FILM.8 友人
学校が本格的に始まった。クラスの雰囲気は2日目とは思えない。笑い声と話し声で廊下が色付いていた。
「おはよう、茉由」
「おはよう、大丈夫?疲れてるの?」
「大丈夫、大丈夫」
「茉由は元気そうだね」
「うん!なんか新学期って清々しく感じるじゃん」
そう楽しそうに言ってきた。
「おはよう、上田くん」
「おはよう、市川」
私が教室に来たとき、すでに上田くんがいた。友だちと話しながら、何か紙に書いているようだった。
「なぁ、市川。ちょっとこれ見て」
「何?」
私は彼が手渡してきた紙を見た。
「え、これ何?」
「犬です」
この紙の絵は上田くんが描いたのだろう。
「え、犬?!」
茉由も上田くんの描いた独特な犬に興味津々だった。
「どう、これ?俺としては、結構上手く描けたと思ったんだけど」
「えっとー……」
「まあ、可愛いよね?」
茉由の優しさが出てきた。
「可愛いは可愛いけど……」
犬には見えない。よく言えば、せいぜい鵺だろう。包まず言えば、新種の化け物だ。
「正直に言ってくれていいから」
「じゃあ、下手」
「うわ、ストレート」
私は素直に伝えた。
「ねえ、どうやったら絵を描けるようになるの?」
「それは、練習する!!」
「練習は分かったから、他には?」
上達には練習しかないと言いたくなってしまったが、ふと思った。
「観察すること……かな」
「観察?」
「うん、細かいところまで観察をする」
物はどのような形をしているのか、別の角度から見るとどのように見えるのか。人間ならば、その人がどんな体型をしているのか、どのように筋肉が付いているのかなど、観察をすれば絵に反映することが出来る。
「あとは、構図とか?」
「そうだね、構図は大事だよ」
構図、要するにその絵をどのような角度から描くのか。その構図が見てくれた人たちに作品の印象を残そうとしてくれる。惹き付けてくれる。言ってしまえば、絵は手で作る写真だ。平面で描いてしまうと、作品としては面白くない。
「アングルなー、それは分かるわ、俺も大事にしてたから」
どこか違和感のある彼の返事。それに思わず問わずにはいられなかった。
「上田くんって、何かやってたの?」
「俺?まあ、でも今はやってないよ」
気づいた頃には遅かった。聞く前に気付くべきだった。
アングル
この言葉を一瞬見逃してしまった。「角度」のことをこのように言うのはあれしか無いだろう。そんなことを考えている私の隣で茉由はしっかりと聞いていた。
「え、何をやってたの?」
「カメラ。写真とか撮ってた。けど、今は別のことをやってる」
片村くんの話を思い出した。当時、写真部に体験入部をしたのは片村くんとその友人の2人。けれど、最終的には片村くんだけが入部している。話してくれたとき、他には片村くんは何を言っていたのか。その友人の名前は言っていたのか。全く思い出せない。茉由と上田くんは必死に思い出そうとしている私を置いて楽しそうに話し続けている。
「そういえばさ、写真部無くなったらしいよね。廃部になったって聞いたけど」
「らしいね。俺も、詳しいことは分からない」
「え、上田くんって、写真部入ってなかったの?前はやってたんじゃ……?」
「俺は、ただ撮ってただけだよ。体験入部はしたけど、やっぱり、呪われるかもしれないって思ったら、なんかそういう気にならなくて……」
やはり、彼は私の周りにいるもう1人のカメラ好きだった。