FILM.35 ガラスの如き友情
情けない。莉桜はきちんと自分に向き合っていた。向き合った結果の「退部」だったのに。私は何も知らないのにまるで知っていたかのように莉桜に自分の思いをぶつけていた。挙げ句莉桜の気持ちは聞くことはせず。なんてことをしてしまったのだ。恥ずかしいというよりみっともない。
「……めん」
「ん……?」
「ごめんね、莉桜……」
「……え、茉由……!?」
今回莉桜の話を聞いていてはっきりと分かった。それは、十中八九悪いのは私であるということ。この罪悪感は何度謝っても拭いきれない。こんな時も謝罪で全てを水に流そうとしている自分にも羞恥心を覚える。
「ねぇ、茉由、何の話?」
「……私の話、聞いてくれる……?」
「うん」
怖いのは言わずもがな。しかし、この状況で逃げるわけにはいかない。話すと決めたのだから。莉桜との友情が壊れることを覚悟しておかなければならない。葛藤している私に莉桜が話を静かに待っている。急かすことなく私のタイミングを待ってくれている。こういうところは出会った頃から全く変わっていない。優しさと思いやりで出来ている彼女。だから私は利用したのだ。莉桜の全てを。
莉桜とは中学で出会った。「絵を描くことが好き」という共通の趣味に私たちが友だちになることには時間はかからなかった。部活も一緒に入った。学校生活も常に一緒だった。各々友だちが出来ていき他の人とも関わっていたが、やはり私たちは一緒にいることが多かった気がする。そんなとき、私は徐々に残酷な現実に気付いていくのだ。それは見えないが私たちの間に確実にあるもの。コンクールという名のふるいに長く残り続ける莉桜と、ことごとく落ち続ける私。好きという気持ちは同じはずなのに、私たちには圧倒的な技術の格差があった。彼女と同じ絵を描いていても彼女だけが次へ駒を進める。私が見るのは彼女の背中ばかり。この感情は拳で抑える。彼女に悟られてはいけない。彼女はただ自分の好きな絵を描いているだけで何一つ悪くないのだから。そう自分に言い聞かせ1日1日を彼女と共に過ごしていく。そして自分でも気付く。自分は彼女の技術を無意識に羨ましいと思っていることに。ダメだと分かっている。自分にも技術があるのに。あろうことか彼女の全てを奪ってやりたいと思ってしまう。無垢な彼女の描いたものが泥にまみれた私の胸を締め付ける。思えばその時が友情にひびが入り始めた瞬間でもあった。ただし、小さな亀裂だ。それでもいつまでも癒えることはない。それが蓄積されていけば残された未来は、「割れる」ということだけ。
中学2年。このときには既に開き直り、莉桜が素晴らしい絵を描くことを私は認めていた。しかしその結果それが全てを狂わせてしまった。ある日、私は合作を提案した。「莉桜と作品を作りたい」、「苦しい時間も楽しくしたい」という思いから。しかしそんなものは綺麗事だ。あくまでもその口は莉桜をやる気にさせるための表面だ。本当の目的は、「莉桜の全てを利用するため」。合作になれば莉桜の技術や考えなど思いどおりに使うことが出来る。もちろん、合作なので自分も参加する。なのでその作品には私の名前が載る。それは何もおかしいことではない。それでも莉桜を使えば自分も評価してもらえるのではないか。そう考えたとき1番手っ取り早い方法が莉桜に合作の提案をするということだった。冷静に考えれば本当に汚いやり方だと思う。しかし当時の私はそんなことを考える余裕がなかった。相手がこの事を知ったときどんなに不快に思えようとも、今の自分にとっては大変都合の良い方法だ。どちらを取るかに迷いなどあるはずがない。恥も全くなかった。
案の定、莉桜は断らなかった。全て私の思惑どおりに事は進んでいる。この後はどうしようか。そう思っていた。しかし、気付けば私の敷いたレールは歪み始めていた。
「莉桜、やる気すごいね」
ずっと隣にいたので感じていた。莉桜の絵に対する向き合い方が合作をやり始めてから違うような気がする。
「当たり前じゃん。だって、こんな機会滅多に無いし、私だけの作品じゃないんだから」
「……そうだね」
「……え?どうしたの?」
莉桜の言葉に金縛りの如く全身が動かなくなった。ここで私は初めて自分のしようとしていることが間違っているかもしれないと思い始めた。帰りの支度をする私の側で、楽しそうに真っ白な紙に書き込んでいく親友。彼女はもちろん私の目的を知らない。そうだ。自分は親友を騙している。頭の中がごちゃごちゃしている。身体が動かない。初めて私は自分の計画に「怖い」と思い始めた。
そして月日は流れ、コンクールの結果発表の日。私たちの作品は入賞しなかった。目の間で泣き崩れる莉桜。私は1滴も涙は流れなかった。全く悔しくなかった。当たり前だ。私の目的は入賞することではなく莉桜を利用すること。
「だって……茉由と一緒に賞取りたかったから……」
なんて返すのが正解だったのか。私には出てこなかった。しかし、1つ思ってしまった。今回入賞しなかったのは、私が原因なのではないかと。もし、合作ではなく莉桜が1人で作品を完成させていたら、入賞していたのではないか。莉桜と合作をする相手が私ではなく別の人だったら入賞していたのではないか。全ての原因は私にあるのではないか。
「茉由。また今度、リベンジしようね、絶対」
「……うん」
リベンジ。また合作をするのか。落選に涙を流さない私が、涙が出るほど必死に向き合った彼女ともう一度。「嫌だ」などこの状況で言えるわけがない。こんなことになるなら合作を提案しなければよかった。自分を本当に嫌いになる。友情を壊してでも誰かに評価してもらおうとしていたこの自分を。
そして私は気付く。あれから莉桜がコンクールに応募しなくなることに。理由を聞いても誤魔化される。顧問から勧められたコンクールも蹴っていた。なぜだ。せっかく評価されるチャンスなのに。目の前のチャンスを掴もうとせずスルーしていることに不満が抑えられなかった。そして聞かされた莉桜の退部。何がどうなっているのか。まさか、私の隠し事に気付かれたのか。自分は話そうとしないくせに他人のことは聞き出そうとする。なんて虫がいい話なんだ。あの頃の自分からなんも進歩していない。そう思った瞬間、私は莉桜に本音の全てをぶつけた。そうか、これを喧嘩と言うのか。お互いに絵が好きなことは分かっている。好きだからこそこんなにぶつかっているのか。だがなぜ、ぶつかる必要がある。好きならお互いに尊重し分かり合えばいいじゃないか。スタンスが違うなら理解してあげればいい。わざわざ自分が受け入れる必要はないのではないか。
「もう、これ以上苦しみたくないよ……」
ポロリと漏れた本音。莉桜はこの後去っていった。彼女には聞こえていないと思いたい。そもそも、どうしてこんなことになったのか。始まりはどこだ。それは間違いなく私の腹黒い嫉妬心からだと言えるだろう。




