オカルト部
放課後、俺が教室を出ようとしたところで目の前に腕が突き出され行く手を阻んできた。
なんとなく誰がやったのか理解しながらも視線を横に向ければ、そこには案の定夢咲の顔がある。
「霧橋君、昨日言ったオカルト部の件なんだけど、さっそく今から見学してみない?」
「オカルト部……ああ、そういや確かに他の部員がいなくて困ってるとか言ってたな。なんだ? あれ、俺に探りを入れるための方便じゃなかったのか?」
「それはまあ、そういう側面も無きにしも非ずだけど。一緒に部活がしてみたいってのも本当だよ。私と同じことができる人なんて霧橋君以外に見たことないし、二人でならいろいろ楽しそうじゃん」
昼休みにも俺たちの祝福が全く同じものか試してみようとか言っていたし、夢咲にはいろいろと俺を巻き込んでやりたいことがある様子だけれど。
俺の方は彼女ほど熱心に祝福の力を試してみたいとは思っていない。
というか、そもそもの疑問として夢咲はなぜこんなにも祝福を持った人間と絡みたがるのだろう。
俺からすれば命令のできない相手なんて変に気を使うせいで二人きりでいるのは疲れるし、昨日のように何かしら用事があるならともかく普段は適度に距離を置いた方がお互い楽だと思うのだけど。
この辺りの感覚は祝福を自覚する前も友達の多い方じゃなかった俺と夢咲では根本的に異なるのだろうか。
「話に割り込むようで悪いんだけど、そこ通してもらえないかな」
俺が一人考えこんでいると、不意に背後から声が聞こえてきた。
反応して振り返れば、そこには少しだけ困った様子で立ち往生している柔和な雰囲気の男子がいる。
確か、三谷だったか。
特に接点があるわけではないが、身体測定のとき保健委員だからと何やら仕事を任されているのを見たので彼のことは多少印象に残っている。
「悪い。すぐどく」
流石にクラスメイトの通行をじゃまする気はないらしく、夢咲は俺が返事をしている間にあっさり腕を引っ込めると歩き出した俺と共にそのまま教室の外へ出た。
「話の続きだけど、昨日も言った通り俺は部活に入る気なんてないし部員が欲しいなら他を当たれ」
「私が入って欲しいのは他の誰かじゃなく霧橋君なんだけど……って、どうかしたの? 三谷君」
廊下の壁際に二人並んで話している際中に夢咲が目線をずらしたので俺も釣られて後を追うと、何やら不思議そうにこちらを見つめている三谷と目が合った。
わざわざ俺たちにどくよう言ったのだから、てっきり部活へ向かうなり家へ帰るなりして早々にこの場を立ち去ったと思っていたのだけれど。
まだ、何か用があるのだろうか。
「え、ああ、別に大したことじゃないんだけど。前に僕がオカルト部に入りたいと言ったときには振られちゃったから、霧橋君のことを勧誘してるのが意外で」
夢咲ならわざわざ俺を勧誘せずとも他に部員を見つけられるだろうとは思っていたけれど。
今の台詞が確かなら実際に三谷はオカルト部へ入ろうとしていたらしく、部員が夢咲一人しかいないのは部員が見つからないからではなく何かしら理由があって夢咲が入部を拒んでいるかららしい。
どういうことなのか確かめようと視線を夢咲の方へ戻すと、彼女は俺の視線に気づくことなく三谷を見つめたまま愛想よく微笑んだ。
「ごめんね。別に三谷君が悪いわけじゃないんだけど、オカルト部のことにあなたは関係ないの。だから、余計な詮索はせずこのまま帰ってね」
夢咲の台詞を聞き終わるや否や、三谷は即座に体の向きを変え俺たちに背を向けると何も言わぬまま廊下を歩き始めた。
些か、強引に思える会話の終わらせ方ではあるけれど。
他の人間ならいざ知らず、夢咲ならばこういうこともできて当然ではあるだろう。
「夢咲」
「うん。霧橋君の想像通りだと思うよ」
同じ恭順の祝福を持っていても他人がそれを行使したかまではわからないので一応声をかけてみると、夢咲は去っていく三谷の背を見つめたまま肯定の返事を口にした。
別に、祝福を使ったことそれ自体はどうでもいいのだけれど。
特に三谷のことを嫌っている風でもないのにここまで取り付く島もない態度を見せる夢咲の姿は俺が彼女に抱いていたイメージとは異なっていて、少しだけ興味が湧いた。
「お前、意外と強引なこともするんだな」
「まあね。でも、面白いことに霧橋君には強引なやり方が通用しないから。こうしてお願いすることしかできないんだけど」
「面白い?」
あまり前後の話と噛み合っていない単語が聞こえてきたせいで思わず聞き返してしまったけれど、夢咲はそんなオウム返しの台詞さえ面白いと言うかのように笑みを零すと一歩こちらへ詰め寄ってきた。
「面白いよ。他人が自分の言う通りにならないなんて、霧橋君もほとんど経験ないんじゃない?」
「否定はしないけど。そういうの、面白いじゃなく面倒って言うんじゃないか」
「なら、その面倒を楽しもうよ。普段は一人でさっさと帰っちゃう霧橋君がこうしてお喋りに付き合ってくれてるのだって、私が言いなりにならない面倒な相手だからでしょ?」
