防災祈願は我らにお任せ その7
翌日、暴風吹きすさぶ中、俺と千手院は天神様の根城、天満宮の前に立っていた。
今ここには大阪中の八百万の神が集まり、人間に天罰を起こす相談を行っているはずである。
空には暗雲が立ち込め、周辺は叩きつけるような雨がふりしきる。
もはや、災厄はすぐそばまで近づいてきており、我々に残された時間はあまりに少ない。
俺は風に飛ばされそうな体を必死に支えつつ、大きく深呼吸して隣の千手院に声をかけた。
「……準備は良いですか、千手院さん。」
「……おう。」
俺の言葉にそう答えると、千手院も緊張した面持ちで頷く。
扉の向こうに、確かに強力な霊威の存在を感じる。
明らかに、そこには今から戦うべき相手がいることは疑いようがない。
どうやら千手院も、それをしっかりと感じているようだった。
そして俺は、深呼吸――。扉に手をかける。
「行きます!」
ばんっ!と勢い良く俺が扉を開けると、そこは情報どおり、八百万の神々の集会場となっていた。
険悪な顔で相談をしていた神々は、いきなり侵入してきた我々に一斉に顔を向ける。
……。
――。
――しばしの沈黙。
そして次の瞬間、会議場は神々の爆笑の渦に包まれた。
無理もない。俺はおサルの全身タイツに頬を赤く染め、千手院に至っては、素っ裸に扇子を腰ミノ代わりにぶら下げるといったスタイルである。まじめな話の最中、こんな姿の人間が飛び込んできたら呆気にとられないほうがどうかしている。
「よし、掴みはOK!」
「OKやないわっ!案の定笑われとるやないか!よりにもよって神さんの前で何でこないな情けないカッコさせんねん!」
小さくガッツポーズ決める俺に、鼻に割り箸を入れたままの千手院が、さすがに小さな声で突っ込みを入れる。だがそんな彼に、俺は同じく小さな声で彼を諌める。
「怒気と厄を払うのは何にも増して「笑い」なんですよ。古代からこういうのが神様のツボなんだから、真剣にやってください。」
「……真剣ってなぁ。」
「さぁ、笑いが収まらないうちに、祝詞をあげますよ。」
「祝詞……ってなんや?わしは念仏しか知らんで。」
「要するに、神々を褒めちぎってご機嫌をとるんです。始めますよ!」
俺にぱん、と背中を叩かれ、嫌々ながらも千手院は気を取り直し、ありったけの作り笑顔を神々に向ける。そして俺たちは、今度はあらん限りの声を上げ、神々に語りかけた。
「どうも!お集まりの八百万の神様!榊でーす!」
「千手院でーす!」
「恐れ多くも、皆様の広く、厚いお恵みをありがたく頂き、皆様の尊い教えのままに、これからも正しい心を持って、正しい道を踏み外すことなく、もてる技術を励ましていただき、家は安らか、身は健やか、世のため人のため皆様にお働きいただきたいと恐れながら申し上げます!」
「つきましては、今回皆様の普段の労をねぎらうべく、ささやかながら酒宴を用意しました!どうぞごゆるりとおくつろぎくださいませ!」
千手院がそう言って扇子をばん、と広げると同時にかねての手はず通り、酒樽を担いだスサノオ様とカグヅチ神様が会場に乱入する。
続いて、この宴のために呼び寄せた二十柱を超えるお地蔵様が準備した料理を運んでくると、会場にさすがにはどよめきが起こった。
「ちょっと、榊君!どういうことやの?うちら今、天罰の会議中なんやで?」
戸惑う神々を代表して声をかけたのは座の中心にいた明石さんだった。
予測通りの反応。
俺はそれに手はず通り、扇子で、頭をぴしゃりとやると、さらににこやかな笑顔で彼女を出迎える。
「いやいや、天罰を起こすにも人を正しい道に導くにも、まずは英気を養わなきゃ。険悪な顔で話し合ってたって、いい案は出てきませんよ?ホラ、これ持って。」
そう言うと俺は明石さんに木槌を渡す。それに明石さんはきょとんとした顔でこちらを見つめる。
「……コレは?」
「何って、決まってるでしょう。鏡開きですよ。ホラ、人々の穢れが払えて清らかになることを祈って、ぱぁっといきましょう!」
そう言うと同時にどぉん、とスサノオ様が目の前に酒樽を置く。なにやら意味もなくめでたい席へと変わっていく周辺の状況に、明石さんはおろおろと周辺を見回した。
「……ウチがやるの?鏡開きを?」
「コレだけの神々が今、ここに集まれたのも、ひとえに明石さんの霊威の賜物じゃないですか!やっぱり代表して鏡割りをするなら、明石さんしかいない!」
俺がそう言うと、居並ぶお地蔵様たちが一斉に賛同の拍手をする。それに釣られ、周辺の神々も次々と賛同の拍手をし始めた。
「そう?そうかなぁ?」
大きな波となった拍手の渦の中、明石さんは照れくさそうに周りの拍手に答え木槌を持って酒樽の前に立つ。
そして、拍手が収まるのを待って俺は高らかに声を上げた。
「それでは!神々の前途を祝して!」
よいしょぉ!
