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ごっどぶれすゆー  作者: 宮城 英詞
ありがたいお仕事?
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ありがたいお仕事? その3

明石と呼ばれた狐目の女性は、それににっこりと頷くといまだ茫然自失のままの俺の前で、目の前の皿やタオルを片し始める。

「ごめんな、びっくりしたやろ?ウチは土地の管理いうても普通とは違うから。色々特別な事を試さんといかんのよ。」

「……特別って……。」

「う~ん、……どこから話したらええかなぁ。」

 ……いつもこんな試験しているのか?

 今までの出来事をどう説明する気だ?

いまだ混乱中の俺を前に彼女は思案顔で天井を仰いでいた。

むしろ冗談と言って欲しいと思っていたのだが。彼女はそんな気配はつゆとも見せず、思い出したように、俺に一枚の名刺を差し出す。

そして彼女は、友人に話しかけるように自己紹介を始めた。

「とりあえず自己紹介しとくな。ウチは明石。ここ担当の稲荷明神やねん。」

「……稲荷明神?」

「そう、稲荷明神。」

「……それは役職名か何か……?」

「まぁ、似たようなもんやね。」

 ますます混乱する俺にあっけらかんと答える明石さん。俺はそれにもう一度彼女の言葉を頭の中で繰り返した。

――稲荷明神いなりみょうじん【名詞】

   神社に祀られている神様の名前――。

 ……何の冗談だ?

 俺は自分の持てる知識を総動員して彼女の言葉を脳内でもう一度確認し、それにどうリアクションを取っていいのか分からず、困り果てた顔で手元の名刺に目を落とした。

 『正一位明石稲荷大明神』

 ……俺の目に飛び込んできたのは、大真面目に作られた信じられない名刺……。

 冗談でもここまでやれば、もはや大したものだ。

 ここまで来ると、ボケとか笑いとか言うレベルを完全に超えている。おそらく、プロのお笑い芸人でも、気の利いたツッコミなど思い付くはずがない。

 俺はその名刺を凝視したまま、しばし返す言葉を考えた末、恐る恐る顔を上げて彼女にもう一度質問を返した。

「……あの、普段はどういう仕事を……?」

「まぁ、一言で言うたら『商売繁盛』?今風に言うと『こんさるたんと』って事になるんかな?皆がちゃんとええ商売できるように、影から霊的に支える仕事しとるんよ。」

「……はぁ。」

「ついでに言うとさっき隣に居はったのがこの辺の先祖霊さん。で、うちの社長がこの辺一体を仕切ってる産土神うぶすなのかみ……まぁわかりやすう言うたら土地神さんやね。ウチらはここでこの辺一帯の土地を管理してるっちゅうわけ。」

「……つまり、皆さんは全員神様?」

「そうそう!分かってきた?」

 ……いや、他に解釈できませんでした。

 あまりに常識はずれな結論に、俺はむしろ自分が勘違いしていると言って欲しかったのだが、明石さんは信じられないほどあっけらかんとそれを肯定した。

「ホンマはもう二柱ふたはしらウチと同じ稲荷明神がおんねんけど、今日は仕事中で外出しとるんよ。もうちょっと待ったら帰ってくると思うけど。」

 ……二柱って数えるんだ。

 さらにひょうひょうと他のメンバーについて語る彼女に、俺は神様の数え方と言うものを初めて知った。

 いや、そもそも、「稲荷明神」って何人も居るものなの?

 彼女の言っていることは分からないことだらけだ。

 落ち着け。

 俺はもう一度、再度、念を押して。彼女の話を整理する。

 今はそんな細かい話にいちいち疑問をさしはさんでも話がこじれるだけだ。

 細かい疑問や、用語の解説はさておき、彼女の話の要旨を要約するとつまり……、

 そう、つまり神様が運営する会社に来て、今まさに神様に面接を受けていると、そういう訳だ!

 ……。

 ……嘘だろ?

 俺はもう一度彼女と名刺、それとパーテーション越しに見える光景を見回した。

 目の前に居るのがみんな神様?

じゃあ。ここは一体どこなんだ?

 神様とやらが、何でこんな所に事務所を構え、こんなカッコで俺の目の前に現れるのか。いや、そもそも神様が現実に存在していたのか?

