FILM.44 グレーの違和感
―じゃあ何で、お前のカメラには人の写真が無いんだよ
答えてくれないことは承知の上。でも、答えてくれるかもしれないという期待もあった。だが、結果は予想通りだった。
「なら、なんで撮らなかったんだよ……」
片村が相多から写真撮影のお願いをされた時、「部活があるから無理」と言って断っていた。しかし、矛盾している気がするのは俺だけだろうか。片村が所属しているのは写真部だ。写真部なら尚更相多の頼みを引き受けると思った。活動中の部活の写真を撮る、それも相多本人からのお願い。これは立派な写真部としての活動だと俺は思う。「屋上に行きたかった」という理由から断っていた可能性もあるが、撮り慣れた学校の風景を屋上から撮影して果たして面白いのだろうか。そんなことを考えながらリモコンを手に取りテレビをつけた。今の時間はまだニュース番組ばかりだ。適当にチャンネルを定めた俺はソファーに横たわりながら片村が印刷してくれた写真を眺める。あの日の景色が脳裏に蘇る。あっという間に時間が溶けていく。母の「ただいま」という声に目が覚め俺はいつの間にか寝ていたことに気づいた。
「宏人、どうしたの?ソファーに寝っ転がって。珍しいわね」
「あー……、うん。まあね」
仕事から帰ってきた母が俺の様子を見て話しかけてきた。俺の腹に乗っかったいくつかの紙に母は「何それ?」と聞いてきた。
「写真」
「写真?何の?」
「俺が撮ったやつ。片村からもらった」
「え、宏人が撮ったの?」
「うん」
興味あるのか無いのか、「ふーん」とどこかふわふわした返事をした母を凝視していた。俺の視線に気づいた母は「どうしたの?」と俺に聞いてくる。
「別に。なんでもない」
撮影したのが俺だと言ったことに対して「見せて」と言われると思っていた。たとえそう言われたとしても見せなかっただろうけれど、実際言われなかったら言われなかったで心が締め付けられるような、そんな悲しさが心に残る。心に灰色の染みを作り俺は身体を起こして背筋を伸ばした。身体中がボキボキと音を鳴らす。テレビを消し自分の部屋へ向かった。
「あ、そういえば……」
部屋に置いていたスマホをすぐに開き、相多にあの時撮った写真を送信した。
「片村はどんな風に人を撮るんだろう……」
自分の撮った普通の写真が片村の手にかかればどうなるのか。この日は一日中この事を考えていた。
空が曇ったいつもの道を歩き、今日も学校へ向かう。俺が教室に着いた数分後、片村もやって来た。
「おはよう、上田」
「おはよう」
自分の席にリュックを置いて椅子に座る。
「片村、昨日はごめん。余計なことを言ったよな」
「いや、大丈夫。気にしなくていいよ、俺も悪かったし。っていうか、本当にその通りだから……」
「……え?」
片村は顔を横に振りリュックから水筒を取り出し、飲み口を口へ持っていく。一口飲むとゆっくり吐き出すようにため息と言葉を続けた。
「俺さ、一回カメラやめたことあるんだよね」
「……え、そうなの?」
俺の中の片村は完全に「カメラ好き」というイメージだ。カメラから離れている全く片村を想像出来ない。
「昨日お前言ってたよな、『なんで人の写真がないのか』って。あれさ、お前は間違ってないんだよ」
「そうなの……か」
片村の顔色を伺いながら話しかける。俺の知らないどこか切なさを醸し出す片村の姿にこれ以上深掘りしていいのか分からなくなった。
「うん。……小さい頃のただカメラが好きな俺とは違う」
「……あのさ、間違ってないって言うなら、俺から一つ聞いてもいいか?」
「うん?」
聞いていいのか、答えはもちろん「No」だ。だが、聞いてみなければ本当の答えは分からない。ならば、俺は一歩踏み込んでみたい。屋上に初めて足を踏み込んだみたいに。
「相多から写真撮影頼まれたときお前断ってたけど、それと何か関係あるのか?」
「……なんで?」
一拍置いて呟いた。片村の顔を見てすぐに分かった。これは図星なんだと。
「おかしいと思ったんだよ。写真撮影を写真部が断るなんて。しかも『部活あるから撮れない』って。写真部だからこそ撮れるだろって」
「……確かにね」
俺は片村の目を見ていた。光が消えていき徐々に暗くなっていく。「お前鋭いな」と笑っているが目の奥は笑っていない。そして俺には「これ以上聞くな」と一線を引かれたのが見えた。彼の抱えた過去は想像以上に重いのかもしれない。
「……ごめん。もう聞かないから」
「うん、そうして」
「だから、いつか片村の口から教えてよ。待ってるから」
俺が知りたいという自分勝手な理由も間違いなく付いてくるが、一番は片村の苦しみを少しでも楽にしてあげたいから。だから俺は待ち続ける。
「……ごめんな」
俺はなんで謝られたのだろうか。むしろ謝るのはデリカシーの無い質問をした俺の方だと思うのだが。過去に彼は何かを経験しているのは間違いないだろう。しかしそれが何かは分からない。知りたい。知りたいならば、彼の決意が決まるのを待つしかない。




