第20話 男爵様の体調不良とその対策
「少しよろしいかしら」
放課後、帰りがけにアクシィア様が声を掛けてきた。
二人でやって来たのは、学園の中庭にあるガゼボ。かつてボッチで過ごした場所だ。ここの周囲には滅多に人が来ない。今日は二人だけで話をしたいと言われた。
「貴方のお父様、どなたかに薬を盛られているかもしれないわ」
見せられた本に書かれている魔法薬は、惚れ薬の一種だ。それを飲んだ人間は、自分の大事な人と別の人間を混同してしまうというものだった。大事な人を思う感情が、別の人間に移ってしまい、大事な人に関心が無くなるという入れ替えの魔法薬だった。
この大事な人と別の人間については、年齢が近い事と同性である事が必要であるとされている。精神的に負荷を掛けることもあり、体調に支障を来すこともあるとあった。マジですか。
「解毒薬などは、あるのでしょうか」
そう、尋ねる。あって欲しい。
「解毒薬はあります。でも、この魔法薬は製造を禁止されているものです。そのため、常に解毒剤があるわけではありませんの。その度に解毒薬を作る必要があります。すなわち材料を取り寄せ精製しなければなりません。加えて、しばらく服用し続ける必要もあります。最低でも2週間は服用しなくてはなりません。ですからそれなりの値段になります」
金額を聞くと、今まで貯めていたお金では到底足りなかった。
「今すぐ、生き死にするような薬ではないと言われています。ソフィリア様の今後のことを考えると、学園を卒業された後に、服用を勧めた方が良いのではないでしょうか」
お金をどうするかを考えて少し俯いていた私に、そう提案された。えっと言うように、顔を上げると心配そうなアクシィア様がいた。
「お姉様に愛情が戻ると言うことは、あなたへの愛情が薄くなるかもしれません。そうなると、今のお姉様の状況からして、貴方の場合は学園に通うのも難しくなる可能性がでてくるかもしれません」
「そうかもしれません。でも、男爵様は私が姉の奨学金の話をしたらすぐに手続きをしてくださいました。逆になったとしてもすぐに見捨てられることはないかと思います。それに私は庶子ですし、母が再婚するまでは平民として生活してました。だから、最悪家を出されてもなんとでもなります。術もあります。それに弟が生まれました。今のままでは後継者の義姉がどうなるか判りません。あれほど努力してきたのです。本人の気持ちの問題もありますが、義姉が後継を望むなら、そうなって欲しいのです。男爵家としたって優秀な義姉が残った方が良いのではないかと思います。
それに、義姉ではありませんが学年5位までを維持できれば、奨学金がいただけます。ただ、薬代をすぐに都合が出来ない点が問題ではありますが」
話しながら考えがまとまり私は腹を決めた。そうはいっても、お金がないから今すぐどうにも出来ない。
男爵様に魔法薬を盛ったのは母だと思う。だってこんな事をして得するのは母ぐらいしか思いつかない。義姉が単に邪魔だと思ってやったのだろうか。他に意味があるだろうか。なんでこんな馬鹿な真似を。
もしかして、お家乗っ取り? とか。でも弟が生まれたし、いずれにせよ母と中の悪い私は用無しになったんじゃないかな。でも、禁止薬なんてどうやって手に入れたんだろう。色んな思いが頭の中を錯綜する。
アクシィア様も色々と考えていらっしゃるんだろうけど、何も口にはしないで見守ってくれている。
「私は将来、冒険者になろうと思っています。だからお金の工面はつけられると思います」
ここは正直に言ってしまおうと思った。男爵様の事や姉のことを考えれば、対処は早いに越したことはないはずだ。冒険者として現在鉄級になっていること、今までしてきた仕事の話などをした。
だから長期休暇を使って目一杯仕事すれば、4年生か5年生になる前ぐらいまでには、お金は何とか貯められそうだという話もした。
色々な思いが錯綜していたせいだろうか、話をしていて気がついたが私は彼女に必要以上に話をしていないだろうか? なんか手札を全部見せている感覚になってきた。
これはもしかしなくても、私を通して男爵家の内状も筒抜けになっているのでは。事業に関しては、何も知らないけどお家の事情から搦め手で何かされたら。今更気がついても、もう遅いが。あれ、どうしてこうなった。大丈夫か?
アクシィア様の表情が厳しいものになっているのに気がついた。
「ソフィ様。貴方、とてもお人好しだわ。貴族同士のやり取りでは、いくら親しくても自分の手の内を最初から全部さらけ出してはいけないわ」
はい。その通りだと思います。反省しています。
「貴族でいるのはこの学園を卒業するまでと考えています。長期休暇で冒険者として働き、必要な額のお金を用意します。アクシィア様、申しわけありませんが、その時になったら薬を調合して売っていただけませんか。お願いします」
「あら、それだったらもっと簡単に事は済みます」
ふふっと笑んだアクシィア様が提案してくる。
「貴方自身が薬草など必要な材料を集めて、調薬だけをこちらに依頼すればよろしいのよ」
確かに、特別な薬は依頼があって初めて作るものだ。そうか、薬草を自分で採取してその分を安くする。気がつかなかった、その手があったか。
「調薬に必要なものはリストアップしておくわ。栽培などで入手が簡単なものもあるけれど、この薬はそれ以外のものが多いのです。ですから、そういったものを一つでも多く集めてもらえれば、その分安くなります。量が多い分には買い取りも可能。採取地に関しては、情報がありますからそれもリストと一緒にお渡ししますわ。薬草に関しては品質管理の問題がありますので、採取したら早めに渡してくださるかしら。こちらの方で、処方しましょう」
そうしてリストアップされた必要なものは、王都の周囲だけでは集まりそうになかった。
「多くの物は、家の領内で採取可能です」
その結果、次の春季休暇は冒険者としての仕事を減らし、王都周辺の森で採取できる薬草を採るようにした。薬に無関係な薬草は、薬師ギルドに売りに行ったりしたけどね。




