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ごっどぶれすゆー  作者: 宮城 英詞
インストールは心を込めて
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インストールは心を込めてその5

 通りに面している一階とは違い、二階の中古パソコン売り場はやはり平日と言う事もあって閑散としていた。

いや、よくよく見れば客は一人も居ない。

レジの辺りで、雑誌を読みふける店員がいるものの、その他は自分以外の人の気配がしている様子が無い。やる気無く陳列されたパソコンは一部埃を被っているものもあり、文字通り場末の販売店独特のがらんとしたオーラがフロア全体から染み出していた。

「うわぁ、これはひどいですね。」

 南さんと与根倉さんも同じような何かを感じているらしい、その様子を見るなり彼女もその光景の酷さに声を上げていた。

「まぁ、この通りですわ。ちょっとこっちへ……。」

 同じようにため息をつく恵比寿様。そして彼はフロアの一角を扇子で指しながらさすがに小声で説明を始めた。

「あの角の台においてある中古パソコンですわ。もう型も古いし、売り物にならんからボチボチ処分せなあかんのやけど、困った事に九十九(つくも)(がみ)さんが憑いてはるんですわ。」

「九十九神ってなんです?」

「……古い道具に宿る神様ですよ。……でも電化製品に宿るって珍しいですね。」

「……なんでも、どこかの宗教団体が寄付を集めるために作ったもんらしいですわ。型式や性能はともかく、念の入りようはそらたいしたもんで「売れるまでここをどかん」の一点ばりであちこちに祟りまくってますねん。」

……なんて迷惑なパソコンだ。

俺は恵比寿様の話に改めてパソコンに目をやった。

いまどき液晶ではなく、ブラウン管の馬鹿でかいディスプレイが付属品としてついており、パソコンが、めちゃめちゃ目立つ場所になぜか飾られている。

あの調子では中身も結構な代物だろう。

そして当然、あんな場所に中古のパソコンを置くことが店にとって利益になっているはずが無かった。

「おかげで、霊感や、やる気のある子は下の階へ行く、お客は来ない、パソコンは売れんと、まぁ、エラいことになってまんねん。ここは一つ、稲荷明神さんのお力で何とかしてもらえんやろかと思いましてな。」

「……えべっさんに出来なかったことが私たちに出来るかどうかわかりませんが……分かりました。やってみましょう!」

 南さんは決意を込めた瞳で頷くと、胸を張ってずんずんと問題のパソコンに歩み寄っていった。

そして彼女がパソコンの前に立つとそこには確かに小さな人型の物体が姿を現した。

「……すごい、人型を成してる。」

 俺の目には座禅をしながら空中を浮遊する手のひらサイズの汚いおっさんにしか見えないのだが、どうもそれがパソコンに憑いていること自体異例なことらしい。隣で与根倉さんがぼそりと感想を述べていた。

「どなたですかな?」

 瞑想するような姿勢で南さんに問う九十九神、それを南さんは正面から見据え、精神を集中して二拝、そして拍手を2回打った。

「私は正一位南稲荷大明神。またの名を宇迦之霊神うかのみたまのかみ!九十九神様、商売の妨げになってきましたので他所へお移りいただけませんでしょうか!」

「断る。」

「……。」

 ……。

 ――。

「……ダメですね。」

 無言で戻ってきた南さんの第一声がそれだったので、俺は思わずその場に崩れ落ちそうになった。

だがそれに、恵比寿様と与根倉さんは思案顔をする。彼ら三柱の神々は店の端で額をつき合わせてひそひそ話をはじめた。

「やっぱりこりゃ相当の難物やなぁ。」

「面目ないですぅ。」

「……私が行ってくる。」

「たのんますわ。」

 俺が何を口出す暇もなく、今度は与根倉さんが行く事になったようである。いつもの無表情な顔に若干の厳しさを秘め、彼女はパソコンの前に歩み出て、その前で仁王立ちになって九十九神を見据えた。