掛け声とともに酒樽の蓋が割られ、それと同時に歓声が沸き起こる。やがて酒樽の周辺はお神酒に群がる神々で賑わい、会場は一転宴会ムードに包まれた。
「さぁさぁ!お酒はいくらでもありますよ!ここでぱぁっと日ごろの憂さを晴らしましょう!」
「ちょ、ちょっと待ちや!」
完全にこっちペースと思いきや、お酒に群がる神々をかき分け、天神様が俺たちに食って掛かる。
……さすが首謀者。この程度では誤魔化されないらしい。
天神様は完全にお祭りムードに包まれた周辺の空気に元凶たるこちらを憤怒の形相でにらみつけていた。
「あんたら!人間の分際で神々の相談の場に踏み入ってなんちゅうことしてくれるんや!折角まとまりかけてた相談事が、このままやとわやになってしまうがな!」
「何を言っているんですか天神様。長い間会議をしていてお疲れでしょう?ここはちょっと休憩したって良いじゃないですか。」
言いつつ、俺はにやりと笑って天神様を睨み返した。
それにこちらの意図を察してか、天神様も不敵な笑みを返す。
「……なるほど、榊はん。あんたこの半年でずいぶん勉強しはったらしいな。……確かに調子のええ他の神々にはええ方法やと褒めてやりたいところやが、あてはこうはいかんで!」
言うが早いか、憤怒の形相の天神様は徐々に鬼そのものの姿に変貌していく。
それはまさしく、はるか平安の昔に宮中に雷を落としたという雷神そのものの姿だった。
「雷神としてのあての力をなめたらあかんえ!もう台風はすぐそこまで来とるんや。あんたらがここにいる神々を懐柔したところで、台風の災害は防がれへんで!」
背後に太鼓を抱えた巨大な鬼の姿となって俺たちを威嚇する天神様。
……が、俺たちはそれにまったくおびえることはなかった。
いや、むしろ後ろの千手院はニヤニヤ笑いながらその様子を眺めている。
「こない言うてますけど、どないでっか?榊はん。」
「そうですね、ちょっと遅れてますけど。もうぼちぼちご利益があるんじゃないかと。」
そして、千手院の言葉に俺がそう答えると同時に背後の扉ががらりと開く、そしてその扉の向こうから入ってきたのは。赤ら顔で酒臭い息を吐きながら酒樽を抱えた二柱の風神であった。
「おぅ!榊はん!首尾は上々や!」
「言われたとおり、台風の進路、ばっちりそらしてきたで!」
「……な!」
「お疲れ様です。今始まったばっかりですから、どうぞ楽しんできてください。」
「おぅ、ほな景気よくいこか!」
「おぅ!」
言いつつ、鼻歌交じりで宴会の輪の中に加わっていく二柱の神々。のど飴のCMを連想させる二柱の神の言葉にいよいよ天神様は言葉を失った。
「残念やったな菅原先生。そう来ると思って、ここに来る前に風の神でその名も高き龍田大社に札束放り込んで来たったんや。台風も、もうまもなく温帯低気圧に変わるで。」
「な、な……!」
千手院の言葉に、天神様はその場にへなへなと座り込む。気が抜けたのか、彼は針で突かれた風船のように、へなへなと元の姿に戻っていった。
そして、あちこちで上がる乾杯の声に彼は屈辱的な顔でこちらを睨み返す。
「……あ、あんたら何ちゅうことしてくれんねん!こないな事したかって何の解決にもならへんやないか!一時ご機嫌を取って厄を避けたところで、人は穢れたまま、世の中は間違ったままや!こんなことで人の正しい道が、日の本の正義が守れるとでも思ってますのんか!」
さすがに悔しいのか半泣きで俺たちに訴える天神様。彼の言葉に、俺たちは顔を見合わせたが。背後からの野太い声がそれに答えた。
「まぁ、正義だ何だっちゅうもんは時代によって、人によって、変わっていくもんじゃ。人間の生活が変わり、ワシら神々も仕事の内容が変わってきたように、結局神も人も、なるようにしかならん、ちゅうこっちゃな。」
そう天神様の背後で答えたのは、他ならぬスサノオ様だった。彼はそういうや否やにやりと笑うと、天神様にヘッドロックを極め、彼に酒臭い息を吐きつける。
……どうやら、もうすでに軽く一杯飲んできたらしい。
ニタリと笑うスサノオ様に首を極められ、天神様の顔が恐怖に引きつるのがわかる。
何がこれから起こるのか、なんとなく理解できた俺は、千手院と二人で気の毒そうな顔で顔を見合わせた。
「……まぁ、そんなことも踏まえて。お前さんとは話したいことが山ほどあるんや。ええ機会やし、今日はとことん呑もか!」
「ちょ、ちょっとまったってや!あては、あてはなぁぁぁ!」
抗議の声もむなしく、酒樽を抱えたスサノオ様に引きずられていく天神様。
まぁ、あの調子なら、しばらくは暴れることもできまい。
合掌。
俺と千手院は、その姿を哀れみの目で見送った。
細工は流々つかみはOK
神様おだてて酒のませ。
台風そらして宴会しよう
今宵宴は最高潮!
次回も宴は続きます




