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ごっどぶれすゆー  作者: 宮城 英詞
インストールは心を込めて
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インストールは心を込めて その4

 二人に連れてこられた場所、そこは「精進電気」というこの界隈で数件のパソコンや家電の専門店を抱える販売店だった。

そしてその角で、我々を待っていた男……。

その姿に俺は思わずあっ、と声を上げて彼を指差してしまった。

そう、服装こそどこかの電気店の販売員のようないでたちだが、大きく垂れ下がった耳たぶに、赤い大きなほほ、顔のつくりからしてすでに笑い顔になっているのではと言う朗らかな表情……。

それは、360度どこから見ても完全な、いわゆる「恵比須顔」であった。おそらく、人相学の基準で彼を鑑定すれば満点をたたき出すであろうことは疑いようが無い。

そして、俺はその顔に、これ以上ないと言うくらい見覚えがあった。多分、この近辺で商売をしている人間なら、いや日本人ならば誰しもが拝んだことがあるに違いない。

そんなおめでたい顔をした彼は、もみ手をしながらこちらに歩み寄って来た。確かにおめでたい顔なのだろうが、ここまでリアルに「そのまま」な顔が動く姿は、一瞬特殊メイクを疑いたくなるほど、有り難い所を通り越してある種不気味であった。

「いやいや~、まいど!」

「まいど!」

「……まいど。」

そして予想通りの挨拶を交わす三柱の神々、俺はその姿に一礼すると、南さんに自分の予測をぶつけてみる事にした。

「……あの、この方はもしかして、恵比寿様?」

「あ、知ってました?さすが有名ですね!えべっさん!」

「いやいや、何を言うてまんねんな。あてらは所詮関西ローカル。全国にお社構えてはる稲荷大明神さんにはとてもかないまへんがな。」

南さんにどーんと胸を叩かれ、どこから取り出したのか、扇子でぺちぺちと自分の頭をたたく恵比寿様。

……さすがは名うての福の神。愛想のよさも尋常ではないらしい。

俺はそんな彼らのやり取りを眺めながら、幸せって、気が付かないところうろうろしているものなんだな……などと、俺はわけの分からない事を小さく呟いていた。

「紹介しておきますね。こちら榊さん。今日からこっちで働いてもらう事になりました。」

「……どうも、「榊」です。」

「……で、こちらがえべっさん。ウチの隣にお社構えていらっしゃる神様で、この辺の神様の中では一番霊威のある神様なんですよ。」

「いやいや、どーも、どーも。わてが夷三郎大明神だす。」

「……どうも。お会いできて光栄です。」

丁寧に名刺を渡され、俺は心の底からの言葉を吐いていた。

ここまで露骨に福の神と話し合えることなど滅多にないだろう。

……いや、普通無い。

稲荷明神のときはそんなに感じなかったが、姿が有名な神様を目の前にすると、さすがに恐れ多さを感じる。こういうのを「神々しい」と言うのだろうか?と、俺はそんなつまらないことまで考えていた。

「そうでっか。しかし弘田はんも思い切ったことしはったなぁ。わてらも、外人の福娘を雇ったりはしてたけど。直接人間を雇おうとは考えもせんかった。これも、時代の流れっちゅう奴ですかのぅ。」

 ……そんなことしているのか。

 グローバル化の波が日本に押し寄せて久しいが、神様も色々大変なようである。俺は金髪の福娘を想像し、彼らの苦労に思いを馳せた。

 だが、そんな話をしていても恵比寿様の笑顔は崩れることはない、彼はそんな話をしながら高笑いしている。

「そしたら、今日は仕事の見学でっか?」

「ええ、仕事の見学と、あとウチで使うパソコンを買いに。」

「ほぅ?パソコンを買いに?」

「はい。」

「それやったら、ここで買うたらよろしいがな。中古でも新品でもええのんがそろってまっせ。」

そう言って笑顔で高らかに笑いながら俺の肩をばんばん叩く恵比寿様。

 ……さすが、電気街をお膝元に抱えてるだけはあって、どうやら、恵比寿様はこの手の店には強いらしい。

 これって多分。凄い話なんだろうなぁ。

 よもや福の神の誘いを断り理由もあるわけはなし、俺はそんな彼に緊張した笑いで答えると。素直に案内をお願いする事にした。


 店内の一階部分は新品のパソコンや関連商品が並べられているフロアだった。

平日の昼間であってもさすがは名うての電気街、この手の店は人でごったがえしている。神々はお構いなしに歩いていくのだが、俺はその中を人ごみを掻き分けて彼らについていかねばならなかった。数々の最新式のパソコンが並ぶ中、俺はふと、重要な事を彼らに聞き忘れていた事を思い出し、南さんに声を掛けた。

「一応、頂いたお金でここにあるのは大抵のものは買えますけど。パソコンってどれくらいのスペックのものが要るんです?」

「……すぺっく?」

「その、どう言う事ができるパソコンがいいかと言うか……。」

「……動けばいいんじゃないですか?」

 ……聞かなきゃ良かった。

 恵比寿様とは違い、南さんにはどうやら不思議なことが出来る箱くらいの認識しかないらしい。

 俺は腕を組んで、必死に脳内で質問の内容を選択した。子供か老人に説明するように、分かりやすく……。

「その、インターネットは出来た方がいいんですよね?」

「そうですね?」

「プリンター……その、パソコンで書いたものを紙に書く装置は?」

「ああ、それはあると便利ですね。」

「あとは……。」

「……心のこもったもの。」

「え?」

 後ろでぼそりと呟く与根倉さんの言葉に俺は思わず振り向いた。

 わけの分からない要望。だが、南さんはそれに大きく頷いていた。

「そうですね!心のこもったパソコン。そこは外せないですね。」

「外せないんですか?」

 周囲を見回すと恵比寿様もそれに賛同の意を示している。俺はそれにいよいよ困り果てた顔でもう一度南さんを見た。

「私達神々は、なんにおいても良い心のこもった物を好むんですよ。『祈り』なんかはその代表ですけど、たとえばお神楽とか、刀とか、料理とか、そういう物には力や、場合によっては神様が宿ることもあるんですよ。」

