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同じ力

「まさか。俺の命令に逆らってるのか?」


 二人きりの教室で向かい合う夢咲は半ば無意識に口をついて出た言葉を肯定するかのように笑みを深め、勢いよく俺の右手を掴むと両手で包み込んでからぶんぶんと上下に振り始めた。


「やっぱり! 今の、本当なら私が霧橋君の言う通りに帰るはずだったんでしょ!」


 夢咲が興奮気味に捲し立ててきた言葉を聞いて、自分の表情が強張るのを止めることができなかった。


 誰も俺の命令には逆らえない。

 それが俺の持つ恭順の祝福の力であり、例外となり得る人間なんてこれまでただの一人もいなかった。


 だが、今の夢咲は明らかに俺の命令に逆らっている。

 彼女には、祝福の力が効いていないのだ。


「なん、で」


 可能な限り動揺を押し殺してなんとか発した疑問の声は、自分でも驚くほどに掠れて聞き取りづらいものだった。


「さあ? なんでだと思う?」


 もったいぶった物言いは余裕のない心をざらつかせるが、この話しぶりから察するに夢咲は俺が持つ祝福の力とそれが効かなかった理由を知っている可能性が高い。

 

 夢咲の言い方に倣うなら、今の彼女は俺が恐れるべき相手だ。

 いつものように迂闊な真似をするわけにはいかない。


「私が思うにね、言葉で人を従わせる力は自分と同じ力を持ってる相手には効果がないんだよ。だから、私は今もまだ家に帰らずここにいる」


 考えこみ答えを出せないでいる俺に対し、夢咲はいたずらを目論む子供のような笑みを浮かべながら予想だにしなかった台詞を口にした。


「待て。お前のその言い方だと、まるで……」

「私が霧橋君と同じ力を持ってるみたい?」


 俺の言いたかったことをそのままずばり言い当てられて、なんと言っていいのかわからなくなる。


 俺の命令に逆らった以上、夢咲にはそれを可能にする何かがあるのは間違いない。

 俺と同じ力、つまりは恭順の祝福がその何かの正体だという夢咲の話は、現状だと正しいとも間違っているとも断言できない。


「霧橋君はさ、私の落とした消しゴムを拾ってくれなかったよね」

「消しゴム?」


 一瞬、まるで関係のない話をされたような気がして困惑してしまったけれど。

 笑みの中に抑えきれない興奮が混じった夢咲の表情を見て、すぐにそれが勘違いなのだと理解する。


「昨日の昼休みに私が消しゴムを落としちゃったとき、たまたま霧橋君がそばを通ったの覚えてない?」


 言われて、昨日の昼休みにあった出来事を思い出す。

 

 確か、あのときはトイレから戻ってきた俺が自分の席へ向かう途中に夢咲が消しゴムを落としたのだ。

 床に落ちた消しゴムは夢咲の席からは立って移動しないと取れない位置まで転がっていったので、夢咲は特定の誰かの名前は出さずただ拾ってくれないかというようなことを言っていた。

 位置的に俺が近かったのは間違いないし、もしかしたら自分に向かって言っているのかもしれないとは思ったけれど。

 夢咲に苦手意識のあった俺は拾うのを躊躇い、その間に近くにいた別の男子が消しゴムを拾って夢咲へ渡していた。


 別に、なんてことのない学校生活の一幕だったはずだけど。


 今この状況でなら、別の可能性も見えてくる。


 もしも、あのときの夢咲が祝福の力を使った命令として消しゴムを拾うように言っていたのなら、それを言われた人間は一も二もなく消しゴムを拾わなければおかしいのだ。

 祝福の力を使った命令は一々対象の名前を出さずとも成立する。

 夢咲が本当に祝福の力を有しているのだとすれば、あのとき彼女が口にした言葉は命令でありその相手は俺だったという仮定も無理なく成り立つ。


 そして、祝福の力を持つ夢咲が自分の命令に従わなかった俺の姿を目の当たりにしたのだとすれば、俺に何かしら特別な力があるのではないかと疑い探りを入れてきたとしてもおかしくはないだろう。


「……お前の言うことを信じるにあたって、一つ条件がある」

「いいよ。何?」

「お前が実際に力を使うところを俺に見せろ。もし、それでお前の話が本当だと判断できたなら、俺の力についても隠さず話してやる」


 正直、恭順の祝福について馬鹿正直に話すような真似はしたくないけれど。

 夢咲は既に無視できないほど正確に俺の力のことを知っている。

 結局、俺に選べたのは夢咲の話を受け入れたも同然の妥協案だけだった。


 腹立たしいことに、夢咲はそんな俺を見て余裕たっぷりの顔で笑っている。


「わかった。今ならまだ学校に残ってる人も多いだろうし、さっそく行こっか」


 

