表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/3

不思議生物

 ふわふわと宙に漂いながらこちらを見やる不思議生物を相手に、俺は迷うことなく右手を伸ばすとやつの首根っこを掴まえた。


「モリ―! どういうことだ。俺以外にも恭順の祝福を持ってる人間がいるなんて話、聞いてないぞ」

「朔彦以外に恭順の祝福を持った子が? へえ、それはすごいね」 

「すごいね、じゃないが。お前、その言い方だとあいつのこと把握してなかったんだろ」


 首根っこを掴まれているのを気にした様子もなく呑気に喋っている不思議生物、もといモリ―は予想通りに夢咲のことを知らなかったらしく俺が詰め寄っても返ってくる反応はいまいち要領を得ない。


「やれやれ。今日はいつにも増して余裕がないね。確かに、僕も君が会ったという子のことは把握していなかったけれど。直近だと三百年前に朔彦と同じ祝福を宿した子がいたという話はしたことがあるじゃないか。今さら、驚くようなことかい?」

「長く生き過ぎて時間感覚バグってるお前と一緒にするな。三百年に一人とか言われたら、普通は同じ時代の同じ学校に同類がいるなんて思わないっての」


 いろいろとズレた反応をするモリ―になおも言い募ろうとしたところで、やつは急に俺の手の中からするりと抜け出しある一点へじっと視線を注ぎ始めた。

 つられて俺も視線を移動させると、何もなかったその場所に突如としてくすんだ青髪の少女が現れ足元にあった花びらが宙を舞った。


 自分で招き入れておいてなんだが、妙な感じだ。


 家の中に家族以外の人間がいるみたい、なんて言うとモリ―のことを身内と認めているようで癪だけれど。

 見慣れた花畑に見慣れない少女の姿があるのはどうにも落ち着かなくて、無性に俺の心をざわつかせる。


「初めまして。僕はモリ―。歓迎するよ、僕の与えた祝福を継ぐ最も新しい子」


 山の中とはうって変わってカラフルな光景が広がる花畑に佇み目を白黒させていた夢咲はかけられた声に反応して肩を跳ねさせると、モリ―と俺の間で視線を漂わせ困惑気味の表情を浮かべた。


「何? これ。霧橋君の腹話術……じゃあないよね?」

「違うよ。君たち人間と大きく異なる生態なのは確かだけれど。僕はぬいぐるみでもロボットでもなく、れっきとした生物だとも」

「……また喋った」


 当然といえば当然だが、夢咲は犬とも狐ともつかない見た目の不思議生物が人語を操っている事実に驚いているらしく、声は教室で聞いたときに比べると些か頼りない。

 

「気持ちはわかるが、こう見えてそいつは俺たちの先祖に力を与えた神様的存在らしいぞ」


 未だ混乱が抜けきらぬ様子の夢咲へ端的にモリ―がどういう存在かを説明すると、彼女は何度か目を瞬かせてから顔に刻まれた困惑をより一層深くした。


「神様って、教会とかで祈るあの神様?」

「いいや、違うよ。確かに、かつては僕を神として祀る社が建っていたこともあるけれど。さっきも言った通り僕はあくまで一種の生物であり、全知全能の創造主というわけじゃない。崇拝の対象になっていたのは、僕の持つ生物としての能力が君ら人間の目には人智を超えた特別なものとして映ったからに過ぎない」


 俺が答えるよりも早く無駄に丁寧で長ったらしい説明を口にしてから、モリ―は宙を舞う綿毛のような頼りない動きで夢咲に近づき彼女の首筋やわき腹に顔を近づけては小刻みに鼻を動かし始めた。

 夢咲はそんなモリ―の行動を見て幾らか表情を硬くしたものの、何かを確かめるのに夢中なモリ―がそれを気にする様子はない。


「懐かしい匂いだ。やっぱり、君も朔彦と同じで六花(りっか)の血が濃く現れているみたいだね」


 なんの脈絡もなく匂いを嗅いでくること自体は俺がこいつに初めて会ったときと同じなので、さして驚くこともないけれど。

 どことなく機嫌のよさそうなモリ―が口にした台詞の中には俺にも聞き覚えのない名前がある。


「六花? 誰だそれ」

「ああ、そういえば朔彦にも名前までは伝えたことがなかったね。六花は唯一、僕が直接祝福を授けた子だよ。もう、千年以上も前になるかな」


 祝福の力は何世代も離れた先祖から遺伝することがあり、俺の力も元は遠い先祖の持っていたものが世代を超え受け継がれてきたのだ。

 と、そんな具合の話を以前モリ―から聞いたことはあるけれど。

 どうやら、今名前の出てきた六花とかいう人物が俺とここにいるもう一人、夢咲へと祝福の力を遺した先祖ということになるらしい。


 時代が離れ過ぎていてもはや俺にとっては赤の他人も同然だが、モリ―の話しぶりは遠い歴史上の人物について語っているというよりは親しい友人について話すような気安いものだ。