「わてなんかは、今こそ漁業や商売繁盛の神で通ってますけど、実は傀儡師なんかの守護もさせてもらってます。まぁ、心のこもった物や芸能はうちらにとっては最高の贅沢ちゅうことですかな。」

 南さんと恵比寿様の言葉に俺はなんとなく状況を飲み込めたような気がした。多分、精神体そのものである彼らにとってそれは、一つのエネルギー源のようなものなのだろう。

 しかし……。

「心のこもったパソコンってなぁ……。」

 事情が分かっても、困難なことには代わりが無かった。

 オートメーション化が進んだこの時代、確かに職人技の工芸品は貴重なのかもしれないが、そんなパソコン一体どこを探せばあるのだろう?

確かに中の極小な制御回路は職人技の賜物なのだろうが、その集合体のパソコンに価値があるかどうかははなはだ疑問だ。俺は思案顔で天井を仰いだ。

「こうなったら、一からパソコン組むべきかなぁ……。」

「え?そんなことできるんですか?」

 ぼそりと呟いた俺の言葉にきらきらと目を輝かせる南さん、まるで子供のような顔に俺は苦笑して答えた。

「部品を買い集めてパソコンを組み上げるんですよ。既製品のパソコンより安く上がる場合もありますし、まぁ既製品のものより心は込められるかな、と。」

「……ほんならこの店にあるもんでは無理でんなぁ。一筋向こうにパーツショップがありますさかい、そっちへ行ったらどないです?よかったらまた、仕事が終わってからでも案内させてもらいますけど。」

「すみません、明石姉さんが居れば案内してもらうんですけど……お願いしてもらっていいですか?」

「なんの、なんの、困ったときはお互い様ですがな。」

 パソコンに明るい神様が居るとありがたいなぁ。

 霊威とやらに関係があるのかどうかは分からないがこれは本当にありがたい事だった。

 福の神の言う事に間違いがあるはずもない。

 俺は彼の言葉に素直に従う事にし、結局、その問題になっていた「仕事」を先に片付けようという話になった。

 当然、俺がそれに異を唱えられるはずもなく、人ごみの中、神々が円陣を組んで打ち合わせを開始するのをそっと後ろから覗き込む。

「……念のため、素行を。」

「おうおう、そうでんな。」

 始まるや否や、与根倉さんの言葉に恵比寿様は腰に下げていた台帳を彼女に手渡し、受け取った与根倉さんはそれをぱらぱらとめくりだす。そんな彼女の姿に、俺は南さんにそっと質問をした。

「……素行って、何なんですか?」

「ここで助ける価値のある場所や人かどうか調べているんですよ。普段の行いとかあこぎな商売していないか、とか……。」

「……そんなことが書いてあるんですか?」

 南さんの言葉に俺はぎょっとなって与根倉さんの手に握られていた台帳を見た。よくよく見ればその台帳に見覚えがある。

 そう、面接のときに見ていたアレだ。

 おとぎ話に聞く閻魔帳みたいなものなのだろうか。分厚いそれを与根倉さんは丹念にチェックしている。それが決してフリではない事を、俺は昨日体験して実感していた。

 普段はマイペースな彼女たちもこれは重要らしく、二人とも真剣な面持ちでチェックしている。

「まー、なんぼぎょうさんお賽銭くれる人でも、普段の行いの悪い、人に恨みばっかり買ってる人助けてたら、わてらの格にも傷が付きますさかいなぁ。そういう人らはたいがい信仰心も低いし、助けたってもお礼参りすら来うへん。それやったら、少ない賽銭でも毎日心を込めてお参りしてる人のために働いてくれる人間を助けたときの方が、わてら的には信仰も長引き、格も上がるちゅうわけで、効率がええんですわ。」

 ……いいのかよ。そんな言い方して。

 独特のどこかビジネスライクな言い回しで事情を説明する恵比寿様に、俺は自分の笑いが硬直していくのを感じていた。確かに分かりやすい話で、普段の素行に気をつけようと思えては来たものの。なにやらそういういい方をされると牧場の牛にでもなったような気分だ。

 いや、向こうは神様なのだからそういう物なのだろうが……。

「……合格。」

「はい、OKです。相変わらずここはいい商売してますね。」

 そして、その後、わずか一分程で神の審判が下った。

 彼女たちが笑顔で台帳を恵比寿様に渡すと、仕事の開始と言う事らしい、俺たちはその足で二階の中古パソコン売り場へと移動した。

 まめに神社にはお参りしておこう。

 彼らの後を追いかけながら、俺がそう思ったのは言うまでもない。


やってきましたその先に

いました本物えべっさん

ご利益あるかは行い次第

俺って大丈夫なのかしら。

思わず胸に手を当てる。

仕事の話はまだかしら。

続きは明日のお楽しみ

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