 ◇



「山崎先生、いきなりで申し訳ないんですけど変顔をお願いします」


 たまたま廊下を歩いている山崎先生を見つけた夢咲が普段なら絶対に従わないであろう命令を口にすると、先生は文句の一つも言わずに両手で顔を捏ね正気であれば絶対にしない間抜けな変顔を浮かべた。


 振り返った夢咲がドヤ顔でこちらを見てきたので、認めがたい気持ちを抑えて頷きを返しておく。 


「わかった。信じる」


 一瞬、山崎先生が夢咲とグルで事前に打ち合わせをしていたという可能性も脳裏をよぎったけれど。

 山崎先生は生徒に対して厳しいことで有名であり、こんな悪ふざけに手を貸すとは到底思えない。


 夢咲が俺と同じ恭順の祝福を有しているという話は、たぶん本当だ。


「じゃあ、霧橋君とはいろいろお話したいんだけど。ここじゃなんだし、場所を変えよっか」

「……それなら、俺に相応しい場所の心当たりがある」


 提案が意外だったのか、夢咲は不思議そうにしているけれど。

 俺がこれから向かおうとしている場所について口で正確な説明をするのは難しい。


 なにせ、そこは俺に祝福についての知識を与えた存在が座す、この世の果てのような場所なのだ。

 地図にすら載っていないその空間について上手く説明する自信は俺にはまるでない。



 ◇



 俺が毎日登下校に使っている道を脇に逸れ少しばかり歩いた場所には祖父が所有する小さな山があり、その麓から頂上にかけては小ぢんまりとした登山道が敷かれている。


 祖父がほとんど一人で管理している割には綺麗なその道を夢咲と共に歩いていると、道の脇にぽつんと立っている犬とも狐ともつかない珍妙な動物の像が見えてきた。


「夢咲、あそこにある像が見えるか?」

「像って、あのゆるキャラみたいなやつ?」


 ゆるキャラというほど可愛らしいかは議論の余地があるけれど。

 道の脇にある像がリアル路線よりはデフォルメ路線に振っているのは間違いない。

 どうやら、彼女にも俺と同じものが見えているようだ。


 幼い頃、ここで像を見つけた俺が祖父母や両親を連れてきて何度像があると叫んでも、みな困惑した表情を浮かべるだけで像の姿は見えていないようだったので、夢咲でもダメかもしれないと少し心配したけれど。


 この分だと、杞憂だったらしい。


「俺の案内したい場所ってのは、あれに触れた先にある」

「触れた先? 何? あの像って隠し階段の入り口だったりするの?」

「いや、もっとぶっ飛んだものの入り口だ」


 理解させるつもりで言っていないので当然だが、夢咲は怪訝そうな表情を浮かべておりその立ち姿からは僅かに警戒の色を感じる。


「ねえ、本当に大丈夫なの? いきなり山の中に連れ込まれたのもそうだけど、流石に心配になってきたんだけど」

「不安なら帰っていいぞ。元から、お前に無理強いするつもりはない」

「むう、そう言われると帰ったら負けな気がする」

「別に勝負はしてないが。まあ、もしついてくる気があるなら俺が触れた後でいいから、お前もあれに触れろ」


 このまま言い合っていても埒が明かないので、夢咲に手本を示す意味も込めて像の頭に右手を置く。


 ひんやりとした石の感触は一瞬で、俺の視界はすぐに眩い光によって包まれた。

 時間にすれば二秒か三秒だろうか。

 光が収まった後には周囲に伸びていた木々や道として整えられた地面はすっかり消え失せ、視界一面に花畑が広がっている。


「やあ。久しぶりだね、朔彦」


 背後から、俺の名を呼ぶ穏やかな声が聞こえてくる。


 既に聞き慣れてしまったその声に反応して振り向けば、そこには色とりどりの美しい花を踏むことなく宙に浮かんでいる犬とも狐ともつかないゆるキャラのような見た目の不思議生物がいる。


 小型犬程度の大きさしかないそいつは見た目だけなら吹けば飛ぶか弱い存在にしか見えないけれど。

 俺はこいつの正体がそんな可愛らしいものではないことを知っている。


 なにせ、俺が祝福の力を持つ遠因を作り、かつての俺に恭順の祝福という名を教えたのは目の前にいるこの不思議生物なのだ。

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