FILM.6 桜と羨望
新学期、空を見上げれば桃色が広がっていた。今年も美しい桜が咲いた。新しいクラスは不安だが、これからも変わらず絵を描いていくつもりだ。ふと目を向けた先には、友だちと楽しそうに笑いながら話している片村くんがいた。今日は、よく彼の笑顔が眩しく見える。でも見つけると少し嬉しかったりする。
私は4組だった。名簿を見ると、片村くんは1組。名前をすぐに見つけることが出来た。教室には初めて見る顔も多い。黒板に貼られていた座席表に目を通し自分の席に座った。でも去年とは雰囲気が違う。2年生になれば、新クラスでも騒がしい。
「莉桜ー!!今年もよろしく!!」
「こちらこそ、よろしくね」
彼女は原田茉由。彼女とは中学3年生の時に知り合い高校も同じになった。初めて会った時、お絵描きという共通の趣味から仲良くなった。去年も同じクラスで1番仲良くしていた。彼女は高校生になっても美術部に入っている。
「ねえ、今年も部活はやらないの?」
「……うん、いいかな。私は今のやり方が自分に合ってるから」
「そっかー……。でも、私、待ってるからね。莉桜のこと」
「それは無いなー」
「えー」
私の言葉に彼女は口を尖らせた。
「莉桜はさ、部活……怖いんだっけ?」
「……うん、まあ」
「え、あの時そう言ってなかったっけ?」
「それはそう」
私はいつ頃だったか、茉由に部活をやらない理由を話したことがある。
「茉由は怖いって思ったことはないの?」
「分からなくもないけど、私はそれ以上に描いてることが楽しいからなー……」
「そっか……」
私と逆だな。
「羨ましいよ、茉由が」
「え、何で?」
「楽しそうだから」
「楽しそうって、そっちだって絵を描いてるときは楽しそうだよ。中学の時とかさ、美術部で一緒にたくさん描いてたじゃん」
「私と一緒にしちゃダメだよ」
茉由を見ると、こんなにも中途半端な気持ちで日々スケッチブックを開く私が本当に情けなく思う。
「私、莉桜の描く絵好きだよ。だから、自信持って!!」
「それが出来ればいいんだけどね」
「莉桜なら出来る!!」
私は茉由に憧れている。自分も茉由のように心から「楽しい」と思って描きたい。それでも、心では思ってしまう。「また、自分は絵を嫌いになるのではないか」と。あの頃の私はただひたすら夢中に絵を描いていた。だからこそ自分の醜い性格にも気付けなかった。
そして訪れてしまった恐れていたこと。描こうとする自分の手は思うように動かなかった。自分を追い込み絵を描きたいのに怖くて描くことすら出来なくなる。
「ねえ、お前たち絵上手いの?」
突然後ろから聞こえた男子の声。その人は私の席の後ろに座っていた。初めて話す人だ。座席表には「上田宏人」って書かれていたのは覚えている。
「上手いよー、まあ、私より莉桜の方が上手いけどね」
「いいなー、俺めちゃめちゃ下手くそなんだよね」
「練習すれば描けるよ!!」
茉由のプラス思考には本当に助けられる。こんな風に助言してくれることがどれだけありがたいことか。
「練習なー……っていうか、名前聞いていい?俺は上田宏人」
「原田茉由ですっ」
「市川莉桜です」
「原田と市川な。1年間よろしく」
お互いに名前を知ったその時、廊下で友人に呼ばれた。彼は席を離れ、廊下へ向かった。
「とりあえず、何度も言うけど私、莉桜の事待ってるからね」
「何度もありがとう」
それでも、その頼みだけには答えられない。
新しい担任の先生が来てから、みんなが席に座った。無事にスタートした高校2年。新学期初日だからせっかくならあそこに行ってみようか。今日は屋上から桜が見えるはず。うん、行こう。そして学校中に今年初めてのチャイムが轟いた。