FILM.34 それぞれの過ち
私が選んだカードは「退部」だった。これが正しいのだ。周りにも、私にも。
「……」
「茉由……?」
私が呼び掛けると茉由が「ちょっと待って」と震えた声で言った。
「……私さ、茉由に謝らないといけないことがあるの」
「……何?」
「覚えてる?私に合作提案してくれたときのこと」
「うん」
「茉由は『苦しい時も楽しくなる』とか言ってくれてたけど私はそうじゃなかった」
「……?」
これを言ってしまったら茉由はどう思うのだろうか。しかし、言うなら今しかない。
「私、茉由のことを利用してた」
「え、……利用?」
「うん」
そうだ。私はここまで茉由のことを利用してきた。絵を描くことに少し恐怖心を抱き始めていた頃、茉由から合作の提案を受けた。あの時の私は茉由と一緒に賞を取るために合作を引き受けたのではない。正直、最初は賞などどうでもよかった。この機会を利用しない手はないと真っ先に思った。そうすれば「絵を描くことは楽しい」と思っていた昔の自分に戻ることが出来る気がしていた。しかしいつの間にかゴールは受賞へと方向転換していた。それは茉由と描くことが本当に楽しかったから。これはきちんと評価されたいと思うことが出来た。私と茉由のこれまで築いてきた関係があってこそ完成した絵だと思ったから。
「退部した今、思うんだ。賞を逃したときに茉由に言った私の言葉は間違ってたって」
「何か言ってたっけ?」
「茉由と賞を取りたかったってやつ」
「あー、なんか言ってたね、そんなこと」
記憶が蘇る。一気に引き戻される。あの時に。私はずっと後悔していた。あの言葉は絶対に間違っていた。
「賞とかもうどうでもいいんだ。茉由と取り組んでて本当に心の底から楽しかったから。結果はもちろん大事だし評価されたらそれは嬉しいけど、私はそれよりも完成させるまでの茉由との時間を大事にしたいって思うようになった」
今まで、賞をもらうことにひたすらこだわっていた。そして、徐々に絵に恐怖を感じ賞をどうでもいいと何度も思い始める。しかしそれは全て自分が評価されることに自信がなかったから。
「スランプに陥ってその沼から抜け出そうと夢中になって、そして周りが見えなくなるから知らないうちに自分を犠牲にし、さらに周りを苦しめてる。そして気付いた頃にはそれが永遠と続くようになってた。私にとって退部はその負の連鎖を最短距離で切るためには必要なプロセス。逃げるみたいで最初は嫌だったけど、これ以上自分のことで人を巻き込み続けるのはもう嫌だから仕方なかったの。でもね、今はこの決断を下して正解だったと思ってるよ」
「そっか……」
理由として誰かを守るためだと言っておきながら、その選択の結果、自分自身も多少なりとも救われているのが皮肉だ。これではまるで、自分が「他人」という盾を言い訳に我を守っている卑劣な絵面が出来上がってしまう。
「あ、つまり、だからね。退部は茉由のせいじゃないからね。私が自分で選択したことだから茉由が責任を感じる必要はないから」
案の定、話が長くなった。結論から言って話すべきだったと後悔した。茉由が1番聞きたかったことは茉由が私を追い込んでしまったのかどうかなのに。
「ごめんね、茉由。本当に長くなっちゃった。ここまで長くなるとは私も思ってなかった……」
「……めん」
「ん……?」
「ごめんね、莉桜……」
「……え、茉由……!?」
まさか、茉由が電話越しで涙を流しているのか。その時、私自身も頬に一筋の光が流れたことに気付いた。
「ごめん、茉由、私何か変なこと言った……!?」
「違う……ごめん、莉桜……違うの……」
「え……じゃあ、なんで……」
今すぐ茉由に直接会って話したいと思う反面、このまま今すぐ茉由の話を聞きたいとも思う。この矛盾にどのような対応をすればよいのか、分からない。
「私なの……!!」
「……え?」
「利用してたのは、私の方なの……」
どう言うことだ。茉由が私を利用していたって何を。私は利用されていた自覚はない。私はいつ茉由に利用されたのか。
「ねぇ、茉由、何の話?」
「……私の話、聞いてくれる……?」
「うん」
私が話すべきことは全て話した。そして茉由の話が始まる。