 この辺りについては本当に、良くも悪くも人間とは違うスケールで生きているやつなのだと実感する。


「ねえ、さっきから私だけ置いてけぼりにされてる気がするんだけど。話の流れからして、その祝福っていうのが私や霧橋君の持ってる言葉で人を従える力なの?」

「ああ、ごめんよ。別に君を仲間外れにするつもりはなかったんだけど。うん、そうだね。概ね君の理解で間違いないよ」


 別にモリ―やこの空間のことを全て飲み込めたというわけではないのだろうけど。

 俺が同じ祝福を持っていると見抜いていただけあって超常的な現象に対する夢咲の適応力は高いらしく、モリ―に対する彼女の反応は徐々に自然なものへと変わり会話にも淀みがなくなってきている。


「ということは、私のこの力は遠い昔のご先祖様から引き継いだもので、そのご先祖様に力を与えたのがあなたってことになるわけだけど……ねえ、あなたって本当に何者?」

「何者というのなら、ただモリ―と呼ぶのが最も端的に僕という個を表しているのだけれど。君が聞きたいのはそういうことではないのだろうし、そうだな。敢えて言うなら、君ら人間と違って精神を肉体に押し込めることなく活動している超長命種、というのが適当かな」


 相変わらずの持って回った表現を咀嚼しきれていないのか、夢咲は視線を宙に這わせいろいろと考え込んでいるけれど。

 モリ―の話は俺たち人間の感覚とズレた部分も少なからずあるので、いちいち全てを理解しようとしていたらきりがない。


「要は神様とか妖怪とか、そういう人間とは寿命のスケールが違う超常的な存在だって話だろ。見た目も合わせて考えれば、魔法少女もののアニメに出てくるファンタジー世界から来た妖精みたいなもんだ」


 我ながら少しばかり強引な例え方をしている自覚はあるけれど。

 精神体、いわゆる魂だけで活動している肉体的な限界に縛られない生物、とかなんとか言われるよりはこちらの方が幾らか理解も容易いだろう。

 少なくとも、俺は初対面のこいつに長ったらしく生態の話を説明されたときには些か辟易したし、最終的には諸々の面倒くさい要素を無視してモリ―の存在をファンシーな見た目の不思議生物と結論付けた。


「妖精……まあ、言われてみればそんな感じかも」


 俺の説明に夢咲が一応の納得を示すと、モリ―は仕方なそうにゆるゆると首を横に振った。


「やれやれ。まずは僕の存在を受け入れてもらうのが第一だし、それが君たちなりの理解しやすい解釈だというのなら否定はしないけれど。かつて僕を神だと言って信仰していた子といい、人間は相手を既存の型に当てはめるのが好きだね」

「そう言われるとレッテル張りしてるみたいで気が引けるけど。知らないものを理解するには、知っている言葉で説明するしかないんだよ」

「なるほど。道理だね」


 元々、自分がどのように形容されるのかについて拘泥するつもりのないモリ―はそこで言葉を区切ってから、夢咲の目線と同じ高さまで浮かび上がりゆっくりと口を開いた。


「さて、自己紹介も済んだところで聞かせてもらいたいんだけど、君の名前は?」


 名を問われた夢咲は一瞬だけ躊躇うような仕草を見せてから小さく息を吐き、その後で教室で見せていたのと同じ恐れのない表情を浮かべた。


「私の名前は夢咲七歌。正直、まだわかんないことだらけだけど、こうして私の力……祝福の話ができるのはちょっとわくわくするし、これからよろしくね、モリ―」


 笑顔で告げた言葉が本心なのか、或いは予想外の事態に直面した彼女が精一杯の強がりを口にしただけのか。

 命令で本心を聞き出すことができない以上は確かめる術もないけれど。


 学校指定の制服を着たクラスメイトの顔は、宙に浮く不思議生物や山の中にあるはずのないカラフルな花畑よりもずっと強く俺に何かが変わることを予感させた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