確かに、もしも夢咲に俺の命令が通用するのなら昨日の放課後の時点で無理やり会話を打ち切って家に帰らせていたはずだし、今ここで顔を突き合わせることもなかったのだろう。
その事実を面白いと呼ぶかは意見のわかれるところだけれど。
このまま家に帰って一人で暇しているくらいならもう少しくらい夢咲に付き合ってもいいかもしれない。
なんて、柄にもないことを考え始めているのは夢咲の言う通り彼女が俺にとってモリ―以来となる面倒な相手だからだ。
「まあ、お前の言うことにも一理あるか」
「決まりだね」
まだオカルト部の見学に付き合うとまでは言っていないはずだけれど。
夢咲は俺に背を向け、ついてくるのを疑う様子もなくリノリウムの廊下を歩き始めた。
このまま夢咲の背を追わず家に帰ってしまうおうか。
一瞬、そんな考えも脳裏をよぎったけれど。
結局俺は彼女から数秒遅れて歩き出すと、目の前で揺れるくすんだ水色の髪を追っていつもの放課後とは違う道を行くことにした。
◇
夢咲に先導されてたどり着いたのは理科室や音楽室といった特殊教室の入っている西棟三階にある一室で、中には椅子と長机の他には大して備品らしいものも置かれていない。
「とりあえず聞いときたいんだけど、なんで三谷の入部を断ったんだ? 別に、あいつのことが嫌いとかそういうんじゃないんだろ」
鞄を置き椅子に座ってから気になっていることを尋ねると、夢咲は小さく頷いてから僅かに目を細めた。
「もちろん、三谷君には含むところなんて何もないよ。ただ、私がオカルト部を創ったのは普通に部活動をするためじゃないから。入部希望者には全員、祝福を使って入るのを諦めてもらってたの」
「じゃあ、お前は何のためにオカルト部を創ったんだ? 誰も入れる気がないなら、わざわざ部活なんて創る意味ないだろ」
「ううん、あるよ」
迷いのない口調で断言する夢咲は一度言葉を区切ると視線を下に向け、笑っているようにも呆れているようにも見える曖昧な表情を浮かべた。
「オカルト部は目印だから」
「目印? 何のだ?」
「それはもちろん、私はここにいるよって示すための目印。入部する気満々だった生徒が私の一声であっさり入部を諦めるなんて、いかにも不自然でしょ? だから、いつか私と同じことができる人の目に留まることもあるかなと思って」
夢咲の顔に浮かぶ曖昧な表情の意味はいまいち推し量れないけれど。
言いたいことは何となくわかった。
夢咲と同じことができる人、つまりは祝福を宿した人間が彼女の言いなりになる生徒たちを見れば確かに彼女は自分と同じ力を持っているのかもしれないと考えるだろう。
或いは、去年の俺が先ほど夢咲と三谷の間で繰り広げられたものと類似のやり取りを見ていたのなら、俺たちが互いに祝福を宿していることを知るのはもっと早くなっていたかもしれない。
だが、それはあくまで俺がオカルト部の存在に気づいていればの話だ。
「それ、あまりにも迂遠過ぎないか。俺なんかがその典型だけど、部活に興味ないやつとか自分の入ってる部以外はどうでもいいってタイプだとオカルト部の存在自体知らないパターンもあるだろ。どうせ祝福を宿してない人間相手なら命令でどうとでもごまかせるんだし、全校集会でマイクを奪ってその場にいる生徒全員に命令するくらいやった方が効率的に祝福を宿した人間を探せると思うんだが」
俺が思いついた指摘をそのまま口にすると、夢咲は目を伏せ自嘲するように乾いた笑い声を零した。
「そうかもね。でも、霧橋君が言うようなやり方をしたら、少なくともこの学校に私と同じことができる人がいるかははっきりしちゃうでしょ」
「しちゃ悪いのか?」
「悪くはないけど。世の中、曖昧なままにしておいた方が希望を持てることもあると思わない?」
それはつまり、本心では自分と同じことのできる人間なんていないと思っていたんじゃないか。
喉元まで出かかった言葉は寸前で飲み込み、代わりにただ息だけを吐き出しておく。
俺だって自分以外に祝福を持った人間がいるなんてことは考えてもいなかったし、仮に夢咲が逃避にも似た後ろ向きなら理由からオカルト部を創部したのだとしても俺がとやかく言う筋合いではないだろう。
「まあ、お前が三谷をオカルト部に入れたがらなかった理由は何となくわかった。それで? 結局、お前は祝福を宿した人間を引き入れて何がしたいんだ?」
俺の問を受け暫し考え込んでから、夢咲は一つずつ言葉を選ぶかのようにゆっくりと口を開いた。
「うーん、具体的に何って言われると難しいんだけど。敢えて言うなら、私の中にある祝福を共有すること……になるのかな?」
「何だそれ。共有するだけなら、部活なんか入らなくても俺はお前の祝福を知ってるぞ」
「はは、だよね。ごめん。こういうのって、自分じゃ上手く言えないや」
曖昧な答えを口にする夢咲の態度は嘘をついているわけでもなさそうで、俺とは正反対に見える彼女でも上手く言葉を見つけられないことがあるらしい。
なんて、こんなことを思うのは少々意地が悪いだろうか。