インストールは心を込めて その3
その日の午後、俺はなぜか大当たりした宝くじの賞金を手に、電気街を歩いていた。
……どうやら間違いなく、本物の神様の下で俺働いているようだ。
午前中事務所を出た後、俺は神様の加護を受けるありがたさを身をもって知ったわけだが、しかし、ありがたいと言う所を通り越してズルしている様なこの現象を素直に喜ぶ気には不思議となれなかった。
やはり種明かしをされるとマジックの有難みが消失するのと同じで、神様と言うのは姿が見えないからこそありがたいのではないかと思えてならない。この点、自分が損をしているのか得をしているのか理解に苦しむところである。
――まさか給料もこれで払う気じゃないだろうな?
当座の生活費を確保した事を喜ぶ反面、一体自分の身分がこの世でどういうものになるのかと、俺は封筒に入った現金の束を眺めながら、ふと不安になった。
そりゃ確かに子孫まで守護してもらえるのはありがたいが、この調子で表向きの職業が「ギャンブラー」と言う事にでもなるとさすがに体裁が悪すぎる。年金やら社会保険はどうなるのだろう?田舎の親になんて言えばいいんだ……?
――そんな事を考えている俺に誰かが声を掛けてきた。
榊さん、と聞きなれない言葉で返事が遅れたが、それは共に買出しについて来てくれている南さんの声だった。
「どうしたんですか?榊さん。何か考えごと?」
そう言って俺の顔を覗き込む彼女は正直「南ちゃん」といった方がしっくり来るような容貌だった。
こういう人……いや、神が上司と言う環境もなかなか珍しい。
「いや、その、ちゃんと仕事になじめるかなぁ。と思いまして……。」
そう、俺が答えると、彼女はそれにニッコリと笑い、胸をどーんと叩いてみせる。その姿は本当に数百年生きているのかと疑いたくなるほど若々しかった。
「大丈夫ですよ。確かに急にいろんな神様が見えて不安かもしれませんが私たちが憑いています。たいていの厄は追い払ってみせます。」
「……前。」
そして、一歩後ろを歩いていた与根倉さんがぼそりと言ったのはその瞬間だった。
次の瞬間、話に気をとられていた南さんが前方に立ちふさがっていた巨大な生物に正面衝突する。
……本当に大丈夫かな?
多分これも物の怪の類なのだろう、熊サイズの太った巨大リスのような生物に謝る南さんを見ながら、俺は更なる不安感を抱いたのは言うまでもない。
「……それにしても今まで見えなかったから気付きませんでしたが。妖怪ってそこらじゅうに居るんですね。」
通行人のあとを追いかけてのそのそ歩いていく巨大な生物を見送りながら俺はしみじみと呟いた。
昨日からずっとそうだが、今の俺は、特に今歩いている電気街に人ごみに紛れたくさんの異形の生物を見ることが出来た。「世界が違って見える」と言う言葉があるが、まさにこの電気街は遊園地かお化け屋敷と見間違うような場所になっている。
「……みんな神様。」
だがそれを、与根倉さんはぼそりと訂正した。それに俺は驚いて周囲を見回す。
「……神様なんですか?」
「ええ、屋敷神、蔵の神、便所神、福の神、貧乏神……後ろ神や祟り神っていうのもおられます。確かに皆さん一風変わった姿をしておられますし、人によっては「妖怪」や「幽霊」って言い方をされますけど、人の想いや自然から生まれた尊い神様には違いないですよ?こうやって皆さん、各々の役割を果たしておられるんです。」
「……そうなんだ。」
南さんの言葉に俺は改めて周囲を見回した。そう思って見ればこれはこれで貴重なものが見えているのだろう。
そんな事を言っていると正面からベレー帽を被った眼鏡の老紳士がこちらに歩いてきた。彼は後ろの稲荷明神たちが見えているのか、にこやかな顔でこちらに礼をして本屋に消えていく。
一瞬人間なのかと思ったが、ちゃんと礼を返す彼女たちの態度で、随分尊い人なのだろうと言う事を察することが出来た。
「……あの人も神様なんですか?」
「ええ、マンガの神様です。この辺りは最近そういう店が増えてきたので、こうやってたまにいらっしゃるんですよ。」
「……色々いらっしゃるんですね。」
「昔は自然に根ざした神様が多かったんですが、この辺りは市から発展した都会ですから、どちらかと言うと人間の想いや信仰に根ざした神様が多いですね。特に想いの込められたものや人の姿をした物は神様が宿りやすいんです。その点、ここは神様の非常に集まりやすい場所なんですよ。」
そう言うと彼女は、店頭に並ぶフィギュアや玩具のロボットを指差す。その視線の先には、確かにショーウィンドウの向こうで彼女たち人型の物体が、買って、買って、と手まねきする姿が本来の人形の姿と重なって見えていた。
……正直な話、予備知識なしで見たら、心臓が止まりそうな光景である。
「ちなみに、私は最近増えてきたこういうお店を主に担当しているんです。よかったらどうです?お茶でも。足湯とかもありますよ?」
そう言うと彼女はメイド姿で客引きをしている喫茶店を指差した。それに俺はなんとも言えぬ気分でこめかみを押さえる。
……アニメ担当?
