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FILM.40 カメラオタクと俺

最初は全く興味がなかった。でも、お前のせいで。お前がいつも楽しそうに話してくるから。俺にはお前が誰よりも幸せそうに見えた。だから俺も「やってみたい」と思ってしまったんだ。


「片村零です。趣味はカメラです。よろしくお願いします」

「……」

中学1年。俺は片村と同じクラスになった。ただただ自己紹介のテンプレート通りの言葉を並べ、その声には感情が全くこもっていない。すぐに「この人は苦手なタイプだ」と思った。そんな彼の薄暗い自己紹介を受けて俺は勝手に暗い印象を抱いたのだった。


ある日の放課後、下校で下駄箱に行くと外で写真を撮っている人を見つけた。見覚えのあるシルエットだ。

「写真撮ってるの?」

「あ、うん」

思わず話しかけてしまった。レンズを覗いていた片村が俺を見る。

「上田……さん……だっけ?確か同じクラスだよね」

「呼び捨てでいいよ」

「じゃあ、上田で」

「うん」

「……」

「……」

話が進まない。同じクラスではあるが席も遠いのでそこまで話したことがない。沈黙のあまり片村がカメラを再び始めた。

「……俺に何か用?」

「え、あ、いや……」

しばらく片村を見つめていた俺は片村にそう言われた。ここで俺が帰っても流れ的にはよかったはずだ。だがこの時の俺は思わず会話を続けてしまった。

「……どんな写真撮ってるの?」

「写真?そんな凄いものじゃないけど」

「見せて?見たい」

「いいけど……」

片村は写真を見せてくれた。

「……すげぇ」

本人は「凄いものではない」と言っているが、そんなことはない。誰が見ても口を揃えて俺と同じことを言うだろう。普通にレベルが高い。俺はカメラや写真はもちろん、芸術に疎いので上手く言葉に出来ないが、写真の中の何気ない風景が今にも動き出しそうだ。彼のカメラの中からまさか、そんな写真がごろごろ出てくるとは思わなかった。カメラ好きな人間を彼との出会いで初めて知った。

「こんな景色を、中学生なのに撮れるんだ?すげーな」

「ありがとう」

「ってか、そのカメラかっこいいよな、自分の?」

「うん……!!」

「……!?」

テンションの切り替えが不思議だ。どうやら彼は風景の写真を褒められることより、カメラを褒められる方が嬉しいらしい。俺の褒め言葉に片村は満面の笑みでカメラについて語り始めた。早口で何を言っていたのかは覚えてない。ただ、「中学生になったから自分のカメラを買ってもらった」と言っていたことは覚えている。

「……お前、思ってる以上にカメラバカだな」

「……え」

「あ、バカにしてるわけじゃねーよ。ごめん、言い方があれかもだけど。なんなら褒めてる。中学生でそこまで自分が夢中になれるものに出会えるのって羨ましい」

今の俺は彼のカメラのように夢中になれるものはない。

「じゃあ、上田もやってみろよ、カメラ。面白いぞ」

「……え」

「『カメラはただ、ボタンを押すだけ』って思うだろ?それがそうじゃないんだよ。シャッターを切るタイミングも重要だし。とにかく、『ボタン押す』というものがめちゃめちゃ重要なんだ」

「あ、そう……なんだ……」

こんな人だったとは。ひたすらカメラへの愛を語ってくる片村に最初は正直引いていた。しかしその一方で、俺の抱いていた初対面の暗い印象が一瞬で完全に払拭された瞬間でもあった。


数日後。

学校で作業をしていると片村が俺の机にやってきた。俺たちは席替えで席が近くになったのだ。

「それ、来週提出だよね」

「うん」

それは英語の授業で使う課題。「自分の好きなものを英語で紹介しよう」というものだ。

「片村は、カメラ紹介するの?」

「うん……、そのつもり」

好きなカメラを紹介するというのに元気が無いように見えた。

「……?どうした?」

「いや……、俺ってカメラしか取り柄無いなーって思って」

「そんなことないだろ。何か1つのことに夢中になれるって凄いことじゃん」

「そうだね……ってか、なんか前もそんなこと言ってたな」

「うん」

素直に羨ましい。俺にはそういうものがないから。今までそろばん、水泳、塾、ピアノなど、両親は俺に多くの習い事をさせていた。しかし何一つ長くは続かなかった。さらにその影響からか、何か新しいことに挑戦したいとは思っていても、結局何もせずに終わってしまう。または挑戦したとしても、すぐにやめてしまう。俺にはその未来が見えているから、余計怖くなるのだ。

「自分で気付いてるのか分からないけど、カメラに夢中な片村は、いつも本当に幸せそうだよ」

席替えで話すようになったが、その話題の多くはカメラの話。最初は「またか」と聞いていたが、徐々に楽しみにしている自分がいた。俺は、おそらく、ほんの少しだけ、カメラに興味があるのかもしれない。だが、所詮カメラも同じだ。今まで通りすぐに手を出してはいけないと自分の勘が言っている。

「……片村さ、こんなこと聞いていいのか分からないけど、なんでカメラ好きなの?」

「俺?子供の頃から触ってたから、気付いたら好きになってたって感じ。でも、俺がここまでカメラが好きになったのは、自分のカメラを買ってもらったから。小学生の時は親のカメラを勝手に使ってたから」

「そうなんだ」

片村がどういう経緯でカメラという夢中になれるものに出会ったのか、どのようにしてカメラオタクと化したのか。それを知りたかった。

「怒られなかったのか?勝手に使って?」

「もちろん、最初は怒られた。でもだんだん許してくれるようになった」

「親も片村が『カメラが好きなんだ』って分かってくれたんだ」

「そうだね」

好きなことをひたすら続けることは、ものによっては家族の協力も必要になるだろう。カメラなら、壊れてしまった場合、修理するお金、あるいは買い替えるお金が必要だろう。

「子供の頃からやっててここまでずっと続けていられるって凄いな」

「そんなことないよ。俺だってカメラが好きだったから失敗した経験あるし」

「そういうのは時が経てば思い出になるよ、絶対」

「絶対?」

「うん」

こういう才能がある人に出会うと痛感する。俺には何もない。俺の周りはとにかく騒がしく常に風が吹き荒れている。それに嫌気が差すときもあるが、決して悪くない。そして家に帰れば静寂で無風。こっちの方がよっぽど居心地が悪い。

「ならさ、やってみたら?カメラ」

「え?」

「だって上田、興味あるんだろ?」

「……俺、別に……」

「でも、上田の様子見てたら分かるし。それに、やってみたら合うかもしれないじゃん?」

俺は顔に出ていたのか。そんなつもり無かった。それか、常に周りを観察する片村だから気づいた俺の変化だったのか。

「俺、そんなに分かりやすかった?」

「うん、だいぶ」

片村の指摘に欲が出る。

「なんなら今日カメラ持ってきてるから、放課後空いてたら一緒にやろうぜ?」

この時、俺はその言葉を期待していたと気づいた。自分から言い出せなかったことに情けなさを覚えつつも俺は答えた。

「邪魔じゃない?俺?」

「全然。むしろ友だちと好きなことを一緒に出来るの嬉しいし」

彼にとっては深い意味を持たない言葉に違いない。だが、この一言が俺の背中を押した。

「じゃあ、少しだけ……やりたい」

自分から何かをやりたいと思ったのはこの時が初めてだった。

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