 俺は洪水のように押し寄せる疑問を整理するのにたっぷり一分ほどの時間を使用した。やがて気持ちを落ち着けると、俺は深呼吸して、彼女に尋ねる。

「……で、その神様が何で僕を雇おうと?」

 これが、今俺の頭に浮かんだ最も大きな疑問だった。

 そもそも神様が人間の助けなど必要とすることがある訳が無い。不都合があれば魔法だか神通力何かを使ってどうにかすればいいではないか。

 だが、目の前の彼女はそれに少しもうろたえないどころか、むしろいい事を聞いてくれた、と言わんばかりに頷いた。

「うん、最近は『あいてぃ化』とか言うて。パソコンやらインターネットがウチらでも無視できんようになって来たんよ。特にこの辺は電気街があってその辺の連中ともお付き合いも多いねんけど、ウチらみんな昔からの神やから、どうもこういうのは弱ぁて困っとるんよ。ホラ、電話くらいなら簡単に使えるけど、パソコンやとそうはいかんやん?」

「……はぁ。」

 まるで時代から取り残された中小企業のようでな事をべらべらと言う自称神様に俺はぽかんと口を空けたまま頷いた。だが目の前の彼女はそれを気にした様子もなくお茶をすすり話を続ける。

「……で、佐藤さんには、パソコンを使ってその筋のモノたちとの窓口を作ってほしいんよ。最近はねっとが関係している騒動ごとも多いし。ええかげんそういうのが無いとウチらも困るようになって来たと、そう言う訳やね。……まぁこれも時代の流れって奴やわ。」

 そう言うと彼女はぱりっ、といい音を立てながら、今度はせんべいをかじる。

 神様も辛いのよ。とでも言いたげな彼女の姿に。俺はどう判断を下して良いのか分からず。なぜだか顔に浮かんだ引きつった愛想笑いでそれに答えた。

落ち着け。

神様なんか居るわけがない。

否、居たとしてもこんなふざけた連中なわけがない。

第一、彼女たちが神様なら魔法の一つくらい見せて――。

――。

――そこで俺の視線は、彼女の背後の光景に釘付けになった。

そう、この事務所内最大の謎。彼女の背後を優雅に「泳ぐ」エイに……。

……。

「……あのぅ、あれは……?」

 自分の視界の中で最も不可解なものを指差して俺は彼女に訪ねた。彼女はそれを振り向いて眺めるとさして驚いた様子もなくそれに答える。

「ああ、アレ?アレは社長の神使。」

「神使?」

「そう、神の使い。ウチらが狐を使うみたいなもんで、ウチの社長はアレを使いに出して、あの尻尾で厄を払うんよ。……良かったら一回刺してもらう?」

「……いや、結構です。」

 まるで家で飼っているペットを紹介するかのように話す彼女の言葉に反応してこちらに顔を向けるエイに、俺は首を振って固辞した。エイはこちらの言葉が聞こえているのか、それに顔(多分)を背けるとまた優雅に彼女の背後を優雅に泳ぎ始める。

 ……これはトリックだ。

多分。

きっと。

 俺は湯飲みを握り締めながら、必死に自分に言い聞かせ続けた。。

 エイは普通空は飛ばない。神などこの世に居るはずがない。

 目の前に展開されているこの光景は何かのトリックで、この事務所自体、何かの大掛かりな冗談だ。さっきの面接も、きっと何かトリックがあるに違いない。

 俺は気を落ち着かせようと深呼吸してお茶を飲み、団子を――。

 ――。

 ――団子に手を伸ばした俺はようやくそれが奇怪なものに載せられている事に気付き反射的にその手を止めた。

団子は木で出来た箱状の物体――そう、よく神社でお供え物を載せているのに使われている「アレ」――に乗っている……。

「あ、遠慮せんと食べて。」

動きの止まった俺に気を使ったのかにこやかに団子を勧め、遠慮なく自分もそれをつまむ彼女。

……こうなって来ると、団子もお供え物に見えて食べる気がしない。

俺はそれに力なく笑い、仕草でそれを固辞した。

ここからどう抜け出そうか。

 俺がそんな事を必死に考え出したその時、彼女は、あくまでにこやかに説明が終わった事を告げた。

「とりあえずこっちの説明はこんなとこやけど、なんか聞きたいことある?」

一瞬、俺はそれに「これは何の悪戯ですか?」と聞きたい衝動に駆られたが。話がさらにややこしくなるような気がして、

「……いえ、何も無いです。」

 と、礼儀正しく、言葉少なく、話を打ちきった。

そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、彼女は相変わらずの満面の笑みで大きく頷く。

そして、

「じゃぁ、良く考えて、その上でここで働きたかったらまた来てな。ウチら気が長いから、いつ来てもらってもおっけーやで。」

 と、実にいい加減な合格通知を口頭で、しかもその場で俺に行った。

「……はい。ありがとうございます。」

 ……とうとう種明かしも宗教勧誘もされなかった。

新手の新興宗教にしてはやる気があるのかないのか分からないその様子に俺は完全に思考を停止させたまま生返事を返したが。その一瞬の後、俺はこの異常な空間から間もなく抜け出せると理解し、救われたような気分で夢遊病者のように帰り支度を始めていた。

