FILM.10 スランプ
4時間目の終わりを告げるようにチャイムが響く。次第にお弁当を持ってやってきた他のクラスの人たちが増えていく。私が教科書類を片付けていると、茉由がお弁当を持って私の机にやってきた。
「お腹すいたー!!」
「うん。食べよ食べよ!」
茉由が椅子を持ってきて私の机の上にお弁当を置いた。私もお弁当を広げご飯にふりかけをかける。
「最近、どう?」
箸を右手に私が茉由に尋ねた。
「それがさ……、ちょっとやばくて……」
「どうしたの?」
「納得いくものが描けなくて……」
「……スランプか」
スランプというものは突如やってくる。今まで出来ていたもの、好きなことのやり方が突然分からなくなる。私も経験した。
「今はどんな絵を描こうとしてるの?」
「テーマが自由だからさ、逆に描きづらいの。何を描けば良いか分からなくて……」
「そっか……」
お弁当を食べながら彼女の相談を聞いていた。すると、茉由は箸を置いて自分の席へ何かを手にして踵を返した。
「これ」
「え、見ていいの?」
「うん、ちょっと、莉桜からアドバイス欲しい」
茉由が部活で使っているスケッチブックを開いて私に見せてくれた。
「え、良いじゃん。上手だと思うけど……」
「でも、何か違う感じしない?違和感っていうか、物足りない感じ」
「んー……まぁ、確かに、ずっとこの絵を見てると、感じるかも……?」
「だよね……コントラストが上手くないのかな……」
茉由のスランプをこうして知った時、「自分もこういうスランプなら未来は変わっていたかもしれない」と思ってしまった。お弁当を食べ終えて、鉛筆を握った茉由はぶつぶつ呟きながら絵を書き始めた。
「あ、ねえ」
「ん?」
突然、声をかけられた私たちは目線を声のする方向へやる。
「え、市川?」
「……え、片村くん?どうしてここに?」
「ちょっと人探してるんだけど、上田いる?」
「上田くん……?」
「あ、片村!ちょっと待って、今行くから」
「あ、おう」
彼に気が付いた上田くんが教室から出ていった。
「莉桜、片村くんと知り合いなの?」
「あ、うん。いろいろあって……」
高校1年の終業式。あの日のことを思い出した。初めて会ったにも関わらず、様々なことを話してくれた。今思えば、少々不思議な出来事だ。
「片村くんってカッコいいよねー!ちょっと話してみたいんだよなー」
「話しかけちゃえば?」
「いいよいいよ。まあ、何かきっかけがあったら話そうかな」
出ていってすぐに、上田くんが戻ってきた。
「何してたの?」
「片村から教科書借りてたから、って、お前は何してるの」
「見たら分かるでしょ、絵を描いてるの」
茉由のスケッチブックを見ながら上田くんは話していた。
「何描いてるの?」
「部活のやつなんだけど、描くものが浮かばなくて……」
「へー、何でも良いなら自由に描けば良いじゃん」
「あのね、そんな簡単なことじゃないんです」
茉由も絵を描くことが好き。だからこそ、作品はきちんと描きたいと思うのだろう。その気持ちには同感だ。
「スケッチブック、ちょっと見せて?」
「……どうぞ」
上田くんは茉由からスケッチブックを受け取り、ページをめくり始めた。
「原田も絵上手いんだな」
「え?」
「いや、上手いってことは聞いてたけど、実際に描いたやつを見たことはなかったから」
「あ、確かにそうかもね」
茉由は首を縦に振った。
「でも、市川の方が上手いんだったっけ?」
「え、私?」
「あれ、この前原田が言ってなかったっけ?」
そういえば、茉由がそんなこと言っていた。
「うん、そうだよ。ね、莉桜?」
「うーん……今は茉由の方が上手いんじゃないかな」
「私は莉桜に勝てないよ、きっと」
茉由の言葉に「そんなことはない」と言いたかった。けれど、今は言うべきではないと思った。ここで言ってしまったら間違いなく嫌味になる。完全に逆効果だ。
「て言うか、よくこんなに上手く描けるよな」
「上田くんの画力は壊滅的だったね」
「はいはい、原田には負けますよ」
上田くんの絵を思い出すと、心が和む。あの時、ふと思った。技術がどうであれ、他人が描いた絵で自分の心が温まったのは何年ぶりだろうかと。
「……実物じゃないとダメか?」
「え、どういうこと?」
「描くもの」
上田くんは何か思い付いたのか茉由に伝える。
「だから……、描くものが写真になっててもいいのかって」
「別にいいけど……それが何?」
「なら明日、参考程度で使えそうなやつ何枚か持ってきてやるよ」
そう言って上田くんは先ほどまでいた男子たちの中に戻っていった。この状況に茉由は首を傾げていた。




