FILM.41 何かを好きになる
「こんなにきちんとしたカメラ初めて触るかも」
「そう?でもそんなに難しくないからやってごらん?」
片村はそう言って躊躇うことなくカメラを俺に貸してくれた。カシャッというシャッターを切る音に俺は気持ち良さを感じた。
「え、めっちゃいいじゃん」
「……マジ?」
「うん。すごく綺麗に撮れてると思う」
その言葉をお前から聞いてしまったら、嬉しいに決まってる。「ありがとう」と普通に返すが、心の中の俺はいい笑顔を浮かべていることだろう。
「カメラ、面白いな」
「だろ?」
素人の俺の言葉に片村は満面の笑顔を見せている。こいつのこんな顔を見たのは始めてだ。
「写真はさ、とにかく自由なんだよ。シャッターを切るタイミングはもちろん、撮る場所や時間とか。全て自由。それに、写真に映した“その瞬間”っていうのは1秒過ぎたら過去になる。それを止めることが出来るのって、もう奇跡だよね」
「……」
片村はカメラが絡むと人が変わる。このようにポエムめいたことも真顔で言い出すようになる。
「前から思ってたけど、お前って情緒おかしいよな」
「おかしいって?」
「……急にそんなこと言うからビックリしたって話」
「それはどうも」
「褒めてない、褒めてない」
片村にカメラを返すと、「俺も撮ろう」とカメラを構え始めた。カメラを触っているだけなのに、それでも分かるカメラの慣れ。指一本一本の動きが板についている。
「やっぱり、カッコいいな。そのカメラの構え方からすでに玄人って感じがする」
「え、そう……?」
「うん」
「……これって褒められてる?」
「うん。褒めてるよ」
片村に「カッコいい」という言葉を投げると片村を知るクラスメイトたちのほとんどが外見のことだと思うだろう。背も高く、男の俺から見ても片村の顔は整っていると思うし、実際、女子からも結構モテている。告白もされているという噂は聞いたことあるが詳しいことは知らない。
「そろそろ帰るか。陽も落ちてきた」
「あ、あぁ」
来たときに通った道は街灯に照され、俺と片村はその道を歩きながらしばらく話していた。片村と解散し自宅に向かう俺は、カメラに触れた放課後のことを思い出していた。自分の意思がきっかけで新しいことにチャレンジ出来たことが何よりも嬉しく、俺の中に今までの人生で味わったことのない幸福感があった。目を瞑ればあの時手に取ったカメラの重みを感じる。
「こうして人は何かを好きになるんだな」
普通の人にとっては当たり前のことかもしれない。人として当然のことなのかもしれない。しかし、何かを好きになることを知らない俺は、この時には自分の中に芽生え始めていたこの未知の感情の正体に気付き始めていた。
「明日は土曜日か」
かつて次の日に学校がない日ことがこんなにも惜しいことなどあっただろうか。
「次に話せるのは2日後……」
脳裏に笑顔でカメラに向き合う彼の姿が過る。もう少しカメラを構える片村を見ていたかったがその気持ちは俺の中に留めておいた。
2日後。
「おはよ。片村、今日早いな」
「今日、早起き出来たから」
「へー、よかったな」
俺が学校に着いた時に片村がいるという状況に少し新鮮さを覚えた。
「ねえ、片村。見てこれ」
「ん?」
片村は俺のスマホの画面に目を向ける。
「どう?この写真。上手く撮れた気がしたんだけど」
「上手いじゃん。スマホで撮ったの?」
「そう」
この2日の間、皆既月食も見れるというニュースも報道されていたので俺は写真を撮っていた。
「最近のスマホはすごいよな。カメラと同じ画質かそれ以上のクオリティーで撮れる気がする」
「片村はスマホで撮らないの?」
「撮るよ。なんなら普段はスマホの方が多いかも。部活とかで基本カメラ使うから容量キープしておくために」
「なるほど」
カメラをやっている人だからこその理由だと思った。
「でもさ、容量は写真のデータとか移せば減らせるだろ?」
「もちろん、データとかはたまに移したりしてるけど、俺はそんな頻繁に移行するタイプじゃないし。てか、そんな几帳面なこと俺は性格上出来ない。だからいざ使うときに容量不足で写真が撮れないってことがないように気を付けてる」
会ってすぐにカメラの話で盛り上がる俺たち。今までの俺からは考えられない変化である。「好き」があるとこんなにも人生は楽しくなるのかと実感した。
「片村的にはカメラとスマホ、どっちが撮りやすいの?」
「そりゃ、使い慣れてるカメラでしょ」
「俺はスマホだなー」
「それは普段からスマホ使ってるからだね」
「……まあね」
カメラオタクの片村とカメラに興味を持っている俺。絶対的な違いとしてカメラを所持しているか否か。この差を埋めない限り、俺は片村に追いつけない。もっと片村と仲良くなりたい。あともう少し片村に近づきたい。そう思えば思うほど焦りを覚える。
「やっぱりカメラ、持ってる方がいいよな……?」
「それは個人の自由じゃね?別に持ってるか持ってないかなんて関係ないだろ。写真とか写真を撮ることが好きか嫌いかの問題だから、お前は十分だよ」
この悩みがどうでもよくなった気がする。片村の言葉には魂が宿っているのか。カメラを持っていない俺を否定せず「十分だ」と受け入れてくれる片村を俺は素直に尊敬していた。
「じゃあ、カメラが負けたらどうする?カメラと同じクオリティーで撮れるスマホには技術面で嫉妬とかするのか?」
「まあ、するよね。『カメラと同じくらい綺麗に撮れんじゃん』って。でも、俺はカメラが1番」
片村がさまざまな表情を見せるときは、だいたいカメラか写真が関わっている。そして今はカメラ好きな俺の前でのみ見せる顔。その顔を見せる度に俺は片村がカメラを心から楽しんでいることを知る。心のどこかでカメラオタクの片村を誰にも見せたくないと思うときもあった。
「あ、そうだ。カメラの話で思い出した」
「何を?」
突然、机の上のリュックをガサゴソと漁り始め取り出した封筒を俺に渡してきた。
「はい、これ」
「何これ?」
「開ければ分かるよ」
意味深な片村の返事に戸惑いながらも俺はその封をゆっくりと開けた。