考えたくもないがそういうことになるのだろうか?
彼女の姿が妙に幼いのもこう考えると得心が行く。多分、自分の担当しているものに影響を受けているのだろう。
「……まぁ、仕事中なんであとで。」
俺は彼女の誘いを丁重に断ると話を変えるため、後ろの与根倉さんに話を振る事にした。俺は振り向くとさっきから言葉少なげな彼女に声を掛ける。
「じゃ、もしかして、与根倉さんも何か専門分野があるんですか?」
俺がそういうと彼女はこくりと頷いた。そして周囲を見回すと、俺の背後を指差す。
「……こういう店。」
「!」
俺が彼女の指差した方に顔をやり、俺は一瞬呼吸が止まるような思いを味わった。そこにあったのは大人しか見ちゃいけないDVDを大量に売っている店……。
硬直する俺をよそ目に彼女はその店の商品を無表情なままで俺に手渡した。
「どう?良かったら一つ。」
「……結構です。」
相変わらず無表情に言う与根倉さんの誘いを俺は丁重に断った。
……この手の店に入れなくなりそうだ。
俺は店の傍らでウインクする色っぽい店の神様(多分)に引きつった笑いを見せながらしながらそんな事を思った。
なんにでも神様が居るという話はどうやら嘘ではないらしい。
俺は周囲を見回し、あちこちの店の門で客を呼ぶ神々の姿を感心して眺めた。どうやら人が活気づけば神様も活気づくようだ。
しかも、どうやら彼らにとって業種は何でもいいらしいようである。
「……でも、担当って、これだけ神様が居る中で何をしているんです?」
道行く人をさりげなく店の中へ引きずってく神様の姿を眺めながら俺はふと、南さんに尋ねた。彼女はそれにう~ん、と難しそうな顔をして答える。
「やっぱり人間と同じで、これだけ沢山の神様がいらっしゃると、色々トラブルごとが起きることが多いんですよね。店同士のお客の取り合いとか、縄張り争いとか……知らず知らずのうちに神様を怒らせてしまう人間も最近は多いですし。」
「……なるほど。」
「で、そんな問題を解決して、厄を払い、信心深い人間たちを繁栄させるのが私たち稲荷明神の仕事なんです。もともと私たちは作物の成長を司っていたんですけど。人間が繁栄するに従ってとおのずと私たちに期待される内容も変わってきましたから、最近の私たちはもっぱら商売繁盛が中心になった……と、言うわけですね。」
どうやら神様といえども、決して譲り合って生活しているようではなさそうである。
微妙に人間とやっていることが変わらないあたり、確かにある意味面倒な仕事なのかもしれない。
彼女たちは彼女たちで大変なんだな。
俺は街中でひしめき合う神々の姿に目をやり、一見気ままそうに見える彼女たちの苦労に思いを馳せた。
だが、彼女たちは別段それを気にしている様子もないようであった。一通り話を終えると南さんはまた先ほどと同じような笑顔を見せ俺の肩をぽん、ぽんと叩く。
「まぁ、そのあたりは今から行くところで見てもらいますから、どういう感じなのか見学してみてください。」
は?
「今から?」
「ええ、榊さんもこの手の仕事が出来るようになってくれると助かりますし。丁度仕事の話がありましたから。」
「……まさか、僕も神様と交渉を?」
「……社長の命令。」
「うそ?俺人間ですよ?」
「人間の神主さんがやるのと同じような仕事ですから大丈夫ですよ。人間で無ければ出来ないことも多いですし、榊さんはちゃんと見えて話が出来る分、だいぶ楽だと思いますよ?」
なんてこった。
俺は青ざめた顔でもう一度道を歩く異形の神々に目をやった。人型のもの……いや、せめて人の顔が付いているモノならまだしも、さっき道を転がっていた熊みたいな生物や今道を歩いている伸びたゴムのような浮遊物、果ては哺乳類だか爬虫類だか区別の付かないような連中と一体どうやって交渉しろと言うのか?
俺は顔の付いたタイヤが目の前をゴロゴロと転がる姿を眺めながら一瞬、気を失いそうになった。
そんな俺の顔色を心配してか、与根倉さんが俺の顔を覗き込む。そして彼女はぽん、と俺の肩を叩くと、俺の目を見据えて、小さく頷いた。
「……これも、何かの縁。」
俺は彼女の言葉にがっくりと首をうなだれた。
八百万の神々が
あちこち住まう街中で
買い物ついでに榊君
いよいよこれから初仕事
一体どんな仕事かな?
続きは明日のこの時間!