れ木を拾い、小脇に抱える。

今は火だ。

火さえあれば数日はしのげる。

耐えて、助けを祈ろう。

乾いた樹皮が手のひらをザラつかせ、グサリとトゲが刺さった。

ポタリと血が滴るが、思ったような痛みが来ない。

「薪が濡れてしまうな」

止血のため衣服の端で傷口を縛る。

集めた薪は、道中見つけた川の近く、湿気の届かない程度の場所にまとめて置いた。

そうしてできた拠点には、小鳥の甲高い鳴き声がやけに響いていた。

まだ足りない。

生き残るためにはもっと集めなくては。


山の中。

身体がひっくり返りそうな急斜面。

登りながら迂闊にも物思いにふけっていた。

ーー家に帰りたい。

雑につかんだ枝が、バキっと折れた。

地面が迫り、手をつく。

とっさに踏ん張るが、土が崩れた。

ガサガサと木の葉をかき分けながら斜面の下まで滑り落ちる。

ドスンと全身に重い衝撃が走り、何とか止まった。

骨が砕けたと思ったが、痛みはないし、すぐに動けた。

とはいえ、あちこち血が滲んでいる。

危なかった。

私はその場で拠点に帰ることにした。

しかし、帰ってきてふと見ると、腰ほどの高さまで薪が積み上がっている。

過剰だ。

私はどうしてこんなにたくさんの薪を…?

一日中?疲れもせず?

身体が冷え切るような感覚が襲う。

震えが止まらない。

駄目だ、考えるな。

大丈夫だ。

小鳥はすでに姿を隠していて、その鳴き声が聞こえてくることはなかった。


拠点に着くなり泥と血で汚れた身体を川で洗う。

先ほどから纏わりつく気持ち悪さを洗い流してしまいたい。

それなのに、冷たいはずの川の水が、私には何も感じられなかった。

しばらくして髪の水気もとんだ頃、火おこしを始めた。

太い棒状の枯れ木をしっかり握って、板状の枯れ木にガシガシと力強くこすり合わせる。

擦るうち接触部の色が変わってきた。

焦げた匂いが立ち込める。

思っていたよりもだいぶ早い。

全力で擦り続ける。

これでも疲れないなんて不自然じゃないか?

まただ。

集中しろ。

黒い粉のなかに小さな赤い火の粉が混ざり始めた。

火種を枯葉に移して息を吹く。

火が手に入った。

温かいはずなのに、体の芯が冷えるようだった。


薪をくべる。

火の粉がパチパチと返ってくる。

これで水を煮沸できる。

シェルターは明日一番に作ろう。

もう暗い。

ああ、川からは少し離さなくてはな。

新しい薪をくべると、炎が大きく燃え上がり少し眩しかった。

……急速に違和感が膨れ上がる。

あの震えが来る。

寒くないのに身体の芯が冷え切るような、あの震えが。

朝から飲まず食わずだ。

それなのになぜ喉が渇いていない?

月明かりに右手を照らす。

爪が何枚か剥がれ、鋭い枝で切ったのかあちこち血が滲んでいる。

傷はあるのに気持ち悪いだけ。

足を見る。

足首がおかしなほうを向いている。

なのに歩けた。

痛みが感じられないんだ。

心臓に手を伸ばす。

動いていない。

頸動脈、手首、手のひらを耳に当てて、どれもが静かすぎた。

ーーなぜ私は生きていられるんだ?

しばらく忘れていた火に薪をくべると、弱々しくなった炎が、新しい餌をそっとのみ込んだ。

「もう嫌だ……帰りたい……お風呂入って……ごはん食べて……ちょっとだけ元気にただいまを言って……」

ほおにやけに冷たい雫が一筋流れた。

「心臓なんてバレない。ケガも鈍いやつってことでいい」

火の粉が弾けた。

「いつものみんなにだけ事情を……………みんな……?みんな……家族に……?友達?に……?」

何かが引っかかる。

頭のなかで私以外のものが蠢くような不快感。

「帰ってきたよって。それで体のことを説明して……説明、して……"私"」

手元で、たき火が燃え尽きた。

明かりが途絶える。


ワタシ………?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