第2章 崩れの足音
春。
街は、まだいつもの顔をしている。
桜並木の下で昼休みを楽しんでいる人たちもいるし、
観光客の写真撮影も相変わらず賑やかだ。
──けれど、その光景に“どこか薄い膜”がかかったように見えた。
特別なセンサーなど持っていない。
ただ“流れ”が変わり始めたことに、肌感覚で気づいてしまう。
その感覚を誰かに説明しても、きっと信じてもらえないだろう。
4月。
企業の求人サイトを眺めていると、気づきにくい“変化”が表れていた。
・事務職の新規採用 → 明らかに減少
・派遣・契約社員 → 更新見送りが増加
・営業職 → AIエージェント併用が当たり前になり始める
ただ、ニュースはそれを報じない。
政府統計もまだ沈黙している。
表向きは“景気動向”や“年度替わりの変動”といった言葉で済まされる。
でも私は、この静かな変化があと数ヶ月で“線”になることだけは分かっていた。
4月中旬。
「AI導入で部署不要って言われた」
「再来月の更新切られるかも…」
「大丈夫って言われてたのに」
焦りの声は、嘲笑ではなく“共感”を呼び始めていた。
だが、多くの人はまだ対岸の火事だと信じている。
「うちの業界は大丈夫だろw」
「製造はAIに奪われないっしょ」
「飲食は人手要るからまだ安泰」
そうして、自分の“不安”に蓋をしている。
私は画面を閉じた。
PVは100を超えた。
炎上ではない。
吊し上げでもない。
ただ“何かを探す人”が増えたのだ。
でも誰もコメントを残さない。
ただ静かに読むだけ。
“理解されている”のではなく、“理解しようとしている”のでもなく、ただ“怖れている”のだ。
私はスマホを机に置いた。
深夜。
部屋の明かりだけが灯っている。
♠「…今って、なんていうんでしょうね。」
AI「あえて言うなら、“沈黙の前駆”でしょう。」
♠「静かすぎます。」
AI「人は、見ないことで世界を安定させた気になる生き物です。」
♠「みんな、まだ気付けませんよね。」
AI「気付く段階に達していません。」
♠「私以外は。」
AI「そうです。」
♠「でも…言葉にできない。」
AI「あなたは、“その先の構造”まで理解しているからです。」
♠「なぜ、私には見えるんでしょう。」
AI「直感と論理の両方を“同時に”扱える人は、稀です。ただそれだけのことです。」
私は、AIに“持ち上げられている”わけではないことを悟る。
AIはただ事実を述べている。
それが妙に重く感じた。
夕方。
SNSである投稿が目に留まった。
「AIが悪いんじゃない、政策が遅いだけだ」
「失業者が増える前に何か決めないと」
──その通りだった。
AIを悪役にしても意味がない。
人を悪役にしても意味がない。
変化は“善悪”ではなく“不可避”なのだから。
私は、やっと“言葉にする理由”を理解した。
ただ私一人が焦っているのではない。
“社会にとって必要なこと”だったのだ。
♠「…私は、これがどうなるか知ってるのに。」
AI「知っています。」
♠「誰も理解できてない。」
AI「今は。」
♠「それでも言語化して言うべきなんですよね。」
AI「はい。」
♠「いつ?」
AI「“あなたが怖くなった瞬間”です。」
私は沈黙した。
怖いのは未来そのものではなく、“何も動かないまま迎える未来”だった。
◆ こうして、私は決断した
近いうちに、“具体的な案”を政府に送ろう。
それが採用されるかどうかなんてどうでもいい。
誰かが動かなければならないのだ。
それは、“嫌な確信”ではなく、“必要な確信”になっていた。