 きっとタチの悪い悪戯か、何かとんでもない宗教団体に関わってしまったのだろう。

こんな場所からは早くおさらばしなければ、こちらがおかしくなってしまうか、訳の分からないうちに大金を取られてしまう事になりかねない。

そういえば履歴書を渡してなかったが、もういちいちそれを相手に申告する気にもなれなかった。

 早く帰ろう。

 俺は悪夢を振り払うように荷物をまとめ立ち上がって礼をし、そそくさと出口に向かう。

だが、そんな俺が扉に手を掛けようとすると、明石さんが思いついたように俺の背中に声をかけた。

「あ、慣れんうちは危ないから。駅まで送っていこか?」

 表面上は実に親切な言葉。

 だが、今の俺にはそれは悪魔の囁きにしか聞こえなかった。

 俺は一刻も早くここから出たいこともあって、振り払うような気持ちで彼女の提案を強い口調で断る。

「結構です!」

 そして俺は入り口の扉を開け――。

 ――そして、目に飛び込んだ状況に、思わずその足を止めた。

「……。」

 ――それは、神社の境内だった。

 さっきまで下町の真ん中の、古ぼけた事務所の中に居たはずの俺は、どういうわけか神社の境内の中に居た。

正面には玄関ではなく鳥居が見え。振り向けば、そこには事務所ではなく御社がある。

 それはまぎれもなく、間違いなく、三百六十度どこを見ても、神社の境内であった。視界に入るものの中、唯一正面に何本もの尾を生やした猫が二本足で立っていたが、そいつは俺を暫く眺めると、

「なんだ、人間か。」

 とつまらなそうに呟き、尾を器用に畳んで普通の猫のように四足で神社の外に走り去っていった。

 ……。

 ……確かに、今話したよな?

 何事もなかったように鳥居の向こうに走り去っていく猫の後姿を見送りながら、先ほどの光景を脳内で反芻する俺。

 当然、そこで出てくるのは猫が人の言葉を話せるのかどうか、と言う話になるのだが、しかし、猫が走り去った鳥居の向こうに広がる光景に、それらの疑問は全て吹き飛んだ。

「嘘……?」

視線を鳥居の外に向けた俺は、その光景に思わず手に持っていたカバンを地面に落としていた。

百鬼夜行。

 目の前に広がる光景を説明する言葉を俺は他に見出すことが出来なかった。

下町の路地には電信柱のように佇む地縛霊。

そして道を徘徊する、この世ならざる人とも、獣ともつかない数々の異形の生物……。

 言うまでもなく、俺は恐怖でその場から一歩も動けなくなってしまった。

 そして、そんな俺の肩を、ぽん、と誰かが叩く!

「!」

 それに俺は反射的にのけぞり、おびえた顔で振り返った。

 ……そこには、いつの間にか背後に立っていた明石さんの笑顔。

 半分腰を抜かし状態でその場に立ちすくむ俺に、彼女は落ちたカバンの砂を丁寧に払い、軽い調子で声を掛ける。

「そしたら、多分今まで見えてないモノが見えてると思うから、気をつけてな。」

 なんでもなく、来客を見送るように言う彼女に、俺は金魚のように口をパクパクさせながら素直に頷いていた。

「……あ、とりあえず目は合わさんほうがええよ。見えてるって分かったら憑いて来るから。」

「……はい。」

「良かったらお守り持っていく?厄除け。」

「……お願いします。」

「ほな、気をつけて。」

「……はい。」

 ……そして気が付くと、俺はお守りを握り締めたままで、全力疾走で帰宅の道に向かっていた。

 逃げ込むように家に帰った俺だが、しかし、その夜は結局、自分の部屋の片隅に「居た」浮遊霊と一夜を過ごす事となる。


 この日、俺が眠るまでお守りを手放せなかったのは、言うまでも無い




これはびっくりこの事務所。

神々のお仕事の場所だった、

何とか帰って来たけれど。

見えるは巷の亡者たち。

次回どうする?佐藤君

続きをどうぞお待ちあれ!


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