FILM.1 青宵のキャンバス
どうして、何もない屋上に来たのか。そんなこと私が1番知りたい。でも、この時は「屋上で描きたい」と思った。
扉の開く音に思わず肩が跳ねた。今日は終業式。屋上はセーターを着ていても肌寒い。それでも、この日の空はサファイアのように青々としていた。白いクレヨンがあれば落書きしたいくらいだ。
そんな屋上を私は先程まで独り占め出来ていたのだが。
「あれ、人いたんだ……」
カメラをお供に颯爽と登場したのは私の知っている人。同級生の片村零。風に靡く髪をかきあげて、その目は私を映す。
「市川じゃん。何してるの、こんなところで」
「……屋上にいただけ」
「何で?」
彼とはそこまで話したこと無いし、単に説明するのがめんどくさい。スケッチブックと右手にシャーペン。要するに「察してください」と言いたい。
「まあ良いけどさ、屋上で描くって言っても何もないよ」
「空が綺麗だったから屋上に来ただけ」
予想外の返事だったようだ。戸惑いワンテンポ置きながらも「ポエムか」と柔らかく笑った彼を見て、この人は絶対にモテる人だと思った。
「片村くんは、写真でも撮りに来たの?カメラ持ってるけど」
「そうそう。あんなこと言ったけど実は俺もだよ。ふと空見たらさ、すごい綺麗だったから、ここに……」
「そうなんだ……」
片村くんは校庭を眺めて笑いながら話していた。でも、気のせいだろうか。どこか切なさを感じる。
「……お前ってさ、部活とかやってるの?」
「え、部活?」
あまりにも突然の質問に拍子抜けした。
「うん、部活」
「いや、帰宅部」
「帰宅部?!美術部とかじゃないんだ」
「……うん」
よく言われる。お絵かき好きが必ず美術部やイラスト系の部活に所属しているなんて偏見はやめてほしいものだ。
「じゃあ、それは趣味?」
「うん」
「なんだ。てっきり部活のやつなのかと……ごめん」
「いいよ慣れてるから。ただ好きで描いてるだけだから」
会話をしながら、それでもただ黙々と描く私のキャンバスの世界に入ってきたのは片村くんの影。
「え、めっちゃ上手い」
突然の褒め言葉に顔を伏せた。
「……ありがとう」
ボソッと呟いた私の言葉に、彼は続けた。
「ねえ、それもっと見せてよ」
「……嫌だ」
「ダメ?」
「うん、誰にも見せたこと無いから」
私は誰かのために、誰かに見せるために絵を描いているわけではない。
「でも、俺見ちゃったよ?さっき」
「それは仕方ない。それに、私はただの自己満足なので……」
「別にいいじゃん、それでも」
「そっちは良くても、私は少しモヤモヤするの」
「じゃあ、俺のために描いてよ」
「……?!」
「冗談だよ、冗談」
笑いながら彼はレンズを屋上の景色へ向けた。愛おしそうにそのシャッターを切る彼の後ろ姿を、私は描いてみたいと思ってしまった。