第1話
その人と出会ったのは、再就職を希望している会社での面接の日だった。手応えを感じながら挨拶をし、退出しようとした時、ドアがいきなり向こう側から開いた。現れたのは、私より頭ひとつ以上大きい立派な男性。甘さと硬派な感じがいい具合にミックスされた、滅多にお目にかかれないレベルのハンサム。切れがいいのに柔らかな物腰、仕立てのいいスーツ。どこから見ても洗練されている。
「ほぅ……」
頭のてっぺんから足の爪先まで、っていう感じで見られてる。何だろう、金縛りにあったみたいに動けない。
「採用だ」
え?
「構わないだろう?」
「あ、はい。こちらとしてはほぼ確定しておりまして、規定の五日を置いてお返事するだけの段階でしたので」
「ふむ、現在は求職中、と。ならば問題ないな。今日から俺についてもらう」
はっ!?
「しゃ、社長!」
社長! この人が!? そうだ、会社概要で見た顔写真、この人のだ! でもあれはもっと印象が何ていうか大人しめで、目の前の人と一致しない。何か、物凄くキラキラしてるんですけど!
「行くぞ」
「榛名さん、社長のおっしゃる通りにして。書類は整えておくからまた後でね。おめでとう! よろしくね」
「あ、はいっ」
面接担当の日下さんは、見事な流れで私にお祝いの言葉まで述べてくれて。早く行きな、と促してくれた。私は鞄をひっつかみ、颯爽と廊下を行く社長の背中を追った。
「嫌いなものはあるか。アレルギーは」
食べ物……のことだよね?
「いえ、特には」
「ふむ。酒は飲めるか?」
「そんなに強くはありませんけど」
「そのぐらいでいいさ。形になればいい」
形? 相手が社長だと思うと緊張して、聞き返すのも失礼な気がする。
「疑問があれば聞いてくれ。時間が惜しい」
「あ、あの、もしかしてパーティーか何か……ですか」
彼はそこで初めて、歩を緩めて私を見た。
「察しがいいな」
ニヤッと笑う。え、かっこいい。顔がかっこよくて背も高いけど、何ていうか、いたずらっ子みたいで。
「ここだ。急げ」
「え? あ、きゃっ……」
「はい、あなたはこっち。社長、お時間十五分いただけまして?」
セクシーな声の美人に腕を掴まれ、部屋に引っ張り込まれる。
「十分で頼む」
「まあ。女性の支度は大変なんですのよ。ねぇ?」
「はぁ」
私は呆然と、閉じたドアを見つめた。その女性は、私の髪を梳き、ジャケットを脱がし始めた。
「じ、自分で脱げますからっ」
「あら。『何するんですか』って言うかと思ったわ。彼から聞いた?」
「いえ、何も……ただ、このスーツでパーティー会場っていうわけにはいかないんだろうな、って」
「そこまで分かれば十分よ。エスコートは完璧だから安心して。いい男なのは保証するわ。ああ、誤解しないで。幼馴染みの腐れ縁っていうだけだから。……ん、いいわねぇ、あなた。とっても健やかな感じがする」
話しながら私をドレスアップさせていくのは、まるで魔法みたいだった。メイクも、就職活動用のものからパーティー仕様に、ちょっと弄るだけで変えてくれた。うん、と満足げに彼女が頷いた時、携帯が鳴った。彼女のだ。
「社長だわ。『まだか』ですって。駄々っ子ね、まったく」
あの人を駄々っ子って……すごい。
「バッグはこれね。靴もサイズぴったり。楽しんでいらっしゃい!」
「あ、あのっ」
「ん?」
「私、榛名瑞月って言います。あなたは……」
美しい唇が弧を描いた。
「渡辺凛子。長いお付き合いになると思うわ。よろしくね、瑞月ちゃん」
「よろしくお願いします!」
「はい、行った行った! 斜め向かいのエレベーターから降りてね。駐車場の彼のスペースに直結してるから。あと一分よ」
「はいっ」