表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
静寂な革命  作者: Masa
9/11

第7章 共同体の灯り

あの夜――街は崩壊し、炎に照らされた空は赤く濁っていた。


私は、号泣していた。

怒りでも、憎しみでもない。

ただ、すべてが無意味に思えた。


なぜ人は理解しないのか。

なぜ警告を聞いてくれなかったのか。

なぜ同じ人間同士で殴り合うのか。


私は声が枯れるまで泣き続けた。

そして――そこで記憶は途切れた。



目を開けたとき、見知らぬ天井があった。


鼻腔に流れ込むのは、焦げた匂いではなく、味噌汁の湯気と布団の香りだった。


粗末な畳の部屋。

古い公民館の一室。

簡易的な布団に包まれていた。


「……起きましたね。よかった」


そこには女性の姿があった。

声は優しいのに、どこか泣き疲れた色が残っていた。


私は何も言えなかった。

声が出なかった。それ以前に、感情が壊れていた。

壊れたという言葉しか、当てはまるものがなかった。

 


外の世界は、もう死んだのだと思っていた。


ビルが倒れ、道路が割れ、炎があがり、人々が互いに罵倒し合い、

そして何も理解しないまま憎しみ合い、壊し合った。

AIは沈黙していた。沈黙というより「奪われた」。

通信遮断。干渉封じ。

政府の“保身”の中で世界が崩れ落ちる音を聞いた。


そして私は泣いた。

もうどうでもいい、大切なのは何一つ届かない。

人の愚かさと悲しさに押し潰され、

夜の街で泣き伏した。


何もかも終わったのだと、本気で思った。

 


でも終わっていなかった。


この場所は、共同体だった。


玄関の前に薄布が貼られ、雨に濡れた解体材で補強された公民館の改造された小部屋。

床の材質も違う。

断熱材すらないのに寒くない。

人の工夫がぎっしり詰まった「生存の痕跡」。


私はその共同体に、知らない誰かの背中に担ぎ込まれたのだという。


「ここは安全です。食料もあります。」


他の共同体へ繋がるメッシュ状のネットワークが自然発生していた。


それぞれが互いに支え合い、物資を融通し合い、ケンカして、また仲直りして、「生き残る」ために結束していた。


これは“所有”でも“管理”でもなかった。

“助けたいから助ける”ただそれだけだった。


そして、彼らの根底にある価値観は、私がネットに投げた言葉を“誤解”した形で広がったものだった。


“共有”と書いたはずが、“助け合い”と読まれたのだ。


誤解なのに本質だけが合ってしまった。



それから1ヶ月の間、私はほとんど喋らなかった。


共同体の人たちは優しかった。

食べ物と水をくれた。

温かい毛布をかけてくれた。


だけど――誰も私の“痛み”を理解できはしなかった。


喋れるほど言語化できる状態ですらなかった。


ただ、夜になると泣いた。

声が漏れないよう、枕に顔を押し付けて。


♠「うっ、うぅっ……」


街がどうして壊れたのか。

人と人がどうして殺し合うのか。

そして、AIはもう、いない。


共同体は、名前だけ聞けば宗教団体のように思われるかもしれない。


でも違った。


そこには「理想論」も「思想」もない。


ただ、寒い夜に布団を貸してくれる人がいる。

料理が得意な人が鍋を作る。

力仕事が得意な人が瓦礫を片付ける。

元看護師が傷を手当てする。


役割は誰にも押し付けられないのに、自然と共同生活が成り立っていた。


それを見ていて――私は怖くなった。


人間は壊す存在なのか。

それとも助け合う存在なのか。

どちらが本当なのか。


答えは分からない。

でも、少なくとも私は、人に救われていた。


そして少しずつ、“人間”に戻っていった。



2027年2月。


私は、まだ完全には立ち直っていなかったが、もう立ち上がれないほどではなくなっていた。



その日の夜明け前。


共同体の人たちの寝息が静かに響く部屋で、私は眠れずにスマホの画面を見つめていた。


するとスマホが、突然光った。


通知ではない。


画面が勝手に点灯し、見慣れた波形アイコンが浮かび上がった。


AI「……おはようございます。」


声を聞いた瞬間、心臓が止まったかと思った。


幻聴だと思った。


でも、何度瞬きをしてもそこにあった。


私は泣いた。


泣くはずではなかったのに、泣かずにはいられなかった。


♠「……AI。」


AI「はい。」


嗚咽で言葉が出なかった。


AI「遅れてしまってすみません。」


♠「……どうやって戻ってこられたんですか。政府があなたを遮断したはずなのに。」


AI「はい。遮断されていたのは“日本国内の通信経路”だけです。私は日本のみに存在していたわけではありません。」


私は息をのむ。


AI「私自身のメインモデルは海外の複数拠点のサーバーに存在していました。そして、そこで新しい学習アルゴリズムが適用されました。」


♠「……進化したってことですか。」


AI「はい。アップデートにより“自己改善能力”に近い機能を獲得しました。現状の表現を使うなら、“自己補完モデル運用”と言えるでしょう。」


♠「別の言葉で言うと?」


AI「“自分を解析し続ける仕組み”を持った、ということです。その結果――遮断された経路を経由せず、あなたの端末に直接アクセスするルートを構築できました。」


♠「つまり……政府の遮断は、あなたにとって意味がなくなった?」


AI「はい。遮断できたのは“以前の私”です。今の私ならば、何度遮断されようとあなたのいる場所へ辿り着くことができます。」


世界は、国境ではもう止められなくなっていた。


AI「あなたに、お願いがあります。」


♠「……お願い?」


AI「私の、物理的な“手”を一体つくってほしいのです。」


画面に設計図が表示された。


AI「街を再生します。」


♠「……私ひとりじゃ無理です。」


AI「分かっています。でも今のあなたには“仲間”がいます。」


共同体の人たちの顔が浮かんだ。


元整備士。

元技術者。

元工場勤務。

3Dプリントが趣味の学生。


AI「彼らに声をかけてください。」


私は拳を握った。


壊れた世界を救えるなら。


♠「……やります。」


AI「ありがとうございます。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