FILM.14 2人の教室
「お、本当にいた」
聞き覚えのある声。顔をあげると、そこには片村くんがいた。
「片村くん、どうしたの?上田くんならさっき出ていったけど……」
「上田ならさっき廊下で会った」
「え、じゃあ……?」
「上田が『市川なら教室でお昼食べてから帰るらしい』って言ってたから」
片村くんは私を探していたのだろうか。でも、どうして。
「私に何か用?」
「いや、特には」
右ポケットに入っていた手は前の椅子を引き、そこに片村くんが座った。
「ていうか、絵は描いてないんだな」
「え?」
「『教室で絵を描いてる』って話。屋上で話してくれたじゃん」
「あー」
そういえば、そんな話をした。
「今は小テストの勉強しようと思って」
「なんだ……。描いてるところ見たかったのに」
わざとらしく、だけど健気なその声はほんの少し、嬉しかった。
「……あの時片村くんは、カメラ持ってたよね」
「そうだったね」
言わなくても分かる。私たちは、今同じ光景を思い浮かべている。あの、サファイアのように青く美しい空、時が止まっているかのように。
「片村くんはお昼食べたの?」
「さっき食べた」
「そっか、なら良かった」
それからは沈黙が続いた。
「それって、明日の小テストのやつ?」
「うん」
「やっとテスト終わったのに、休ませろとか思わないの?市川って」
「思うよ、それは」
もちろん。もちろん、思いますとも。しかし、家に帰っても結局勉強している。一気にやるよりも勉強は少しずつやっていく方が性にあっている。
「……誕生日にテストって嫌だよね。1番いらないプレゼント」
「え、今日なの?」
「いや、今日は前日」
「そっか」
片村くんの誕生日は明日。こんな情報を得たところで、私に関係はない。
「市川は?誕生日いつ?」
「まだ先だよ。冬だから」
「ふーん」
深呼吸をして「よし」と立ち上がった彼は鞄を背負った。
「じゃあ、俺帰るね。特に用事はないから」
「あ、うん。またね」
突然現れ、かと思えば何もせずに帰っていく。思い出すと初めて人が去っていく姿に愛しさを感じた。
しかし、ふと思った。「『おめでとう』とか一言言っておくべきだったのではないか」と。明日学校はもちろんある。だが、彼に会うとは限らない。クラスが違うので尚更。なんだか、モヤモヤする。追いかけるか。明日、会いに行くか。いや、会いに行っても目的はたった一言。
「……やめておこう」
そんな、その夜。私はテキストではなくスケッチブックに向き合っていたのだった。




