この世に神のある限り
「……今回の件は、さすがのワシも驚いた。アレだけの神々の怒りをよう鎮められたもんやなぁ。」
俺の目の前で、あの日の事を振り返ってそう言うと、弘田社長はいつも通りの堅苦しい顔で新聞片手にお茶をすすった。
そう、あの神々を向こうに回した壮絶な大宴会から一週間。
俺や神々は何事もなかったように日常を過ごしていた。
――明石さんは、カグヅチの神様の紹介でSNSを開始。
現在独自のつてでコミュニティを拡大し、情報交換に勤しんでいる。
その成果の第一号として先日、掲示板に自分に都合のいい情報をたれ流していた役人がその正体をテレビで報道され、大騒ぎになっていた。
彼女曰く、コレも一種の天罰だそうであるので、今後、ネットで滅多なことはしないほうが身のためかもしれない。
その話をするとスサノオ様はなんともばつの悪そうな顔で、気をつける、と一言。
今後ネット上で神々が争うことがなければよいが……と影ながら願う毎日である。
――南さんは、崩れた鳥居を俺が悪戦苦闘の末修繕すると、上機嫌で今度は恵比寿様と共にお社の補修を要求。さすがに怪しまれずに使える資金に限界があることと、人材の不足のため、その件は現在回答保留中となっている。
このまま行くと宮大工の修行しなければならないかもしれないと思いつつ、何とかお役所で計画してくれないかどうか、千手院に交渉中である。
――与根倉さんは、携帯にて独自の恋占いサイトを立ち上げ、現在管理、運営に大忙し。当然のことながら、よく当たるとサイトであると現在口コミで噂が拡大中である。
もしかすると携帯内の有名サイトとなる日も近いかもしれない。
……余談ではあるが、天神様も、正しき日本語の知識をテーマとしたサイトを開設し、正しい日本語の普及に力を入れ始めたらしい。……が、それが果たしてアクセス数の稼げるようなサイトであるのかどうかに関しては、正直別問題である……と、実際にそのサイトを覗いたパソ神様は言葉を濁していた。
正直な話、和歌と書には精通しているので、そっちにテーマを移してはどうだろう?と、思うのだが、下手なことを言うとまた機嫌を損ねそうなので。文字通り「触らぬ神に祟りなし」といった状況になっている。
すべて、世は事もなし――。
いつも通りの日常の儚さと有難さに気づいた俺にとって、それはむしろ喜ばしいことであった。
そんな日常が続くよう、俺は毎日働いているのだ。
神々の声を聞き、人を幸せにするために……。
「これもすべて、皆さんのおかげですよ。僕はただ、皆さんに助けを求めて回っただけです。確かに神様の声は聞けても、俺に出来ることなんてほんの少ししかないんですから。」
いつもは無愛想な社長に褒められて、さすがに照れくさそうに笑う俺、そんな俺の姿に、社長は優しく微笑みかける。
「神々の声を聞けたところで、何もできん奴は何もできん。また、助けを求められた所で、人徳や信用のない奴は助けてもらえんもんや。人は一人では生きていない以上、たくさんの人から助けてもらえるっちゅうのは、コレは一つの才能やろ。まぁ、謙遜することはあらへん。」
「いやぁ、そんなぁ……。」
「ま、コレやったらワシの代理も務まるやろ。これから頼むで、榊君。」
「はい!こちらこそ、よろしくお願いします。」
「じゃ、来月から一ヶ月、代理頼むな。」
「はい!」
……って
え?
俺は社長の言葉に反射的に答え、そして社長の言葉をもう一度頭の中で反芻し、あわてて彼の方に振り返った。
驚く俺の目の前で、事も無げに引継ぎの準備を始める社長。俺があっけにとられている間に、社長席の背後にあったホワイトボードに「社長代理、榊」の文字が刻み込まれる。
「ちょ、ちょっと社長!いきなり来月から社長代理って何ですか!」
「何ってワシ、来月は出張やからな。」
「出張?神様が?それも一ヶ月も?……だって、社長って土地神様じゃ……?」
何だってその土地を守る神様が出張せねばならず、挙句、その代理を人間である俺がやらねばならないのか。突然振って沸いた話に、うろたえる俺に背後でせんべいをかじっていた明石さんが声をかける。
「榊君。来月って何月か知ってる?」
「……何月って、十月?」
「そう、「神無月」。毎年この月は社長たちみたいな国津神が出雲大社に集まって日本中の縁結びの相談をするんよ。だから社長は、一ヶ月間は帰ってこられへんの。」
「神無月?縁結び……?」
「熟年離婚や少子化問題が叫ばれて久しいですからねぇ。社長には頑張ってもらって、ぜひ良縁を結んでもらいたいです。日本の人口が減少したら、私たちの存在自体、危なくなっちゃいますもんねぇ。」
「……大切な仕事。」
そして、隣の南さんと向かいの与根倉さんが、明石さんの解説に補足を入れる。
俺はその言葉に、自分の両肩に大変な仕事がのしかかった事をようやく理解し、慌てて社長に詰め寄った。
「ちょ、ちょっと待ってください!俺人間なんですよ?いきなり土地神様の代理を、それも一ヶ月もなんて、出来ないですよ!」
「何、やることは大して変わらへん。ただ、ワシがおらんようになって調子に乗るような神さんがいたら、代わりに睨み利かしたってくれ、と。そんだけや。大抵の事はお稲荷さん達が何とかしてくれるし、幸い君にはスサノオ命さんちゅう心強い知り合いもおる。まぁ、なんとかなるやろ。」
「なんとかって……。そんな……。」
「じゃ、これ、ワシがまとめたこの近辺の要注意箇所やから。月末までに目を通しといてな。ワシが担当しとるのは人型でなかったり、人語がしゃべられへんのもおって、命さんほどではないけど、機嫌損ねたらやばいのもおる。苦手なもの、好きなもの、コミュニケーションのとり方までちゃんと把握しときや。」
こちらの意思を確認すらせず。どさっ、と社長が積んだ書類の束に俺は久しぶりに自分の意識が遠くなるのを感じた。
そして、倒れそうになった俺を背後から三柱の稲荷明神が支える。彼女たちは屈託のない笑顔で俺の肩をぽん、と叩いた。
「まぁ、いざとなったらうちらが何とかしたるさかい。どーんといこうや。」
「神様だって、感情の生き物、心をこめて話し合えばきっと分かり合えますよ!……まぁ、確かに社長の担当してるのは人の言葉通しないのが多いですけど、そこもハートで!ね。」
「……これも、運命。」
「勘弁してくださいよぉぉぉぉぉぉ!」
あいも変わらず、前途多難。
彼女たちの言葉に俺は悲鳴を上げつつその場に崩れ落ちた。
かくて、俺の苦難と、この風変わりな仕事はまだまだ続く。
そう、この世に神がいる限り――。
石川や浜の真砂は尽きぬるとも
世にトラブルの種は尽きまじ
榊君の仕事は尽きぬ
この世に神のある限り。
さて、
長らくお付き合いいただきましたこの話
ひとまず幕といたします。
長くて短いお付き合い
皆さま、感謝申し上げます。
さてさて、次のお話は?
また会おう日まで楽しみに