 そして、強烈なにらみ合いを行う九十九神と与根倉さん。

神同士のそのやり取りはまさに人間の俺などが容易に入ってはならないのではないかとおもわれるほど静かで、そして激しいものだった。

激しくも静かな沈黙。

 そして、数秒の後、ようやく与根倉さんが口を開く――。

「あの……。」

「嫌だ。」

「……。」

 ……。

「……ダメ。」

「こりゃ参りましたなぁ。」

 同じようにあっさり引き返してくる与根倉さんに今度こそ俺はその場に崩れ落ちた。

そんな俺を尻目に神々はやはり思案顔で額を付き合わせている。

「やれやれ、稲荷大明神さんの神格をもってしてもあかんとは……一昔前やったらわてらの名前出しただけで、こう、ずばっと話がまとまったもんやけどなぁ。」

「ホント、まさに末法の世ですねぇ」

「……それ、仏教用語。」

 なにやら老け込んだ顔で愚痴をこぼしあう神々の姿に俺は頭痛がする思いがした。俺はその間に割って入り彼らと同じく小声で話に加わる。

「……あの、退治とかしちゃわないんですか?神様の力としてはこっちの方が上なんでしょう?」

 俺がそう言うと、神々は一斉に「何を言い出すのか」と言う顔でこちらの顔を覗き込んだ。

……どうやら、俺の提案は、彼ら神々にとっては非常に忌むべきものだったらしい。

「……そんなん外国の神さんのやり口ですやん。わてら武神とちごうて福の神でっせ?」

「私たち八百万の神のモットーは共存共栄です。そうやって他の宗教ともずっと仲良くやってるんですから。……第一、ここで私たちがしょっちゅう本気で暴れたらこの街自体めちゃくちゃになっちゃいますよ。」

「……積み木の家の前でケンカをするみたいなもの。」

「……そうだったんですか。」

 どうも彼らなりのポリシーがあるようだ。神々の非難を一身に浴びて、俺は自分の無知を正直に詫びた。

「……じゃぁ、話し合いで決着するしかないですけど、向こうの言い分って一体なんなんですか?」

「それがよー分かりませんねん。まぁ要約するとあのパソコンが売れて欲しいっちゅうことなんでしょうけど。」

「……んな無茶な。」

 俺はそう言うともう一度パソコンに目をやった。人間自身も信じられないスピードで技術が進歩しているこの時代、あの型式を買うとなると、もはや廃棄物処理代をくださいと店側に請求してもいいくらいだ。

 やっぱり退治した方がいいんじゃないの?

顔をしかめ、俺がそんな事を考え始めたちょうどその時、恵比寿様が扇子をぱちりと鳴らした。それに俺が彼の方に目をやると、彼は近所にお使いに行ってくれとでも言うような口調で俺に声をかける。

「ほな、ちょっと榊さん、行って話聞いてきてくれまへんか?」

「え?俺?」

 突然飛び込んできた恵比寿様の提案に俺は思わず目をむいた。慌てて他の二柱の稲荷明神に目をやったが、むしろ彼女たちはなるほど、と言った面持ちで頷いている。

「そうですね。榊さんパソコンにも詳しいみたいですし、話が通じるかも。」

「……適任。」

 次々と賛同の意を示す神々に言葉を失う俺。それに南さんは笑顔で俺の肩を叩いた。

「大丈夫ですよ。あの規模だったら障ってもせいぜい転んだり、風邪を引く程度ですから。練習相手としてはちょうど良いですよ。」

 カンベンしてくれ。

 さすがにいきなりぶっつけで神様と交渉をさせられるとは思ってもみなかった。

第一、いくらパソコンに詳しいからといってパソコンと話した事などあるはずがない。

当然、心の準備どころかノウハウもあるはずがなく、自分が風邪を引く姿を想像して気持ちが良いはずも無い。

俺は神々の顔を数秒かけて見回し――。

――そしてまた数秒ためらったあと、小さく頷いた。

神の命令に逆らってよいことなどあろうはずもない。

これから俺の身に災いが起きるかどうかと言う話はさておいて……なわけだが。

「……じゃぁ、話を聞いてくるだけなら……。」

「たのんますわ。」

 俺がしぶしぶ、小さな声でそう言うと、恵比寿様は俺に頭を下げる。

 ……多分、神様に頭を下げられた人間と言うのもそうは居ないのではないだろうか?

 俺はそんな事を思いながら、観念してパソコンの前に歩み出た。


現れたのは付喪神

なんとも頑固なパソコンです。

神の言葉に答えない

神を何とかしてよと

頼まれました榊君

いったいどうして話し合う?

続きは明日のお楽しみ

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