FILM.42 努力の美しさ
片村がくれた封筒を開けると中にはあの時俺が片村のカメラを借りて撮った写真が入っていた。
「……え、これってこの前のやつ……?」
「うん。一応印刷してきた。要らなかったら捨ててもらって構わないから」
「いや、ありがとう。すげー嬉しい」
写真には現像されたであろう時刻と日付も印刷されている。書かれている時刻的に帰宅してすぐに印刷してくれたのだろうか。
「わざわざありがとう。てか、俺、人のカメラなのにこんなに撮ってたんだな。なんかごめん」
「いいよ。全然」
リュックのファスナーを動かしながら片村が答えてくれた。
「でも現物で見ると、なんか少し雰囲気変わるね。あの時の景色ってこんな感じだったっけ?」
「あー、それは多分俺がカメラの設定を変えたままにしてたからかも。ごめん、嫌だった?」
「いや、そんなことねーよ。写真には、その写真の良さはあるから」
「……お前さ、カメラ好きか……?」
「嫌いではないかな。片村と撮るの楽しかったから」
写真を封筒に戻しながら俺は素直に自分の気持ちを打ち明けた。
「よかった……」
「え?何が?」
封筒を触る手を止め、俺は片村に目線を動かした。
「俺が自分の好きなことを上田に押し付けてるんじゃないかとか、無理にやらせてたらどうしようって少し気にしてたから」
片村の弱い声からその気持ちが伝わってくる。
「そう?俺は片村にはすげー感謝してるけど。今の自分に合うものが初めて見つかったかもしれないから」
「……そっか」
自分はカメラが好きかもしれない。そう思えることが今の俺にとっては大きな救いだ。 片村はそのきっかけをくれた張本人。感謝をしないわけがない。
「そう言ってもらえて、よかった」
「こちらこそだよ。ありがとう」
お互いに照れ笑いしていると、ホームルームの予鈴が響き渡った。
授業を終えて、放課後になった。リュックを背負い「またな」と教室を出ていくクラスメイトに返事をしながら俺は片村と話していた。
「おい、片村」
「ん?」
クラスメイトの男子たち3人が片村に話しかけた。
「お前、今日カメラ持ってるか?」
「うん、あるけど?」
「もし、時間あったらさ、今日俺らのこと撮ってくんね?部活で初めて試合やるから記念に」
3人はニコニコしながら肩を組み合っている。
「サッカー部だよね?」
「そうそう」
「……」
ほんの一瞬、片村の顔色が変わった。俺の知らない片村だ。
「……悪い相多。今日俺も部活あるから無理だ。また今度な」
「マジかー……」
「ごめん」
「いや、いいよ。てか、急にこんなお願いしてごめんな」
そう言って、3人は部活へ向かって行った。
「よし、俺らもそろそろ帰ろうぜ」
俺と片村は途中まで一緒に帰ることが多くなった。もちろん、その帰り道もカメラの話はしている。
「悪い上田、今日は先に帰ってていいよ」
申し訳なさそうな顔を浮かべながら片村はリュックを背負った。
「え?何で?」
「部活」
「あ、そっか。分かった」
以前、「写真部に入った」という話は聞いていたが、活動が本格的に始まったらしい。この学校の写真部は基本的に個人活動なので、それぞれが自由に好きな場所で写真を撮っている。少し寂しさを感じつつも、俺も帰りの支度をした。
「てか、一緒に来るか?」
「……え?」
予想外の一言に返す言葉が分からなかった。
「俺は構わないよ」
「……いや、いいよ。部活なんだろ?邪魔しちゃ悪いし」
「本当にいいの?」
「……」
なぜ、片村は部活に俺を誘ってくるのだろうか。
「俺が言うのもあれだけど、お前も楽しいと思うよ」
「え、俺も?」
「うん」
片村についていくと、職員室前で「ちょっと待ってて」と言われた。そして片村は職員室から鍵を持って出てきた。
「よし、行くか」
「あ、ああ……」
片村の背中がいつもより楽しそうに見える。しかし、これがどこの鍵なのか。俺は聞かなかった。階段を上り続け、片村が扉の鍵を開ける。ドアノブに手を掛け一歩踏み出した。
「おー、見晴らしいいじゃん」
「屋上か……、初めて来たかも」
俺と片村は屋上にやってきた。一歩踏み入れた瞬間に、澄んだ空は微笑むように清らかな風を奏でる。片村は背負っていたリュックを置いて、カメラを構えた。
「今まで、片村って屋上来たことあんの?」
「いや、今日が初めて」
「にしては、なんか慣れてんだな?」
「学校の外の風景はたくさん撮ってきたから見慣れてる。でも、屋上から撮るとまたちょっと違うから新鮮だよ」
「ふーん」
ドサッと音をたてて荷物を置いた俺は一面に広がる青い景色を眺めていた。校庭を見ればサッカー部など外で部活動に取り組む人たちが見える。
「きっと、みんな好きでやってるんだろうな……」
同じ地に立てば自分より身長が高い人低い人がいる世界。その人たちが俺には小さな点として見える。そんな彼らは好きだから努力をしている人だ。それを陰で見守ることが出来ているのは、俺がカメラの面白さを知ったことで起きた変化だ。
「学校の屋上ってめちゃくちゃ眺めいいね」
そして、努力している人たちも美しい。努力で流す汗が羨ましい。俺は努力をしたことがない。それは自分が心から好きだと思えることに出会えなかったから。今までやってきた習い事でも、努力などしたことはなかった。したくもなかった。だから、長く続くことはなかった。
「だよな」
片村が写真を確認しながら俺のところにやってきた。
「よし、そろそろ帰るか」
「写真は撮れたのか?」
「あぁ。バッチリ」
片村は親指を立ててそう答えた。
「上田はどうする?帰る?」
「……片村、少しお願いがあるんだけど」
「うん?」
夏の到来を知らせる風が吹く屋上で、俺は勇気を出した。




